フィーリング
置丹にいきなり怒鳴られて、その後にコンコンと怒られた。言われるだけでは気が済まず、六も言い返しどんどん白熱していく喧嘩。最終的に置丹が模擬戦を持ちかけてきたところで、仲裁が入りなんとか喧嘩は終わった。戦闘面では六は置丹に到底及ばないため、有難いと思った。
そうしてたどり着いたのは、何と我らが隊長六甲の執務室である。六甲の執務机の前に置丹と六が並んで座らされており、椅子に座った六甲とその横で威圧感たっぷりに微笑む肥河がいた。
六と置丹がにらみ合い、お互いに引く気がないと判断するとそっぽを向く。進展がないと判断し、六甲は咳払いをした。
「それで、どういうことか先に話してもらおうか、未葉た・い・い・ん?」
最初の標的は六のようで、愛嬌たっぷりに六甲が言った。可愛らしい話し方に見せかけて逃がさないという圧を感じる。言い淀むと、六甲が心配する振りをしながら、その場にあったペンを握り潰す。冷や汗を流しながら、六はことの顛末を話し始めた。
まず六甲たちも知る通り、運搬任務についての詳細を知ったこと。そして置丹が任務についたことを聞いたこと。それを代えて貰うために六甲に掛け合ったが、失敗したこと。最終手段で、上官のアカネに掛け合いに行ったこと。順序だてて、補足しながら丁寧に話したはずである。
ことの顛末を聞き終えると、上官2人は深いため息をつくき、一方の置丹は舌打ちをして六を睨み付けた。
「なるほどな。未葉には確かに上からの命令だなんだとは言った。それは認めよう」
六甲が深いため息と共にに言う。そのままとある紙を六に差し出した。それは例の運搬任務の委任状であった。置丹から六への委任が明記され、アカネのサインと印が押されている。何度確認しても間違いはなかった。その下にある隊長のサイン欄は空白である。
「勝手なことをする"前"に、直属の上司に許可を貰うってのは常識だよな」
「その上司に許可を貰えないなら仕方ないと思います」
「そこは諦めるなり、違うアプローチを考えたりするだろ」
ああ言えばこう言う。六甲は頭を掻いた。空白の欄は六甲がペンを滑らせるのを待っているようだった。ここにサインすれば、六甲も認めたことになるわけで。真相を確かめようとしたところ、置丹と六がトラブルになっていた。不幸中の幸いだったと思う。
恐らくアカネが認めたのだから、六甲が反対しようが決定は覆らないだろう。その気になれば無理矢理にでも止めることはできよう。
本人の意思でやりたいのかどうか、確かめたいと思っていた。
未葉という隊員は、常識人と思われがちである。清楚な見た目で、隊員たちからの評価は良いほうだろう。だが蓋を開ければ、隙をつくのにも常識はずれなことをするし、今回だって下手すれば首だ。物理的に。
アカネに未葉を一般人だのなんだのと言っておいて、アレだが中々面白いヤツだと思う。思わず笑った。
「うわ、六甲が楽しそうにしてる。嫌な予感しかしないんだけど、始末書だけは勘弁してよね」
「分かってるって、始末書は自分で書くよ」
「そういうことじゃない。始末書を出すなって言ってんのよ、アンタはいつもいつも…」
世話焼きな肥河は顔を歪めていた。まあ、今までの行動の結果が割りと始末書に行き着いているからなんとも言えない。自業自得。普段の行いが物を言う。
「未葉、お前がやらかしたことはアカネ…指令は特に言わなかった。言及するつもりがないんだろう。なら、今回はなにも言わないことにする」
あからさまに六がホッとした表情をした。絶対思い付きで行動したとそう悟った。結末がどうなるかは想像しておけと適当に釘を刺しておくが、効果があるかどうか不明。しかし肥河に言わせれば、ブーメランらしい。
六を退出させ、残るは肥河、六甲、置丹である。六甲が淡々と説教をしている間、殆ど置丹は口を挟まなかった。ただ様子を伺っていたように思う。素早く手元の書類にサインをして、肥河に渡す。肥河は広角を開げた。「これでいいのね?」と試すような聞き方をし、六甲は「さっさと行け」と返した。
じっと六甲を見つめる置丹は、表情を消し何を考えているのか読ませまいとしているようだった。六甲は居ずまいを正し手を組み、顔の前に持ってくると顎を乗せる。そして鋭い眼差しで置丹を見た。
「それで、置丹。お前はどうする」
「どうする…とは」
朝顔を合わせたときから、この件について肥河は何も言わなかった。元から空気が読める性格で、よっぽどのときしか口を挟んでこないのだが、今回は何かしら口出しをすると思っていた。最近は突っ込まれてばかりだが。
置丹の言葉がよどみ、動揺しているのが分かった。
「お前は運搬任務から外された。未葉によってな」
事実を述べた。置丹が奥歯を噛み締めているのが分かる。六甲が話したい本題はこれからである。
