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ビフォー・ザ・ストーム

_今日の朝刊みたか。

_いや、まだ。

_早く見た方がいいぞ、例のアレ発表するらしいから

_マジか、お前見たのか?

_まだ。だって怖いじゃん。


 朝から第六はざわついていた。話題は今日の朝刊なのだが、恐らくこの空間にいる彼らは見ることができていないものばかりだろう。

 彼らがいる場所は第六専用の集中治療室。普段は重病の隊員たちのための部屋ではあるが、現在は隊員たちが所狭しと転がされていた。立派な隊長方によるご指導《扱き》の結果である。手当てをされたが、動けない隊員たちは集中治療室に入れられた。皆、腕や足、顔に傷のある者たちばかりである。


「おはようございます」


扉が開かれ、目映い光が集中治療室に差し込んだ。それと同時に食欲をそそる香りが部屋に充満した。

 重たい鍋を両手に持ち、隊員たちを踏まないように六は部屋の隅へ向かう。そして鍋を置いた。重い鉄の鍋で、六が両手を広げてやっと取っ手を掴めるほどのモノである。奥だけでも重音が響いた。


 「今日は卵粥です。食べた気にならないと思ったので、許可をとって量を作ってきました。おかわりしてくださいね」


六は用意していた紙皿に粥をよそい、隊員一人一人に配っていく。治療のため、あまり量のある食事ができなかった隊員たちは粥を喜んで掻き込んでいった。次々に差し出される皿を六は受け取り、六は粥を一杯に注いで渡す。流れ作業のようであった。

 集中治療室から食堂は遠い。怪我で歩けない隊員たちのため、交代制で食事を部屋には込んでいるのである。今日の当番は六と置丹。置丹は肥河と話していたので、六がそそくさと料理をして鍋を持ち込んだ。お陰で六の腕はパンパンである。

 流れ作業が落ち着きをみせて来た頃、とある先輩隊員がおかわりのついでに、六に話題を振った。


「そういえば、未葉隊員は朝刊見た?」

「…朝刊?朝から忙しくて見れてないですね。一応集中治療室は暇だって聞いていたから、暇潰しになればと持ってきていますけど」


 六は鍋敷き代わりにしていた新聞紙を隊員に差し出した。微妙な表情をされていたのだが、理由は分からず六は首をかしげる。すぐに何でもないと言われたため、六もなにも言わなかった。

 気を取り直し、六は粥を配り歩く。皿に粥を入れ、空になった皿と交換すれば鍋を持ち歩く必要もない。足、腕を怪我している隊員もいるため、ちょっとした気遣いが求められた。例えば腕を動かすのがつらい隊員には、六は世話をしてやったり、足を怪我している場合は松葉杖を用意したりと。まるで弟と妹ができたようで嬉しかったのだが、途中から赤ら顔で断られ少し残念に思った。

 鍋が空っぽになり、後片付けをし始めた頃。


「運搬!マジか」


大声が上がった。声の主は部屋中の視線を集めたが気にするような様子はなく、新聞を読み上げる。


「…代表一名を運搬の任につけ、第六隊・第四隊の総力をもってその者を保護するように_」


長々しい文章の要点だけを読み上げられ、先輩隊員たちは声を上げて泣き崩れた。一方で新人たちは状況を理解しきれていない。和気藹々としていた雰囲気はすっかり消え去っていた。残るはむさ苦しい嘆きの声だけである。

 先輩のテンションについていけず、新人たちは戸惑うばかりであった。新人たちは互いに目を合わせて意志疎通を試みたが、誰も何のことか理解していなかった。

 六は空になった皿を回収しながら、どういうことか先輩隊員に尋ねる。先輩隊員は惜しむことなく、新聞紙を指差しながらことの詳細を教えてくれた。暗い空気を追い払うためか、周りの先輩が茶々をいれていたが、第六の新人たちはすっかり慣れてしまっていた。


「運搬というのは、荷物を目的地まで届けること。一般的な意味だ。ただ普通と違うのは、運ぶものが兵器だったり爆発物だったり。多分即御陀仏になるもの。

 下手すれば爆発で死ぬし、大体が機密情報だとか情報漏洩を防ぐためだとかで、教えてもらえない。何を背負っているか分からない状況で御使いだぜ。誰も行きたがらないだろう?」

「それは…行きたくないですね」


兵器や爆発物を運ぶということは、一番死にやすいということ。軽くぶつかっただけでも爆発する危険があり、文字通り死と背中合わせである。確かに好き好んでこの任務に志願する者はいないだろう。

 ただ、と話しは続く。


「成功すれば昇格だってあり得る」


昇格すれば出陣はしなくていいし、運搬だってしなくていい。何もせずとも、義務さえ果たせれば良い立場になるのだ。

 新人たちの間にざわめきが起きた。大体はいつも通り身を潜めて大人しく、慎重になるだけの任務。戦わずとも、周りが護衛してくれるという守られる立場になれることは魅力的に映る。第六隊は全体的に戦闘能力が平均よりも高く、隠密行動にたけている。成功する可能性は他の隊よりも高いだろう。

