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コンフィデンス Ⅰ



「…人の顔の犬ねぇ…」


六甲は部屋で置丹たちの報告を聞いた。なんとも信じがたい話であるが、3人とも同じ証言をしており、たちの悪い嘘の可能性は低いだろう。

 折角の休暇になに仕事をしてるんだ。それが純粋な六甲の心の内である。皆が皆真面目すぎる。恐らく表面上だけの休暇だが、されど休暇。仕事のことは忘れてよいと言われているのに、どうして面倒ごとを持ち込んでくるのか。ようやく仕事に慣れ始めた新人たちに尊敬の意を示そう。


「害を与える可能性はあるか?」

「あの手品師の命令は聞いていたため、ヤツが命令を下さない限り動かないと思います」

「…なら、大丈夫じゃないか?」


それなら指令がなければ動かない人形と一緒。話に出てくる手品師も子供が好きなようだし、置丹たちがただ者ではないことは察したはずだ。余程の鈍感さを持ち合わせていない限り、おとなしくするだろう。

 自分が怪しまれていると察したとき、人が取る行動として大体二つの行動が推測される。暫く身を潜めるか、これを好機だと考えて過激になるかである。前者だと恐らく二度と見つけられない。後者ならば余程頭のネジが緩んでいる相手だが、賭けに出る何かがあると考えられる。

 街中だということも考えれば、もしものときの人避けが必要だ。だが、下手に動けばこちらが隙を作ることになる。人々に混乱を与えすぎるのもよくない。

 あの隊員をあの道に動かして、と考え始める。適材適所で、どうすれば早く終わるか考えていた。

 そして最終的に至る。


「よし、肥河に丸投げだな」


肥河は有能だし、やってくれる。部下を遣える立場はこれだからやめられない。

 そうと決めると、六甲は置丹たちを部屋から追い出す。置丹は不満げで、また"茄子"だのなんだのと言いだしそうである。

 さっさと扉を閉めると、六甲は一人になった部屋で伸びをした。体が悲鳴を上げる。少し座り仕事をしただけでも、体が鈍りそうになる。

  突然、六甲は窓から身をのりだし外に飛び出した。建物の屋根を伝い、街を抜ける。そして森に差し掛かると、手を伸ばして木の枝にぶら下がると幹を蹴り、対角線上の木に飛び移る。そしてまたその対角線上の木へと飛び移り、猛スピードで駆け抜ける。

 ターゲットを見つけると、六甲は支給品のナイフを構えた。普通のものとは違い、大きさは一般隊員支給品よりも小ぶりのもの。六甲はそれらを指の間に挟み込み、投げ飛ばす。

 六甲のターゲットになった人物_ミスター手品師と呼ばれる男はバックステップで見事に避けきる。


「ただ者じゃないな、その動き」


六甲も距離を取り、お互いにその姿を視界におさめ合う。


「そちらも、そうでしょう。可愛らしい赤ん坊がいたので気にかけてみれば…こんなボス猿がいるなんて」

「誰が猿だ。覗き見、盗み聞きが好きな変態に言われたくないな」


六甲は距離を詰めるべく駆け出し、右手で手品師の顔を狙う。しかし手品師は顔を反らし躱すと、反撃に出る。そう易々とやられる六甲ではなく、左手で受け止める。身体の角度をかえて、六甲は膝蹴りを御見舞いする。

