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インターバル

訓練場に顔を出すと、勇ましい声と共に風を切る音が聞こえた。あちこちで砂埃が舞い、はた迷惑である。目元を腕で覆いながら、六甲はゆっくりと進んでいく。

 六甲は下へ続く階段を降り、いくつかか集まる部隊の中から自部隊のもとへ向かった。第四隊から刺さるような視線を感じるが、無視をする。相手にしていたらキリがない。


「六甲!遅い!」


腕を組む肥河に怒鳴られ、ヘラりと笑いながら謝った。全く本意は籠っていないが、言葉だけでも言っておくと後に怒りのクッション材になることがある。肥河は六甲の用事を知っていたため、あまり指摘をしなかったが、それでも耳にタコができるほど同じ話をされた。どうしてそんなに遅いんだとか、呑気すぎるとか、六甲が普段わざと遅れているようなことばかりである。普段はともかく、今回においては六甲はサボりたくてサボった訳ではない。

 六甲は肥河から逃れるように視線を動かした。視界にヒョコヒョコとウサギのように跳ねて移動する姿が見える。だが、背の高い男所帯では頭ほどしか見えない。六甲は頭を少し横にずらした。その先に見える小さな存在を見つけると、口元が緩んでしまう。

 他の隊員よりも小さな体で、小動物に対する愛しさに似たものを感じた。


「ちょっと、なに笑ってるのよ」


聞いていないことに気付いた肥河の声が怒りを含んだ。気味悪そうに六甲の方を見る。六甲は視線を動かさず、その小動物を見ていた。


「いいや、今日も空が青いなって思った」

「アンタってそんな情緒がわかるような男だった?」


失礼な発言をする肥河は後の組み手でボコボコにするとして、六甲は部隊の一人一人に絡みに行った。

 隊員たちは六甲を視界に移すと、嫌な顔や嬉しそうに笑う顔など色々な表情をする。それこそ個人差があり、六甲は相手の表情を見ながら隊長としての責務を果たす。どこか不審な点が無いか隊員を確認しながら、腕を組んでみたり拳を交わしたりする。

 この前の潜入任務の失敗が余程悔しいらしく特訓の申し出が隊員たちから多発したが、熨斗をつけて六甲は一人一人に返していった。向上心があることは大変良きことだが、全て断るに限る。理由は簡単で面倒だから。

 さて最後の一人はどうだろうか。六甲は隊員の中からソイツを探しだし、明るく挨拶をした。先程少々怒らせてしまったために不安ではあるが、何事もなかったかのように取り繕った。


「さっきぶりだな、もう参加しても大丈夫なのか」

「……無茶に動かなければ大丈夫だと」


六は素っ気なく返事をし、六甲から視線をずらす。完全なる拒絶かと思ったが、六甲から離れていく様子はない。六甲が用件を話すのを待っているらしく、伏し目がちに六甲の様子を伺っていた。少し安堵しながら六甲は少し世間話を挟む。


「気を付けろよ、怪我をしてるからって訓練でも任務でも手加減はしない。敵も容赦をしてくれると思うなよ」

「かしこまりました。そのことに付きましては私の不注意もあるので、精進します」


六甲は適当なところで話を切り上げた。


「そういえばお前、小柄だからしっかり食べろよ。あまりにも軽すぎて驚いた」

「な、なにを…それ失礼ですよ、デリカシーを学び直して下さい」


六甲としては一応褒めたつもりだった。だが、六は少し不機嫌になっている。次の瞬間、理由も分からず肥河の拳をが飛んできて、六甲の頭に直撃した。

 まず走り込みから今日のメニューは始まっている。ただ隊員たちが慣れてきた為、少々スパイスを加えた。本日は肥河がモーニングスターを振り回してついてくるというアンハッピーセット付。何とか走り切り悲鳴をあげる隊員たちを見ながら、六甲は伸びをする。

 走り込みは六甲にとっては朝飯、いやスナック並みである。一番最後に出発をしたが、次々に隊員たちを抜かしていく。六甲以外は疲労がまだ回復しきれていないらしく、少し疲れが見えた。それでも負けず嫌いな連中で、無理をしてでも訓練をし続けようと意地を張っていた。

