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アフタートーク

 旅行どころではなくなり、六甲は部隊本部と連絡を取った。数日かかると思われた対応は、意外にもたった数時間で実行された。街中に隊員たちが配置され、住民たちに対して手厚い保護が実施されている。

 それだけではない。さらには国の災害サポートを生業とする部隊が派遣された。何でもどこからか聞き付けた国が、指示を出したらしい。六甲が呆れた様子で隊に共有した。

 事前に怪しい話を総督もといアカネ指令に聞かされていたと言う。警戒はしていたもののここまで騒動が大きくなるとは想像だにしていなかったらしい。

 六甲はアカネ指令の代理として国からの派遣部隊と対談に応じた。目は治ったものの、鼓膜が破れた六甲との話は大変だったようである。国の派遣部隊の方が。

 六甲は早々に切り上げて帰ってきていたが、後から六甲の態度についてあれこれとクレームが届いていた。勿論六甲が対応するはずもなく、全てを肥河が引き受けていた。暫く肥河の怒り具合は素晴らしいものであった。

 なんなかんやとあって、現在六は豚汁を作っている。目の前には大きな鍋があり、ひたすら機械のように腕を動かし続けていた。


「ちょっと休憩したいですよね」


海星(うみきらら)が六と共に豚汁当番である。

 星とはあまり話すことがなく、組手以来の会話になる。六は出来るだけ丁寧な会話を心がけて返答を返す。これはチャンスであり、上手くいけば海姉妹2人ともと仲良くなれる。

 六と星は雑談はするものの、手は動かしたままである。


「そうですね。この鍋に具材を入れるの何回目なのか、数えるだけでも辟易。いくら街に人が多いからって、あたしたちに頼むかって思います」

「少なくともあと三回は必要らしいですよ。まだまだですね」


星は大人しそうに見えて、案外話し始めると止まらないタイプだった。街であった催し物の話や最近流行など世の中に敏感らしく、話題は尽きない。

 だが会話の内容を考えずにすむ分、話の切れ目が分かりずらい。ただ歳が近いこともあり、話題は興味のあるものが多く、話していて楽しくはあった。


「それで聞きましたか、街の怪談になりつつあるらしいんですけど」

「何の話ですか?」


味噌を溶かし混み、温かみが色味のない白湯を染める。味噌が全体を染め上げれば、湯立つ具沢山味噌汁が出来上がった。

 熱すぎる鍋を冷ますため、時間を置き暫くの休憩時間が訪れた。周りには白米をひたすら炊き上げる隊員たちが、世話しなく動き続けている。羨ましそうにこちらをみる白米を握り飯にする隊員には申し訳ない。だが、こちらも疲れたのである。それにあちらも先程休憩をしていた。


「路地裏の殆どスラムになりつつあった場所があるらしいんですけど、そこの子供が消えたらしいんですよ」

「残念なことですが、よく聞くような話ではありますね」


ここまで聞くとただの事故で済まされることもあるだろう。だが、本題はここからである。


「あたしもそこまではよくあると思うんですけど、本題はここからなんです。

なんと全員。赤ん坊から20歳までの人が、存在がなかったみたいに消えたらしいんです」


実際に六が目にした事実では、路地裏には決して少ないとは言いきれない子供たちが集まっていた。栄養不足のためか体は小さくあったものの、それでも大きな病気は罹っていない様子だった。そんな彼らが忽然と姿を消すことは少なからず、様々な理由である。

 全員となると話は別で気になる点は多々。ただ誘拐されたのか、はたまた全員消されたか。原因は無数に思いつくが、全て根拠のないものである。


「その子供たちは噂ではどこに行ったんですか?」

「あたしは知らないです。噂だと、闇市で売り捌かれているとかなんとか」


そこまでのスケールになると、もはや手出しはできない。闇市と聞くと臓器売買に結び付いてしまい、生存は望み薄だろう。結果よりも広めること。人は事実よりも面白い話に耳を傾けやすい。その噂も人が疑心暗鬼になる様子を楽しむという厄介な人々が面白半分に広めたのだろう。

 話をそこそこに鍋を触ると、ほんのり温もりを感じた。十分に冷めたことを確認し、六と星はその鍋を2人で持ち上げた。具沢山のためか、重量感があり、持ち上げるだけでも手が震えた。





