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トラブルシューティング

土煙が舞い上がり、地面からうねる無数の職種が飛びかかってくる。六は体を低くして足を進めた。六の頭上をいくつもの触手が通りすぎていき、それに応戦する隊員たちが空を飛ぶように跳ねる。


「未葉!さっさと行け!」


皆に急かされながら、六は慎重に進んでいく。補助についているのは田中という隊員で、置丹推薦の人物である。置丹の友人らしく、長髪で前髪が異常に長い。恐らく悪い人ではないと思うが類は友を呼ぶと言う。転けないように道を選びながら、敵が現れたときの対処をお願いしている。

 今回の任務の運搬物は筒上の何か。アルミのような入れ物に入っており、中を伺うことは出来ない。開発部によると、空気と触れさせた途端にドカンだそうだ。またあまり揺らすのもよろしくないらしい。中身が混ざりあってもドカンだとか。何をしてもドカン。そのようなものをよく運ぼうと思ったものだ。

 そんな謎の物を背負いながら歩く六は、冷や汗が止まらない。歩く度に背中の液体が揺れているのを感じる。もしもと想像するだけで、体から力が抜けそうである。


「田中さん、今どこの辺りですか?」

「今は半ばにもたどり着いていない。目的地はまだまだ先」


田中はぶっきらぼうに現実を突きつける。まだ半分も行っていないとは信じられない。体内時計は3時間以上経っていると言っていた。






 作戦決行の明け方。六の朝練よりも早い時間に第六隊全隊員訓練場に集合していた。皆、真っ黒な制服に着替え、マントを羽織っている。きっと第三者からは全身真っ黒の怪しい集団にしか見えないだろう。


「じゃあ、今日も行くぞ!そしてうまい飯を食う!生き残るぞ!」


小学生でももう少し立派な目当てを作るだろう。今日の第六は一段と何処か可笑しかった。今までに類をみない運搬任務。しかもミスをすれば一発で即死のこの状況を、第六は待ちわびていたと思わせるほど元気であった。

 緩い六甲の掛け声に、隊員たちは声を上げる。腹から声を出し、隣の隊員たちと拳同士をぶつけ合っていた。騒ぎたいだけのようにも見える。


「これでいいんですかね。緩すぎて…」


たまたま隣にいた肥河に声をかけた。肥河は眉間に皺を寄せていたが、首を縦に振る。もう呆れてしまったのだとか。


「ここで死ぬかもしれないヤツらだし、緩いぐらいが丁度いいのかもね。騒ぎたいだけ騒がしとこうよ」


肥河は呆れたと言っていたが、それだけではないのだろう。その言葉には何かが詰まっていた。決して冷たくはない、暖かい何かが。

 皆で一気に第一拠点まで進むと、そこで休憩を1時間取る。六甲の合図に合わせてよーいドンで走ってきたため、体力の消耗が激しい。これが今日のウォーミングアップだそうだ。いつも通り、後ろからは肥河が追いかけてきている。はっきりと言うと地獄だった。

 日陰で涼む置丹の隣に六が座る。一瞬迷惑そうに眉を潜める置丹であったが、ここまできて何も言わなかった。


「そういえば、特攻隊長になったとか聞いたんですが、本当ですか?」


置丹は目を閉じ何も言わない。無言は肯定と見なした。


「凄いですね。特攻隊長って、隊長のみが出来るものだと思っていたんですけど、どうやってなったんですか?」


明るく話しかける六を煩わしくなった置丹は、腕を枕にして体を違う方向に向ける。離したくない拒絶が明らか。六は話をしようと置丹を揺らした。それにもか変わらず、そっぽを向かれ続け早々に諦める。体をなおすと、暇潰しに今にも降りだしそうな曇り空を眺めた。次第に明るくなるらしく、天気予報が外れないことを祈るばかりである。

 お互いに何も言わなかったが、気まずくはなかった。ただその距離感がお互いのことを理解しているようで、触れるか触れないかの温度が伝わる。生を確認した。


「…あんな格好を晒すなんて、どうしようもないヤツだと思ったよな………ゴメン」

「確かに残念な格好だったよね」


置丹がボソッと呟いた。返事を期待しているのではなく、一方的に言い放つような方。その声色には申し訳なさが顔を出しており、拗ねた子供のようだった。不本意だが形式上仕方なくという感情が溢れだしていた。