 隊員たちの慣れと疲れが体に現れている。こういうときに好き勝手動けるのは隊長のいいところである。六甲は腰を上げた。

 隊員たちに聞こえるように数回手を鳴らす。隊員たちの視線を集めて、六甲は不敵な笑みを浮かべた。


「よし今日は特別だ、気分転換にゲームをしよう。俺対他でいいわ、俺を五秒以上動けなくしたら今日は休日としよう」


その代わり、失敗したら1日訓練な。そう続けると、周りから沸き上がる歓声。対して第六隊から殺意が六甲に注がれた。どこの世紀末だと言いたくなるほどに殺伐とした雰囲気である。

 他の隊の休憩中に、六甲は訓練場の中央に立つ。準備運動をして体を解す。漸くそれらしい()()ができそうだった。

 六甲を囲むように第六隊の面々が並んだ。隊長対他という無謀な戦いは、隊員たちの休憩中の暇潰しには丁度よかった。戦場では集中できないことなんてざらであるため、この環境も訓練の一環になる。止める人はいなかった。やる気が上がる一方だった。


「ちょっと待ってろよ…っと、ちょっと感覚を確かめるわ。暫く組み手も見学だったからな」


 六甲は息を整え愛用の武器の模造品を構える。六甲の武器はただの刃物ではない。薙刀に似た形状の特注もので、六甲にしか扱えない。先端と末端に刃がついており、その間を持ち手が繋いでいる。刃の向きは互いに違う方を向いており、先の方になるにつれ緩やかなカーブをみせていた。その形状を真似た模造品。いつもとは異なり軽めのそれを六甲は片手で持ち上げる。

 数回振り回すと、構え直し手に馴染む場所を見つけた。自分の感覚を確かめるには十分だった。


「よし来い!」


六甲が瞬きをする一瞬、視界が暗くなると隊員たちは一斉に駆け出す。熟練の隊員たちを先に行かせて、後ろから新兵たちが追っていく。その陣形の先頭は肥河であった。

 肥河はその手に大きな木槌を持ち、それでも身軽に動き回っていた。肥河は蛇行するように走ると、機会を見計らって六甲を殴り付ける。六甲は刃先でそれを受け止めた。木槌と刃物がぶつかり合い、刃先がわずかに木槌に突き刺さる。


「やっぱり正面突破は無理よね」

「何度お前と手合わせしてると思ってるんだ。俺だって見慣れるさ」


第六隊のトップたちは軽口を叩き合う。

 六甲が動けないと読んで、隊員たちが一気に斬りかかった。しかしそれでやられるほど甘くない。六甲は武器を遠心力を使いながら横に凪払う。武器ごと肥河を後退させた後、すぐさま武器を持ち変え隊員たちの武器を飛ばしていく。そしてもう一周舞うように回転して、数人を勢いだけで吹き飛ばした。


「まだやれるだろ。これしきでくたばってたんじゃ死ぬぞ」


 頭上を隊員たちが飛んでいき新兵たちは震え上がるような恐怖を覚えた。相手はたった一人だというのに、足が竦んでしまう。その眼差しだけで人を圧倒する力があった。

 怯えのあまり口が勝手に降参だと動きそうになった時のこと。


「負けるな!」


やられて吹っ飛ばされた先輩隊員たちが声を上げる。続け様に何度も負けるなと叫ぶ。ボロボロだというのに、身体を引きずって走り出した。


「武力で勝てなくとも、突撃するぐらいの根性を捻り出せ!自分の何倍以上もある敵と戦うんだ、こんなところで怯えてる場合か!」


後輩を鼓舞しながらも、先輩の姿を見せつける。呆気なくやられるが、その後ろ姿だけで新兵たちを勇気づけることは出来た。

 新兵たちも先輩隊員に負けじと武器を握り走り出す。六も新兵たちに混じって走り出した。隊員たちの熱に当てられて、六にもやる気が灯る。

 鬨の声が訓練場に満ちていた。全ては休みを勝ち取るため。体が資本と言いながらも、休みのやの字もない特殊部隊の中で、休みは勝ち取るものである。


「…このゲーム負けたら、どうなるか。それを想像しただけでも恐ろしい。…この後を考えると今ボコボコにされて救護室へ行こう…」

「六甲隊長は、こういうとき…敗者には容赦ないんだ!今日は本気で休憩無しになる!」


何事にも代償が必要なのは世の常。何処からともなく聞こえた呟きに六は足を止めたくなった。

 それでも耐えられるか新兵共と続けざまに叫ばれ、新兵たちは首を横に振る。無論、六も。ちなみにこのゲーム何度か開催されているものの勝てたことはないらしい。今まで全て、休憩無しの訓練をしてきたそうだ。今回こそは勝ちたい…という希望。