 六が豚汁を作っている頃、田中は街中を巡回していた。例の騒ぎから1日が立ち、人々の表情に笑みが浮かび始めている。国の助力もあってこその現状だが、第六隊としては国の介入はあまり良くない結果であった。


「だから、国民第一は良いことだと分かっていると言っています!ですが、人それぞれ大切なもの、譲れぬものがあると分かってますか?」


言い争う声が聞こえる。また誰かが喧嘩しているのだろう。気が滅入っているときに限って、人の些細なことが目についてしまう。仲裁をすべく野次馬に混じって話の中心を覗き込むと、なんと争っている片方は身内の夢野であった。


「それはそうですけど、命よりも大切なものがありますか?」


 珍しく堂々と話す夢野は、相手の意見を聞きながらも納得いかない表情である。夢野と争うもう一人は見慣れぬ服を着ていた。清潔な衣服に身を包み髪は綺麗に纏めあげられ、目つきは鋭くつり上がっている。

 女は女医だった。国から派遣された町医者で、街の中を駆け回り患者を探しては治療を繰り返しているらしい。腕は確かだと筋内隊員の兄が褒めていた。


「この方は家に帰りたいと行っていたんです。なのでお連れしました」

「命が脅かされているのに、患者を優先したって言うんですね。それでその患者さんが亡くなってしまったらどうするんですか」

「それでも、と仰ったんです。家に戻って封筒を探さないと、と」


夢野は患者の気持ちを優先し、女医は患者の体を優先したようだ。そのために起きた衝突なのだろう。どちらも間違っていないため、口を出し難い。

 周りの隊員が何とか収めようとしているため、田中は彼らに任せようと気配を消して離れようとした。そのとき、夢野と目が合う。


「田中さん!ちょっと仲裁を頼んで良いですかぁぁぁぁあ!」


先程の威勢の良い姿はどこへやら。夢野はいつも通りの弱気な姿勢に戻っており、田中の名前を呼ぶ。聞こえないフリをしようとしたが、夢野があまりにも田中を連呼するため、田中に視線が集まる。


「分かった。話だけは聞く」


人の目を集めるのは田中とて好きではない。この場を去れば、夢野があとから何を言い出すか分かったものではないし、後から始末するよりもさっさと終わらせたの方が遺恨が残らないだろう。

 根負けした田中は、人目のない道の端へ二人を連れて移動する。馬が合わなさそうな2人の間はピリピリと緊張状態が続いていた。

 田中は2人の間に体を挟み、物理的に距離を作った。だが、3人とも会話をしようとしない。沈黙が訪れ、目の前を行き交う人々から傍観されていた。

 田中は何か言わねばと口を開く。

 一触即発の状況において、仲裁に田中は向いていない。なぜならば、彼は我が道を往く人物でフラグを建てるのが異常に上手い。話の流れは把握しているが、それはそれと考える。つまり話を聞いていても、右から左に流す傾向がある。


「2人で気が済むまで付きっきりになればいい。それならいつでも意見の擦り合わせができるからもう意見が割れない」


 2人の話を聞いた田中が絞り出した結論は以上である。

これで解決と言わんばかりに、田中は立ち上がった。確かに解決はしたものの、それが出来ないのだから、根本は何も解決をしていない。それどころか、油を注ぎ火を大きくしたとも言えるだろう。

 あまりの雑な仲裁に女医と夢野は唖然とする。突っ込むものは誰もおらず、田中は用は済んだかと確認すると、返事も聞かずそそくさとその場を去っていった。


 一難去って自由になった田中は、また巡回を始めた。空が曇り始めて、一雨きそうな予感がする。幸い、巡回当番は残り10分程で終了。特に用事もないため、宿泊している魂の宿に帰る予定である。

 見慣れない色とりどりの地面を見つめながら、田中は宿まで歩いていた。すれ違う人々の靴の色と相まって、空想の世界のようである。人々の笑い声が心を穏やかにしていた。

 平和こそが田中が望むこと。皆が笑い、楽しんで生を終えることが、田中が第六隊(ここ)にいる目的だった。


「…随分立派に馴染んでいるな、白狗(バイク)


田中の首元に鋭い刃物が宛がわれる。刃物の表面に田中の顔が映り、曇り空が涙を流し始めた。田中の周りにいた人々は、彼らに目もくれず自分の家への帰路を急ぎ、異変に目を向けない。