 次の一言が放たれる前まではそう思えた。


「まあ、今のところ成功率は3割…いくかいかないかぐらいだ」

「それは…どこの隊の統計ですか」

「勿論、第六。これでも高い方だ、他の隊だと1割…ぐらいか」


それを聞いては誰も行きたがらない。3割で勝ち組の人生を歩めるが、7割で人生を棒に振るのだ。しかも、これでも成功率は高いときた。こんなところで人生を終わらせるとは親不孝もいいところである。正直、六は行きたくないと思った。

 静まり返った室内に、足音が反響する。革靴のような暖かい足音は、集中治療室の前で止まる。そして顔を出したのは、頭を何重もの包帯で覆われた置丹であった。


「その任務は隊長による選出で選ばれる。だから、これからは皆さん気をつけてください。選ばれたら3割で死ぬから」


置丹は部屋の中に入ると、淀んだ空気に眉を潜める。そして素早く窓を開けた。

 カーテンが風に煽られ舞う。遠くの方で雷が鳴り、暴風が吹き荒れていた。


「…なんでも今回選ばれた人は、高確率で死ぬらしいね。いつもの運搬以上の確率で。

 なぜなら、運ぶ荷物が一滴垂れただけでも隊員が死に至るほどの劇物らしい」


例え選ばれたとしても恨みっこなしだと話す置丹の表情は、全てが削げ落ちてしまったようにピクリとも変わらなかった。ただの人形のように、奇妙なものだった。






 集中治療室を出て、六と置丹は並んで歩く。鍋と小玉が当たり、歩く度に金属音が当たりに響いていた。


「どうしてあんなことを言ったんですか?あんなに追い詰めるように言わなくても」

「追い詰める…?俺は現実を教えただけだが」


六は置丹とはあまりつるんでこなかった。普段、置丹は特定の人物たちと仲良くしており、その他とはあまり口を利いているのを見たことがなかったからである。それに加えて、どんなことでも単刀直入に話を切り出し、事実以外のことは信じないという節があった。

 要するに取っつきにくい性格で、疎遠にされやすい人物。悪い人ではないと六は思う。だが人との接し方をみていると、どうも置丹との間には壁があるように感じる。


「それはそうだけど…怪我で落ち込んでいる人もいるかもしれないんだから、できるだけ負担にならないように」

「夢を見せてどうする。それでお花畑のヤツらを覚悟なしに死に追いやるのか。これは一種の優しさだとは思わないのか」


六は押し黙った。何も言わなくてもいいと言っている訳ではないはずだった。知らないことにより生まれる幸せもある。だが、何も知らずに生きて、目の前に死が迫ったときに何を思うか。裏切られたことの悲しみ、怒り、死ぬことに対する否定。最後には死を受け入れる。ただ悲しみにくれ、諦めて。

生き残った側に残るのは裏切りの後悔ではないだろうか。罪悪感と吐き出しそうな程の自分自身への怒り。渦巻く感情。誰にも相談できない苦しみ。一生、それを抱えなければならない。

 感じたこともない気持ちが六のなかで渦巻いた。心臓の辺りが痛くなるほどに、イメージが鮮明に思い浮かんだ。


「…それは、今感じなければならないものなんですか。第六ここにいる限り、誰かは死にます。そんなことは私も分かっています。

だからせめて、幸せな時間を与えてあげたい。そう思うのはいけないことですか」

「……お前は俺と同じ新人だ。第六隊で経験を積んだのも同じだろう。だが、決定的に違うものがある。それは死ぬことだ」


六は言葉の意味が理解できず、置丹を見上げる。置丹は六を見ようとせず、六から鍋を奪い取ると足早に歩いていってしまった。


「答えになっていますか。それは生きることを諦めて、敷かれたレールの上でずっと死ぬまで居ろということですか」


置丹は振り返らなかった。

 遠ざかる背中を眺めながら、六は先程の言葉の意味を考える。

 置丹と六の違いは"死"。死という経験は人生で一度、誰しもが手に入れる。死亡のことを指しているなら、置丹は死ぬということを一度経験したことになる。言葉のあやだと思いたいが、そうでなかった場合。もしそうだとしたなら、六の隣にいた置丹はどうして生きているのだろうか。もしかすると幽霊だったり。

 ろくでもない考えに至る前に、六は考えるのをやめた。言葉の意味は本人から聞けばいいことである。本人が教えてくれるかは別として。

 廊下に設置されている時計を見上げれば、残り数分で昼休憩が終わる。昼休憩後は会議室に集合になっているため、六は足早に廊下を駆け抜けた。




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