 手応えはあったものの、ダメージは入っていないらしい。痛みを感じて膝を見ると、深くはないものの出血していた。

 距離を取ると、六甲は相手の出方を伺う。


「怪我をしていますが、泣かなくていいのですか」

「猿の次は子供(ガキ)扱いかよ」


六甲は手品師の懐に飛び込み、鳩尾に一発入れる。そして回し蹴りで2発。手品師は勢いに負けて、木々にぶつかる。勢いをつけ過ぎたらしく、木が数本なぎ倒された。


「あ、ヤベ」


砂埃と轟音が辺りに立ち込め、何かが起きたのは一目瞭然だった。こっそり出てきた意味がなくなる上、あらゆる方面から叱られる。

 瞬間の気移りが六甲に生じた。その隙を埋めるように、六甲の視界が黒で埋め尽くされる。

 手品師の背中からは無数の手が伸びていた。ウネウネとうねり、夜のように真っ黒である。それらが六甲を包み込んでいた。


「いやはや、我が子に危害が及ぶ前にと思っていたのに…これでは暫く人前に出れませんね」


六甲は地面に打ち付けられた。肺の中の空気が押し出され、息苦しく呼吸が止まりそうになる。もがき暗闇から抜け出そうとするが、身体が拘束されており動かない。


「子供に危害は加えないが、大人は別ってか?」

「体の大きい大人であっても、我が子にはかわりありません。我に危険であるかどうかが全て、です。弱いのですから、全てから守ってあげないと…そう思うでしょう?」


六甲は挑発するように話す。だが、手品師は平然と答えた。手品師の話は六甲には受け入れ難い話だった。思想としては立派だが、所詮偽善である。そしてなによりも。


「お前の存在事態が人間にとっては危険だ」

「それは仕方ないです。人とは弱者で、私は強者。従順でいるべきです、守られたいのであれば」


 大層な考えである。手品師曰く、人間は弱い存在で、強者に従うべきだと。出る杭は打たれるという訳だ。


「従順であれば、誰も傷つかない」

「そんなわけないだろ。人間はいつか傷つくんだよ」


手品師は六甲の前に迫る。そして足を六甲の頭に下ろした。六甲圧力に襲われ、思わず声を上げる。骨が軋んでいる音が聞こえる気がした。


「そうやって武力で訴えるのは、特殊部隊(俺たち)と一緒だな」

「どうとでも言ってください。私は我が子をの為になるのであれば何でもしますよ」


六甲の口から血が吹き出す。気道が狭められ、意識が途切れ始めている。余裕そうに振る舞うだけで精一杯であった。


「それが人間を傷つけることでも、か?」

「知ったことではありませんよ。すべて我が子の生活のため、我は掃除する必要があることが分かりましたから」


 あと少しである。

 もう少しだけ。


「…我はもう、飽きました。その御託を聞いているのも、その企てを探るのも」


手品師は抑揚のない声で告げる。

だがそれだけ近く、時間を稼げれば六甲に取っては十分であった。

 手品師の腹を何かが貫通する。腹から顔を出したのは薙刀のような形をした刃物。


「隊長、無茶苦茶ですね」


飽き飽きしたように話すのは女の声である。聞いているだけで落ち着く穏やかな声質で、今は少し怒りを含んでいるようだ。声が荒々しい。

 

「それを知ってて第六隊(ウチ)にいるんだろ、未葉」







 六は六甲の相棒を手品師の体から振り抜く。そして手元で踊らせて、続け様に横一文字に刻もうとした。

 だが手品師は身軽に避け、六甲からも距離が生まれる。六甲を拘束していた無数の"手"も主人に付き従い、六甲から離れていく。視界良好になった六甲が最初に話した一言目は、「うわ、キモッ」だった。何とも呑気な台詞である。

 頭から血を流しながら、ストレッチをする六甲に、六は相棒を投げ返した。


「人の武器を雑に扱うな」

「勝手に死にかけている人に雑だなんだと言われる云われはありませんよ」


 事態に気が付いた六がどれだけ焦ったと思っているのか、六甲を問いただしたい。

 部屋を追い出された後、聞きたいことがあり引き返した。しかし返事はなく、扉を開けるも部屋には誰もいない。何故か窓が開いており、相棒が部屋に置き去りにされているため単純な外出かと思っていた。

 だが騒音と舞い上がる土煙を見て、嫌な予感がした。急いで部屋を出ようとしたが、念のために六甲の武器を持って窓から飛び出したのである。歩けば5分以上かかる距離を2分足らずで走りきれたのは日頃の訓練の成果が発揮されていたのだろう。