 六が肯定すると、否定しろと置丹から突っ込みが飛んでくる。ゴメンと軽く流すと、また沈黙が訪れる。


「あのとき、私は置丹隊員の悪いところ_人間らしい本音が見えたみたいで良かった」


それはそれで、怒られたときはびっくりしたけどと付け足すと、置丹は鼻で笑う。

 漸く会話が軌道に乗り始め、色々なことを話した。最近の趣味。筋肉が付き始めたこと。隊服のデザインについて。どうでも良いことだった。


「元気になったみたいで良かった。心配していたんですから、置丹薙隊員のこと」


確か、置丹薙。置丹隊員の本名はそうだった気がする。喧嘩するほど仲が良いと聞く。六と置丹は喧嘩もしたし、割りと本気の言い合いもした。一見仲が悪いように思えるが、違うと思っている。色々語り合った仲。友達と呼んでも差し支えないと思う。


「未葉…知ってたんだな、俺の名前」

「私は皆さんの名前を覚えてますよ。呼んではいないだけで」


六はなんでもない顔をしていた。名前の他にも誕生日や家族構成も大体把握しているらしい。全部相手との会話で知っているとか。


「皆さんと会話するのは楽しいですからね」


女の観察眼、情報網は恐ろしいと悟った置丹であった。

 目的地にたどり着くと、第六とは異なる全身真っ黒の人物たちがいた。分厚い服装で動きずらそうにする彼らは、六を見つけると手招きで呼び寄せた。拒否をする理由もなく、六甲に許可をとり黒づくめの人物たちに近づく。

 すると素早く取り囲まれたかと思えば拘束され、椅子に座らせられた。瞬きする時間ほど短くそして正確に寸法を取られると、その場で道具を作り始めたのである。怪しい彼らではあるが、害はないそう。

 六甲は野次馬になりながら、体を動かして黒ずくめの手元を覗きみようと奮闘していた。だが、警戒され追い払われること5回。あまりのしつこさに観念をした黒ずくめたちは、仕方なく手元を見やすくした。

 なんとか覗けた手元には、ベルトやら金具やらが転がっており、黒ずくめたちはそれらに穴を開けたりビス留めしたりと工作をしていた。

 まじまじと部品を見つめ、六甲は誰も手を付けていないものを拾い上げて弄る。


「今回は豪勢な作りみたいだな。俺のときはそんなの無かったろ」

「お前は体幹も体力も何も問題なかったからさ」


手元の部品を弄る六甲に、真っ黒集団の中で一際背の小さい人物が口を開いた。フェイスシールドをしていて顔は見えないが、声はしゃがれており白い髪がちらほらと服の隙間から覗いている。


「オバババじゃん。なんだ生きてたんだな」

「相変わらず失礼なヤツ!レディを呼び捨てすんじゃないよ!まだ80歳前半、現役さ」

「四捨五入して、だろ。あと1ヶ月ぐらいで四捨五入したら90歳になるだろ」


 オバババと呼ばれた黒ずくめは、鼻をならして六甲から部品をぶん取る。そして六甲に拳骨を落とした。

 言い合いをする2人を他所に、六はベルトの調整で確認されており、体全体をチェックされるとすぐに解放された。2人の喧嘩が落ち着く頃には全て終わって、工具の片付けにかかっていた。

 オバババは、歴代オババの中でも最年長でオババの中のオババらしい。何を言っているか分からないと思うが、とりあえず凄い人と思っておけばいいそうだ。ちなみに、六甲が振り回す武器(相棒)を作ったのもオバババらしい。最高傑作だと自慢していた。


「その入れ物は絶対に壊すんじゃないよ。僅かにでも穴が空いてみろ、中の液体が溢れ出すからね」 

 

脅しという名の忠告を聞いて、背筋が伸びる。オバババは人を脅すような物言いをする。

 入れ物の素材としては決して脆いものではないが、何かしらの液体に浸すと柔らかくなりやすいらしい。多少の雨や雪などは粗方問題ないが、大雨のときはリスク覚悟が必要になるという。

 天気が怪しいときにそのようなリスクある材料を使うのは正気の沙汰とは思えない。しかし乾燥したところであれば問題は特になく、中身が漏れでるようなことがなければ完璧な素材だそうだ。

 さらにベルトは特注。伸縮性があり、巨大な物を固定するときによく用いられるものらしい。素材はテルミナ性の糸となんとかかんとか言っていた。


「もしも容器に穴が空いてしまった場合、即死ですか」


"液体"が入っているといっていたが、それが空気と触れあうことで何らかの化学反応が起きるようなものであれば、逃げる暇もない。違うのであれば、他に打つ手は考えられるのではないか。可能性は出来るだけ残しておきたかった。