 そんな絶望的な状況で、もはや勝つ可能性は低い。六甲の弱点に関する情報も無く、あるのはこれから受けるだろう罰ゲームのみ。だからといって、適当にして負けるのも癪である。


六甲(アイツ)に勝てたら、何か奢ってやるよ。()()()()な。」


村雨が独り言のように言った。その瞬間、場が静まり返る。そして確かめるように村雨がもう一度言うと、第四隊の面々が煽り文句のように、村雨の言葉を盾にヤジを飛ばす。

 人に伝わるうちに話は変化していく。尾ひれが付いて六たちの元にたどり着く頃には、第四隊の村雨隊長が勝てば何でも買ってくれると約束した、になっていた。

 恐怖がやる気へと変わっていき、新兵たちのやる気がみるみる上がっていく。考えてみれば今まで組み手やらなんやらで、ビシバシいじめられてきた仕返しができるチャンスでもある。さらには先輩たちに恩を売ることもできたりする。目の前の災害に勝てたらの話にはなるが。

 次々と吹き飛ばされていく隊員たち。それに対して、新兵たちは小柄である。体格も小さく、力もまだ弱い。何人か突っ込んでいたが、あっけなく散らされた。

 飛んでくる隊員たちを避けながら、ふと六の脳裏にある作戦が過った。一か八かの作戦である。成功する確率は低く、勝てる見込みもない。だが、五秒以上六甲を止めれば良い。勝たなくてもいいのである。六が手招きをすると新兵たちは耳を六に傾けた。


「いいですか、これは一つの案ですが…」



 今回も手応えがない。六甲の率直な感想であった。愚直に突っ込んでくるのはいつも通りで、たまに洒落たこともするが、通用するほどではない。また訓練の追加内容を考えなければならないだろう。

 頭の半分を戦いに向け、もう片方を訓練に費やす。ある意味六甲は慣れすぎていたのである。毎回凝りもせず単純な作戦をとる隊員たちの愚直さに。

 六甲の目に新兵たちが突撃してくるのが映った。先輩たち同様律儀に一列に並んでいる。これでは勝てない。六甲は横に武器を凪払い、適当にいなした。数人は吹き飛ばせたがその中から、二人の新兵士がしゃがみながら横滑りし、六甲の間合いに入りこんでくる。名前は海美月(うみルナ)海星(うみきらら)。息のあった姉妹だと記憶している。

 海姉妹は六甲の間合いに入ると、六甲の武器の持ち手を掴んだ。そしてそれを引っ張り、押さえ込んだ。そこから綱引きに持ち込む。


「なる程な…そう来たか。二対一で、俺の方が形勢不利。だが、それじゃあ俺を大人しくさせたことにはならんけど、な」


人数では姉妹の方が有利であった。腰を落とし手に力を込める。姉妹二人がかりで引っ張るものの、優勢は六甲の方にあった。

 六甲が海姉妹の相手をしている間にも、他隊員たちは六甲に迫ってきている。武器を諦める手もあるが、それは最終手段にしたいところだった。海姉妹の力が緩む隙を六甲は待っていた。


「数でダメなら、これはどうですか!」


いつの間に、気付かなかった。というよりも、予想外だった。嫌な気配が六甲の後ろにあり、冷や汗が伝う。心臓が捕まれたような感覚に陥り、六甲は思わず姉妹ごと後ろの人物に向けて武器を投げ飛ばす。

 姉妹が悲鳴を上げて、地面に転がった。六甲が後ろを振り返ると、誰もいない。遠くにはのびた海姉妹がくたばっているだけだった。新兵は一通り全員倒したような気がするが、誰かが足りないような気もする。忘れているのは…