 六甲の武器を持ってきたのはナイス判断だったと自分を褒め称えたい。


「おやおや、我が子ではありませんか」


シルクハットを被り直し、手品師は道化のようにお辞儀をする。六はにこりと微笑んだ。


「貴方の子供になったつもりはありません」


六は戦闘に特化していない。本来ならば、最前線には出ず後方支援や奇襲をかける方が適任。六自身はあまり殺伐としたものを好まないため、あまり率先してやりたがることはない。そのため自然と経験が浅くなる。

 武器を杖代わりにして、六甲は体を起こした。傷はそこまで酷いものではない。ただ筋内兄には叱られるだけ、である。


「他のは」

「此方に向かってるのは置丹、海姉妹です。私が武器を持っているので、一番に」

「肥河は…大丈夫か。アイツはこういうの慣れてるから、な」


準備運動がてらに舞うように、六甲は相棒を踊らせる。持ち手から何まで手に馴染んだ。自然とやる気も湧いてくる気がする。やはりいつも使っている自分の武器が一番である。


「未葉、伝令しろ」


六甲は素早く言葉を告げると、六は聞き取り頷いてみせた。難しいことではなく、六でも問題なく出来る。


「怪我すんなよ。筋内の兄貴は怖いんだからな」

「大丈夫です。私は隊長ほどヘマしませんから」


 お互いに軽く文句を言い合うと、六は六甲に背を向けた。そして素早く姿を消す。逃げ足の早さには定評のある未葉なら、すぐに肥河たちに合流できるだろう。

 やることはやった。六甲がすることは残り少ない。六の後を追う手を六甲は素早く切り刻んだ。そして武器を肩に担ぎ上げる。双方の切っ先が輝く。

 手品師は動く様子はなく、六甲たちの出方を伺っているようだ。ならばと、六甲は瞬歩で近づき、相棒を突き刺すように突きつける。また避けられ、手品師は背中から伸びる手で六甲の武器を掴む。

 だが、武器を捕まれたからといって怖じけつく必要はない。六甲は靴に仕込んである歯を手品師の腹部へと突き立てた。そして直ぐ様、歯を切り捨てる。


「なんと、こんなものがあるとは」


隙が生じた手品師は、手の力を弛める。弛んだ手振り払い、六甲は手品師から距離を取った。

 近づけば手数_字面通りの意味で、六甲は瞬く間に取り押さえられる。だが距離も取っていては、リーチの長い手品師に有利に働いてしまう。

 手品師は無数の手を六甲に向けて伸ばす。それを六甲は相棒を手で遊ばせ、見事に全て対応する。手品師は正面と同時に上から奇襲を仕掛けるが、六甲は正面は捌き天からの攻撃には避けることで対応してみせた。

 続け様に六甲が地面に深く武器を突き立てると、次の瞬間には地面が抉れていた。割れた地面の中から無数の手が現れ、主人のもとに帰っていく。


「おいおい、上下左右どこからでも攻撃してくるのは反則だろ」

「全て対応した後に言われても、嫌みにしかりませんよ。お気付きですか?」


 六甲は後ろに足を伸ばし、姿勢を低くすると、一息つく。息が整った瞬間に、空気を切り裂き手品師の懐に潜り込む。六甲は相棒を腹部へ全身の力で突き立てる。手品師は防ぎきれず、六甲の武器は深く食い込んだ。