 オバババは顎に手を当て、何かをブツブツと唱えた。


「それは、まあ数秒であれば堪えられるかもしれないね。ただ一番近くにいるアンタは助かんないと思いな。漏れてる場合は即アウトだからね」


六は指を指され、喉を鳴らす。数秒で死ぬようなものを人に運ばせるだなんてどうかしてると思った。



 時は戻り、山道を進む六たち。 

 曲がりくねった山道を走り抜け、六と田中は全身ボロボロになっていた。隊服のお陰で隠れている部分には傷はないが、はみ出している部分は傷だらけである。流れる汗を乱暴にぬぐい、足を休めることなく動かした。

 本作戦開始から1時間。漸く半分を通過した。予定では4時間かかるとされていたが、心配になるほど順調だった。


「本当に今回大丈夫なんですか…順調すぎて嫌な予感がします」

「…同感だが、上手くいっていること自体は悪いことではない。気を引き締めろ」


静かな山道を下っていく。辺りは静かで物音1つしない。他の隊員たちと離れてしまったらしい。

 他の隊員のことを心配すれば、自分のことを心配するように叱責される。厳しいようだが、少しの失敗で命が危うくなるのだから有難い忠告だと思う。

 踏みしめる音と風が吹き抜ける音が辺りに木霊する。時期に似合わず少し肌寒く感じた。気付けば山と山の合間_金切りの谷まで差し掛かっていた。

 金切りの谷は怪談が絶えない。他部隊の隊員に少し聞いてみただけでも、収穫は多数あった。

 金切りの谷は遥か昔、多くの裕福な人が住んでいたという。彼らの収入源の炭鉱があったらしい。だが金銀財宝が産出され、あっという間に掘り尽くされてしまった。収入源を無くした人々はありとあらゆる手段を用いてなんとか裕福さを保とうとした。事業を起こした人、会社に勤めた人、犯罪を犯した人。三者三様の考えがあったが、いずれも失敗。辿り着く考えは一つであった、考えたのである、無いなら奪えば言いと_


「金属を切る道具を持ち出して、普段は金属加工をしているが隠れて人も切った。切られた人がつんざくような金切り声を上げたから"金切りの谷"」

「その話は聞きましたが、このタイミングで話すんですか。タイミング最悪すぎませんか。その話を聞いたとき、私怖かったんですからね」

「そろそろユーモアが必要かと」

「ユーモア要素はどこにありましたか」


田中は首をかしげた。これは本当にユーモアとして言ったらしい。全然ブラックジョークだったと思うのは気の所為だろうか。

 金切りの谷を進んでいる最中にそのような話をされれば、嫌でも意識してしまう。頭上を鳥が通りかかっただけでも、気味悪く感じるし、吹く風の音も低い呻き声に聞こえなくもない。本当に気味が悪く、背筋が凍りそうになる。

 冷静に頭を切り替えようとするが、片隅に金切りの谷の話が過ってしまい忘れようとするが忘れられない、無理矢理忘れようにも、意識してしまい到底消えそうになかった。

 恐ろしくなり六が足早に急かすと、田中も渋々従ってくれた。どんなに渋るヤツでも、早く終わらせて帰ろうと言えば一発である。皆早く帰りたいと思うのは当たり前だった。


「そういえば、金切りの谷にはもう1つの噂がある。知ってる?」

「今度こそユーモアがあるヤツですよね?」

「多分?」


疑問に疑問で返され、信用がない。だが、敵の気配もないこの状況で、気が抜けていたのか話すように促していた。恐らく気を紛らわせるような物がほしかったのだと思う。


「金切りの谷ってそういう実害の無いような音の現象だけが有名という訳じゃない。もう1つ、巨人の伝説がある。こっちは害があるかもしれない」


田中の一言一言聞き入るうちに、六は自身が震えていることに気がついた。


「その巨人伝説に出てくる巨人は兎に角デカイ。山に腕をかけられる程だと言われている」


震えは止めようとすればするほど酷くなり、やがて気付く。自分ではなく、地面が揺れているのだと。

 ふと頭上に影が差し込み、嫌な予感が六を過った。影が濃くなれば濃くなるほど、嫌な予感は大きくなっていく。

 六がそっと首を動かせば、頭上には大きな塊が迫っていた。


「…やっぱり、田中さんこれからしゃべらないで下さい!」


六は田中を巻き込んで転がるようにして、迫り来る塊を避けた。足の数センチ先に塊が地面にぶつかる。土煙が舞い、目も開けられない程である。


「田中さん、大丈夫ですか」

「……確かにデカイな」


田中は呟いた。六と田中は正反対を向いていた。田中が向く方_塊が落ちた方を見ると、先程まではなかった目の前には壁がある。六の身長の2倍ほどの高さに見えた。壁には苔が生えており、蝶が辺りに飛んでいる。続けて地響きがして、何かが近づいてくるのを感じた。