 田中は特に驚く様子を見せなかった。命が狙われるということは入隊してからよくあること。焦ることはないが、聞き覚えのある声に気を取られた。

 明らかに一般市民ではない気配の消し方と、刃の運び方。声変わりをした懐かしく憎らしい声に、穏やかであった心が乱されていくのを感じた。


「そうか…俺は馴染めていないと思っていたが、そうではないらしい」


お互い刃物越しに目を合わせた。田中に刃物を向ける_人物は、六を襲った件の人物であった。紅い瞳が怪しく光り、今にも田中の首を取らんとする。

 雨が降りだし、2人を静かに染めていった。


「任務を放棄した狗がどうして生きている」

「確かにかつて使命を俺は放棄した。だが、再び思い出したんだ」 


長い前髪が雨により、顔に張り付く。髪の隙間から田中は、黒い人物_かつて(れん)と名乗り競い合っていた男を見た。

 あの人のように髪を長く、あの人のように無表情に徹する。あの人がそこにいるかのように生き写していた。瞬きのタイミングまでトレースしており、行き過ぎるトレースに気持ち悪さを感じてしまう。


「護りたいもの…?お前が護りたいと思ったものは共に一つだったはず。あの誓いを忘れ代わりのものを探すのか、人間」

「俺にとって大切なものは変わっていない。あの人に見せたいと思えるからこそ、護りたい」


蓮は下唇を噛んだ。

 下唇を噛むのは彼の癖で、気持ちを押さえ込もうとしている証である。だが、大半堪えきれず田中に当たり散らしていた。田中も言われるだけの性格ではなかったためやり返し、あの人に叱られていたのである。

 蓮が眉間に皺を寄せ、田中を睨み付けた。蓮の方が身長が高く、上から威圧的に蔑む。身長が高く目付きがキツイことから、よく恐怖の対象にされていた。

 堂々と言い切る田中に、蓮は腹立たしそうに舌打ちする。


「…勝手にするがいい。お前が勝手をするなら、こちらも勝手をしよう」


てっきり一戦交えることを覚悟していたため、拍子抜けである。蓮は刃物を懐にしまい、その場を立ち去るべく踵を返した。

 だが、徐に足を止める。


「白狗、任された任務さえやり遂げられないお前は死ぬ。俺が必ず殺してやるからだ」

「冗談はよせ。あの人の影に隠れていた蓮に何が出来る」


生意気を言う蓮に田中は言葉で攻撃をした。お互いこれぐらいで傷つく性格でないことは承知している。むしろ、田中は蓮を煽った。

 蓮にとって、あの人と共にいた頃の話は地雷である。あの人に憧れを抱き続け、あの人の姿を真似ている様子から分かる。

 蓮は鋭い目付きで田中を睨むと、そのまま雨の中に消えていった。

 気配が消えたことを確認して、刃物を向けられていた首を触ると、浅いが切り傷がある。首は手加減はしてくれていたらしい。両腕、両足、両頬に各々小さな切り傷が無数に付けられていた。出血はしているものの、そこまで深くない。ピリピリするだけの小さな傷。いつでも殺せるという意思が籠っていた。


「相変わらず変わらない…か。あの人が死んだ今、俺の任務は全て終了した」


かつての田中が任せられた任務は、殿(しんがり)。あの人が帰る場所を死守することだった。最後の一人になったとしても、田中は負けるつもりはなく、共にあの人を慕う蓮も同じだっただろう。だが、任務は失敗。あの人は死んだ。


「てっきり自己消滅したかと思っていたが、アイツも俺も未練が多いらしい」


今日の自分は饒舌だと思う。懐かしい顔と会ったからだろうか。かつての自分が顔を出している。

 地面の水溜まりに顔を近づけると、人間らしい顔と体の己が映った。瞬きをすると、瞬く間に傷が消える。かつてならあれしきの傷は1秒もかからずに治っていた。人間の生活に馴染みすぎて、体の調子まで合わせていたらしい。


「…白狗の白宵(クヨ)


水に映る己が真名を呼ぶ。だが誰も返事をせず、今の自分には似つかわしくないと思えた。鋭い牙もなければ、血のように紅い瞳もない。

 異常な身体能力を持つ人でありながら人ならざるモノ。それが現在(いま)の田中である。


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