 だが、手品師に焦る様子はない。


「ですが、あらあら、これではどうしようもないですね」


寧ろ余裕にさえ見える。

 手品師の手が六甲の武器を抑え込み、六甲は引くことも押すこともできなくなった。六甲は素早く武器を手放し離れようとするが、スルスルと足を無数の手が掴む。

 思わず舌打ちをして、せめてもの抵抗に六甲はナイフで手品師の首を掻き切った。手品師の首から大量の血液が噴水のごとく吹き出す。六甲の顔にベッタリと血が付着する。

 まだだと六甲は本能的に悟った。

 頸を切られれば、生物は死に至る。首には太い血管が通っているからである。そこを切られれば、どんな生物だって血を止めようとする本能が働く。


「痛いじゃないですか。我は痛いのは嫌いです」


血液が滝のように出ているにもかかわらず、動きが鈍る様子はない。再び六甲の視界は暗闇に囚われようとしていた。


「…生物じゃないのか」


六甲は冷静だった。


「ですです。生物だったら、こうはならないでしょう?」


光の残る片目で六甲は手品師を睨み付ける。数多くの敵を相手にしてきたが、完璧な生物ではない相手は初めてである。

 手品師は降参するかと六甲に問う。降参するなら、命だけは見逃してやるとも甘言を囁いた。だが、それは六甲にとって屈辱以上の何でもなかった。


「降参するぐらいなら、死ぬ方が良いに決まってるだろ、嘗めてんのか。国だとか人だとか抽象的な良く分からん物に命賭けてんだ、自分でいうのもなんだが狂ってるな…俺たち」


六甲は不敵に笑った。自嘲しながらも、まだ希望を捨てきれていない、最後の一手をタイミングを計っているように感じる。

 手品師は、六甲の底知れない態度に躊躇いをみせた。


「それ、私にも刺さります」


瞬きをすると、眼前に鋭い刃が自身の顔を映しているのが見えた。次の瞬間、手品師の視界が真っ暗に塗り潰される。そしてじんわりと痛みが生じた。。


「不肖、未葉。命令違反で戻ってきました」


六はナイフを構え直した。




 六は先程まで六甲の指示で来た道を駆け戻っていた。その途中で向かってくる置丹と肥河と合流すると、作戦Bが決行されたと手短に告げる。

 すると内容は言わずとも、肥河は察したようで頷き置丹を置いて引き返した。置丹は完全に置いてけぼりである。


「作戦B…って何だ。そんなものあったか」


置丹は首をかしげるが、六も知らない。六甲は一言、作戦Bの決行を告げろとだけ言った。それ以外のことは知らされておない。しなくて良いのかもしれないし、あえて指示せず六たちの自主的な行動を待っているのかもしれない。

 肥河の姿はあっという間に消え去ってしまい、その場には訳の分からない置丹と六の二人だけが残された。 

 事態は動き出している。今まで具体的な指示があり、そこから初めて動き出していた。完全なる放置は、一人前ということを指しているのだろう。ここから、一人で考えなければならないと。

 一発勝負にも程がある。隊長の無茶苦茶さにつられて、隊全体も似てしまっている。


「…どうする」

「どうすると言われても、私は今ので仕事を終えてしまったのよ」


これからどうしろというのか、分からない。六甲を置いて置丹と戻るのが正解なのか、それとも六甲のもとに向かうのが正解なのか。完璧な答えはない。

 耳を澄ませば、地面を抉るような音が聞こえる。恐らく六甲と手品師がド派手にやっているのだろう。この物音では街中はパニックに陥っていることだろう。


「未葉、俺は戻るわ」


置丹は街の方を見ていた。その顔は此方に向けられることはなく、声は確固たる意思が感じられた。


「なら、私も」


一人で行動すると、何かあったときに対処が難しくなる。六甲のことは気がかりだが、足を引っ張ることになる。

 本当にいいのか、と問いかけてくる己を無視しかけた。


「しっかり考えろよ。お前が絶対に納得して選択したと思える方に、だ。人間は後悔だらけだが、本当の納得っていうのは自分でしかできないからな」


考えろというのも無理な相談である。トラブルが立て続けに起きている中、本当の意味で考えることはできない。気が気でないし、何よりどちらかに死者が出る。

_戦場で迷うヤツは死ぬのである。

 迷うなら、より困難な方に。どんな結果でも自分を説得できるのは自分だけであり、後悔するのも自分。迷うのも、自分である。全て自分の所為で、それ以外の何物でもない。

 自分の中で六甲と街中の住民たちが天秤に掛けられる。両腕が動く度に軋んだ音を立てる。両方とも重たく、ゆっくり悩むように揺れた後、ガシャンと物音をたてた。


「置丹さん、その刀貸してください。私は自分を説得できる方へ行きます」


天秤の両腕には何もない。天秤は両方の皿を地面に落としていた。



 

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