「ちょっと、ヤバイかもしれないです!隊長………避けてください!」


そんな声がしたかと思うと、六甲は酷い目眩を覚えた。

 数秒クラっと目の前が真っ暗になったが、六甲は何とか立って堪えた。頭頂部の患部を擦りながら振り向くと、そちらも頭を抱えていた。とんでもない石頭である。


「六甲隊長の負けだ!」


どこからかそんな野次が飛んできた。そういえば、五秒以上動けなくなったら負けとか言った気がした。そんなにも大人しくしたつもりはないが、いつの間にか時間が立っていたのか。

 ざわめきが訓練場に広がり、誰かが勝利を告げると一気に盛り上がり変わる。勝ち鬨を上げる隊員たちを他所に、六甲は苦笑する。


「そうだとしても、今のは無しだろ」


頭突きで黙らせるとは脳筋にも程がある。しかしルール違反じゃないならセーフと言われれば、言い返すことはできなかった。物は言いようである。

 ブーイングが凄まじかったため、六甲が大人しく負けを認めると、再びあちこちから歓声が沸き上がる。まるで遊園地ではしゃぐ子供のように騒いでいた。


 _もういいか。


気を抜くと、六甲は地べたに座り込んだ。第六隊が功績者の海姉妹と六を抱き上げ、第六伝統のべた褒めの儀式をしている。

 ちなみに、べた褒めの儀式は簡単である。脇に手を入れ、振り回すだけである。全身で飛びそうになるほどの喜びを表現しているとか。勢いでもれなく絶対に酔う。 

 予想通り、六は目をまわしふらつきながら六甲の方へ歩み寄ってきていた。大衆は六への興味は失せたらしく、今度は海姉妹を胴上げしていた。本当に調子の良い奴らである。


「大丈夫か、ここででも休憩していくか?」

「は、はい……頭痛と気分の悪さとで目が回ってます…」


 六は六甲の近くまでやってくると、膝から崩れ落ちるようにして座る。それは脳震盪の所為なのか、振り回された所為なのか判断しがたい。ただ辛そうに見えた。

 呻きながら、六は体を地面に寝かせた。風が吹くと幾分か心地よい気がする。


「まさかあんな風に負けるとは思わなかった」

「私も思いませんでした。あんなに急に武器を振り回されたら、ああなるのも仕方ないです」


 六曰く、作戦は海姉妹が六甲の気を引いているうちに誰かが六甲の死角から拘束するつもりだったらしい。拘束方法は何でも、その人にぶん投げる予定とか。だが想像以上に戦力を削られ、立案者の六自身が行く羽目になった。

 まず海姉妹の活躍で、二人は懐に入り込み武器を押さえる。六甲の気が二人に向いた隙に回り込み、六甲の首筋に模造刀を突きつける…はずだったのだが、六甲が急に武器をぶん投げてしまったため事態は急変。飛んできた姉妹と武器に、六は咄嗟に飛び上がりその二つを脚台にしてさらに高く飛んだ。そこまではまあ良かった。

 肝心なところで六はミスをした。六は高いところがあまり得意ではない。だたいうのに、思いのほか高く飛びあがり、着地のこともすっかり忘れていた。空中で焦りバランスを崩した六は、六甲の頭上からダイブしたのである。


「偶然かよ…よくそんなずさんな計画建てたな。俺だったらまず賭けないぜ」

「だって訓練ですから。挑戦してもいいかと思って、あ...不味いかも」


六は頭をさすりながら、ヘラりと笑う。そして徐に立ち上がると、すぐにそうして倒れた。

 本日二度目。六は救護班の元に運ばれる。ここで判明したのは、六が無断で抜け出し訓練に参加していたこと。まだ塞がり切っていない傷で参加したことにより、傷口が開き病状が悪化。さらに擦り傷と脳震盪の症状がみられた。重症である。勿論のことだが、六自身さらには抜け出すのを助けた肥河、怪我を悪化させた六甲が頭に瘤を作る羽目に合った。

 三人は痛みと共に休めない休みを過ごすことになる。

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