「…未葉隊員、緊急避難だ。さっさと進むか、戻るか選んだ方がいい」

「どっちが死なない?」


徐々に姿を表したのは大きな山である。否、山ではない。山のように見える大きな頭であった。

 落ちてきたのは手だったようで、ゆっくりと握ったり開いたりを繰り返している。まるで感覚を確かめるように。

 

「…幸い、俺たちの居場所は知られていない。大人しくしていればなんとかなる可能性はある」


と田中が言った瞬間、頭の上の空間を何かが過る。風圧で髪が舞う。


「やっぱり、田中さん何も言わないで下さい」


頭を低くして見つからないように、前進をすることにした。衝突はなく、あっさりと2人の意向が一致した気がする。

 後退するのはあまり良くない、2人にとっても他の隊員たちにとっても。隊員の体力が削れており、精神状態も万全とは言えない。逆に敵を粗方倒した今の状況で上手く進めたいところであった。

 突然現れた巨大な敵のお陰で後方に下がるという手段はもはや無くなったも同然。目で合図すると、六を先頭に一気に駆け出す。見た目どおり巨体で、動きは速いとはいえなかった。

 勢いに任せれば巨体には追い付けないと踏んだのだが、厄介なのは巨体ではなく無駄に大きい動きの方であった。腕を回せば強風が、足を動かせば地鳴りと揺れが。少しの動きでも勢いが強い。


「未葉隊員、飛ばされるなよ!」


体が揺られ、六は2、3歩退いた。そのとき田中は六の後ろに立っており、吹き飛ばされないように支える。


「そんなこと言われたって、こんな強風にどうやって堪えたらいいんですか!下手すれば足元に滑り込んだだけでも、踏み潰されて圧死の可能性もありますよ!」

「それは仕方ないな」

「肯定しないで!」


轟音の中、六と田中は話し合う。ふと六は背中の容器が田中の腹に当たっていることに気がついた。死ぬかもしれないような物を仲間に当てるのは申し訳ない。背中に固定するベルトを外し、自分の腹の前に持ってくるとガッチリ固定した。これで漏れる心配はなく、たとえ漏れたとしても第一の被害者は自分である。

 逃げようとする容器を身体で押さえつけると、四つん這いになりながら進もうとした。地面が揺れ、不安定な足元で移動し続けるのは困難なことである。金切りの谷は、大した高さはないが、崖がせり上がっており、一度落ちると2度と上がってくることはできないとまで言われている。そんなところで何度も地震が起きるとどうなるか想像が容易だ。

 次から次へと襲い来る難関。これが特別部隊の醍醐である。死ぬ危険性をスリルと受け取るか、フラグと取るか。


「死にたくなかったら走った方がいい。地割れだ」


後ろの方から仰々しい音、まるで風船の破裂音のようなものが聞こえる。振り返る間もなく、六は腹の当たりに腕を回された。するとそのまま田中は走り出したのである。要するに乙女チックの欠片もない。

 見た目では想像できなかったが、田中は意外と筋肉質らしい。先程の田中と衝突したときに堅さを感じた。だが、それを口にすることはなかった。言うことにも恥ずかしさがあり、勘繰られて手を離されると困る。


「一体どうするんですか。このままじゃ、あの地割れに巻き込まれて転落します!」

「分かっている。黙って大人しくしていろ」


田中は六を抱えたまま動き回り、巨体の動きを観察する。そして何を考えたか巨体に向かってジャンプをした。

 内蔵が浮くような浮遊感と落下していく景色が鮮やかに見える。今までの記憶が鮮明にゆっくりと脳内を駆け巡るのは、走馬灯というものだろうか。ゆっくり今までの思い出が駆け巡っていく。そして衝撃を感じた。

 結果、気が付けば地面にぶつかることはなく、先程とは比べられないほどの暴風に晒されていた。田中はなんと巨体の腕に飛び移ったのである。六たちの命を支えるのは、心もとない特殊部隊の支給品のナイフ。それを腕に突き刺し、2人分の体重を支えていた。

 六は悲鳴も上げることが出来ず、必死に胸元に固定してある容器を抱き締めた。丈夫に作ってあるらしく、凹みはなかった。


「無茶しないでください!心臓が飛び出るかと」

「今のを無茶だって言うなら、これからすることは大無茶だ」


何をするつもりか問いただす前に、田中はナイフを掴む手を離した。勿論勝算はある。とあるタイミングで手を離せば、勢いも相まって、人間の足で進むよりも遥かに効率的に進むことが出来る…はず。命の保証は全く無いが。よく言う、物は試し。