「お前はどうする。前にも言っただろうが、死にたくないなら任務から外れてもいいぞ。俺たちの本当に大切にするべきものは命だ。それを適当に扱うのは許さん」
1人1つの命。それが大切なのは当たり前である。ましてまだまだ若い人々は、明るい未来が待っている。それを手折る側にも手折られる側にも覚悟は必要であろう。
「それを隊長が言うのはどうかと思います」
置丹は鼻で笑った。自嘲気味に笑い、自噴を嘲るような素振りを見せた。
シンと静まり返った室内で、六甲は置丹の次の言葉を待った。どうするのかきちんと話すまで、六甲は置丹を解放するつもりはない。
「…これからどうしたらいいですか」
自身無さげな声で、置丹は言う。正直どうしたらいいのか分からないのだと。金のために部隊に入ったし、生きるために訓練に参加している。命まで投げ捨てる気はないし、誰かに命を投げ捨てさせたくない。
六甲と肥河はただ語られる話を聞いていた。遮られるものはなく、置丹はポツポツと語る。己の未熟さを。
置丹の語りが終わると、六甲はなるほどと返した。自分の中で言葉の意味を考え、相手が望むような返事を考える。
「正直に言うわ」
国のために、部隊のためにと烈火のごとく叱られるのだと置丹は思った。だが、六甲の口から出たのは思いもよらない一言だった。
「この部隊|《第六》に他人のために生きてるヤツらなんて居ない」
置丹は呆気に取られた。事実である。置丹がならと続けて口を開こうとすると、わざとらしく被せるように六甲がまた話す。
「俺もそうだし、肥河だってそうだ。ちなみに未葉もそう。
今回お前から見た未葉は自己犠牲で、自分のために犠牲になったように見えたんだよな、多分」
六甲が置丹をちらりと視界の端に収める。口を大きく開いたままの置丹の反応はお構い無しに、六甲は机の上にあった新しいペンを拾い上げる。そしてクルクルと器用に回した。
「それは一種の優しさだろう。だがそれは違う見方をすれば、自分勝手にしただけだ。
自分勝手にそうしたいと思い、未葉は勝手に行動した。人間っていうのは、自分勝手なんだよ。
優しさとか人間としての~っていうのは後付けでいいんだ」
六甲は動きをピタッと止め、鋭いペン先を置丹に向ける。その切っ先は置丹の瞳を捉えていた。
「自分勝手に生きろ。妹、弟のことは一旦忘れろ。お前が生きたいように、やりたいようにやれ。迷うな、止まるな。
一瞬、その一瞬の逡巡でお前の行き先が変わるぞ」
置丹の目が大きく見開かれる。なぜ六甲が置丹に兄弟がいるこを知っているのか。たまたまかもしれないし、知っていたのかもしれない。
置丹が悩んでいたのは何だったか。自分が苦しいから、助けて欲しかった。代わりに死んでくれる人間を探していた。
そして手を差しのべた六に対し、置丹自身は救われたにも関わらず、助けを今更ながら拒否しようとしている。それは何故か。自分の運命を勝手に決められたと思い、想いやりを決めつけだと思ったから。ねじ曲げられた運命を強制的に正され、右も左も分からずじまいになっていたから。
置丹はペン先を握る。手にインクが付着し、手を伝ってカーペットに垂れた。淡い赤が、深い暗闇に染まっていく。
「…それはアドバイスじゃなく、命令だ。六甲隊長、俺は死にたくはない。だが、他人のために命を張れるバカにもなれない」
置丹は地面に広がる赤を見た。この赤はいつかの仲間たちから流れるかもしれないもの。今日かもしれないし、明日かもしれない。
六甲は興味深そうに眉を片方上げた。口元には笑みが絶えず、楽しんでいるように思う。
「ほう、ならどうするんだ。上に掛け合ってもいいが、そう易々と行くとは思わねぇ方がいい。アカネはそんな簡単なヤツじゃねぇからな」
「そうですね。未葉にはいいとこ取りされましたし、こうなれば先っぽ_特攻隊長を俺にください」
へえと興味深そうに話した六甲は、心なしか己の声が低いように感じる。
特攻隊長は部隊を率いる上では大切な立場である。先頭に立つため、誰よりも狙われやすく、死にやすい。後ろを振り向くことは決して許されない。誰かの悲鳴が聞こえても止まれないのである。
特効隊長は特に変更がなければ、隊長である六甲が務めるもの。隊長は後方でなんてことをよく言われるが、後方にいたところで戦況がすぐに分かる訳でもない。さらには後方を狙ってください、部隊のトップがいますと言っているようなものだ。なんの撹乱にもならない。と六甲は常々話していた。
「どういうことか、分かってるんだよな。普段は俺が務めている立場、俺が言うのも何だが体に穴があくぞ」
親指と人差し指でピンポン玉ほどの大きさを示して見せる。その大きさは、先日六甲が脇腹に開けられた穴と同じぐらい。鉛玉をくらい、六甲は救護しつに何度も運ばれた経験がある。
そのお陰なのだろうが、よほどの怪我でなければ危機感を感じなくなった。指は飛ばしたことがなく、痛みは味わったことはない。だが、きっと痛いだろう。
「痛いだなんだとは言えない。なぜなら俺は特攻。真っ先に死ぬことを余儀されているからであり、特攻が生きているのにまだ死ねないと士気も上がりやすい」
六甲は述べる。戦場において人間は素直であると。死に際に瀕した人間は、誰よりも生に固執する。
人間は人間を知能的なものだと思い込む。しかしフッと湧いた感情に対してどこまでも純粋で、自分の感覚を正しいものと思い込み、間違いだとは気付かない。
「特攻は死ねと言われるが、死ぬことは許されない。間違いなく精神的苦痛も酷いと思うが、ここまで言っても諦めきれないか?」
六甲は話を続ける。つまり、と話を纏めて、特攻とは死ねと言われているのだと言った。
置丹が部屋を出ていき、戻ってきた肥河と2人きり部屋に残される。扉が閉まったのを見届けると、六甲は体を椅子に預けた。椅子が悲鳴を上げる。
「全く怯えてなかったけど、どうするの」
肥河が口元を覆い、クスクスと笑う。六甲が置丹を脅している最中、肥河は笑いを堪えていた。体を震わせ、必死に下を向く姿が六甲の視界の端に映り込んでいた。
いい加減にしろと軽く咎めると、肥河は適当に返事をして顔を作る。しかしすぐに破顔した。
「それにしても、あの2人…頑固だったわね。置丹隊員はもっと柔だと思っていたんだけど」
「それにしても頑固すぎるだろ…死ぬのが嫌だって言ってたのはなんだったんだ」
どちらも譲ろうとせず、置丹においては隊長の役割を盗ろうとするものだから厚かましいことこの上ない。
六甲はペンに付着したインクを拭う。バッチリ人の手形がついており、拭っても落ちそうになかった。
これからどうやって置丹のことを説得するか悩ましい。試しに置丹を脅したが、寧ろやる気を上げてしまったような気さえする。アレだけ言って、望むところだとあっさりと言われては折れてくれないだろう。
頭に血が上って勢いで言ってしまったことも考え、数時間後に返事をすると言ったが、どうするべきだろうか。
「脅しがダメなら、武力で抑えるってのが簡単だな」
「ちょっと任務前よ。気をつけてね」
この間も手合わせをしたし、置丹の実力は抜きん出ているとは言うも、所詮新人の中ではである。先輩たちに勝つことは希にあれど難しい。
肥河は特に反論する理由はなく、ただいいじゃんと肯定した。そしてふと疑問に思ったことを口にする。
「ちなみに、どうしてそんなに特攻を任せたくないの?実践で学ぶっていう意見に六甲は賛成してなかったっけ」
「それはそれだ」
肥河は六甲の言葉が少し引っ掛かった。六甲は効率厨のきらいがある。隊長という立場がそうさせているのだろうが、今回に限ってはそう出はないような気がした。
1つ引っ掛かりを覚えると、今までの行動にも可笑しなところを感じた。
「譲るのが嫌ってわけじゃないんだよね?」
「効率ばかり考えて、死人増やす訳にもいかんだろう」
一見筋の通ってる説明だった。六甲が何か隠している素振りもなく、いつも通りふざけた面をしている。
気の所為だったのかと思い、話を終えようとした。扉に手を掛けたときである。芋づる式にそういえばと1つの可能性がよぎる。
「六甲、アンタ好きな人できた?」
記憶の中の六甲は表情豊かであるものの、どこか人を近寄らせない雰囲気を醸し出していた気がする。効率厨であったし人を道具として見る一線を悠に越え、弱さを見せない完璧な兵器を演じていた。近くにいるだけで死ぬことを恐れない、何も感じない無の境地に連れていってくれるようなぬるま湯に浸かる心地にさせられていた。
しかし今ではどうか。表情には心なしか光がある気がするし、人に素を晒すこともある気がする。それに他人に気を配る素振りも。おまけに、生に関することを口にするようになった。
大きな変化があり、違和感を覚えていたものの気の所為と思える範囲だった。違和感は大きくなり、今では確信できるほどのように思える。
「好きな人…?俺は第六のヤツらは嫌いじゃない」
「そういうことじゃないの。好きな人_アンタが全てを捧げて護りたいと思った人は出来たかって話よ」
六甲は納得した声を出す。
だが、六甲に心当たりはない。好きな人、すなわち絶対護りたいと思えた人物など居た覚えはなかった。ただ新人たちは手のかかるヤツらばかりで、小動物に向ける程度の愛情はあるかもしれない。
六甲は首を橫に振った。思うような回答がでず、肥河はため息を付く。
「そうやって呑気にしてると拐われるわよ。無自覚って一番怖いんだから」
「拐われないだろ、第六のヤツらはそこそこには強いし」
意味を理解していない六甲のことはもう放っておくことにする。この後の予定を軽く打ち合わせると肥河は部屋を出た。
「鈍感すぎてこっちが叫んでやりたいわね…」
少し複雑な気持ちで訓練に参加した。