 腕を振り、エネルギーがマックスに伝わる瞬間。田中は腕を離してエネルギーの移動に身を任せた。何も聞かされていない六からすると、生きることを諦めたのかと疑わずにはいられない。

 六の鼓膜が破れそうな悲鳴を聞きながら、田中は目を開く。風圧で目を開くことが出来ない。だが、やるしかない"仕方ない"。

 六のポケットから支給品のナイフを取り出すと、六の腰に巻かれていた特注のベルトに滑らせる。するとアッサリ切れ、六が抱えていた容器が勢いに乗せられて浮いた。


「何を」


言葉が綴られる前に、六たちは森の中に落ちていく。あまり勢いを殺すことが出来ず、木の枝をへし折りながら、スピードをゆっくり落としていき、六は地面に顔から衝突した。

 痛む顔を押さえながら、六は服に絡まる枝や葉っぱを抜き取った。ふと胸にも背中にもあの重さがないことに気付くが、頭上を見上げれば木の上高いところに何かが引っ掛かっているのが見えた。

 液体が漏れている様子もなく、遠くからみた限りでは無事のようである。

 一緒に飛んできた田中の姿は辺りになく、名前を呼んでも返事は帰ってこなかった。もしかしたら離れてしまったのかもしれない。不安が焦燥感がと変わっていく。辺りは暗くなり始めており、木の上にある容器も取れず、田中にも会えない可能性が高くなる。

 六は容器のぶら下がる木の根本まで駆け寄ると、1本から分岐している部分に手を掛けて体を一気に起こした。持ち上げた体を手頃な部分に滑り込ませれば立ったそれだけで視界は高くなった。続けて容器に向かって伸びる太い枝から落ちないように慎重に登っていく。


「もう少し…で」


体全体のあらゆるところを伸ばしたと思う。指先を震わせながら、六はベルトの切れ端を掴んだ。

 ここで一安心。気を抜いてしまい、六の体のバランスを崩し地面に向け真っ逆さまに落ちていく。思わず六は目を閉じて、容器を抱き締めた。なんとか容器にダメージが入ることだけは防ぎたかった。

 暫くしても痛みはやってこなかった。軽い衝撃のみで、荒い息遣いが煩い程聞こえる。少し目を開くと、こちらを蔑むように見る綺麗な琥珀色の瞳と目があった。


「大人しくすることを知らないのか。目を離せばすぐどこかに行こうとして…置丹の言う通り、目を離せない」

「あ、ありがとうございます」


田中は呆れを少しも隠そうとしなかった。寧ろ見せつけるように明らかにしているようにさえうかがえる。

 田中は六を地面に下ろすと、その場に座り込んで息を整えた。額に汗が滲んでおり、相当急いで駆けつけてくれたらしい。


「その、申し訳ございませんでした」


 頭を深々と下げた。田中の乱れた髪が夕日に照らされて妖艶に映る。何故か照れ臭くなり六はそっぽを向いた。何故か分からないが、見てはいけない背徳感のようなものを感じた。

 いぶかしんだ田中であったが、どうでも良く感じて髪を留めていた簪を取る。伸ばしていた髪は枝に絡まってしまい仕方なく適当に切った。そのためざっくばらんの髪は簪で纏めるには適さない。

 六から拝借したナイフを取り出すと、丁度いい点を見つけてそこで次々に髪を切っていく。

 六は制止するが田中は邪魔だと一瞥し、手を休めることなく全ての髪を整えてしまった。ハサミで切ったわけではなく、多少見苦しいがどうということではない。腰ほどあった髪は鎖骨の辺りまで短くなっていた。


「いいんですか。これ、暫く伸びませんよ」

「良い。生きてたらまた伸びる」


手櫛で整えようとするが、短い髪は不馴れで上手くまとまらない。簪を留めようとするとスルスルと外れていくのである。

 次第にムカついてきて、田中は諦めようとした。その手から六は簪を抜き取り、慣れた手つきで髪を整え結わえる。


「やっぱり人の髪って結わえやすいですね」


痛くないか問うと、田中は首を横に振る。髪は短くなったものの、髪質は綺麗で整えやすいものだった。

 六は視界の良い場所に移動しようと促すと、田中は従う。そして六の隣にやってくると、六は頭に痛みを感じた。


「何かしましたか」


頭に手を回そうとすると、田中は六の手を握りそして先導するように先を歩いた。

 道が分かるのかと訪ねると、何となく分かるそう。その根拠が勘なのは少し不安であるが、止まってもくれないため大人しく従う。

 ただまた変な未来予知(フラグ)を生み出さないか不安が残る。



 



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