名もなき妖怪の
名もなき妖怪たちのBL短編小説です。
とある神社の鳥居の内側で、ふたりの妖怪が対峙していた。
ひとりはこの国の妖怪。鬼の面をつけており、表情はよくみえない。黒い前髪からは小さな2本の角がのぞいている。
もうひとりは異国の妖怪。長い黒髪を三つ編みに結い上げている。彼は今、無数の赤いお札によってとらわれている。
「さすがのお前でもこの神の御札からは逃れられまい。最後に言い残したことはあるか?」
「…我喜欢你…」
「わけのわからない事を言うな!」
異国の妖怪はとらわれながらも挑戦的な笑みを見せながらこう続けた。
「言葉がわからなかったか?じゃあお前でもわかるように言ってやるよ。
俺はお前のことが…」
「言うな!それを我が国の言葉で聞きたくない」
鬼の妖怪は異国の妖怪の口をふさぎながら怒鳴った。
異国の妖怪は口をふさいだその手を舐める。鬼の妖怪は驚いて手を放し、後ずさりする。
「俺がなんて言ったかわかっているじゃねえか。そんなに動揺するなんて、やっぱお前可愛いな。」
「はぁ?馬鹿にすんな!!もう気が済んだだろ、その首を切り落としてやるよ!」
「お前になら殺されてもいい、なんて考えていたけど、やっぱりお前が欲しくなったよ。」
異国の妖怪が妖術で右手に包んでいたものをじりじりと熱すると、たちまち煙が立ち上り、辺りに充満した。
「…これは?!」
異国の妖怪にとびかかろうとしていた鬼の妖怪はその煙を吸うと膝から崩れ落ちてしまった。
「なん…だ、これ…お前、俺に…何を、した?」
「はっ、ちょっと吸ったぐらいでもうそれか?お前、本当に可愛いよ。」
鬼の妖怪が酩酊すると、異国の妖怪をとらえていたお札が剥がれ落ち、自由の身になった。
鬼の妖怪を抱え上げると、面の紐を解く。
真っ赤な瞳は焦点が合っておらず、口の端から唾液がこぼれていた。
そんな鬼の妖怪の顔を恍惚とした表情でしばらく眺めてから大きく跳躍し、祖国への帰路に就いた。
「ん…」
「おはよう。阿片はうまかったか?」
鬼の妖怪が目を覚ますと、異国の妖怪が覆いかぶさるようにして見下ろしていた。
鬼の妖怪は驚いて一瞬の間固まってしまったが、すぐに異国の妖怪を蹴り上げ、距離をとり、臨戦態勢をとった。
異国の妖怪は蹴りをかわし、涼しい表情をしていた。
「ここはどこだ」
「俺の国の、俺の住処だ。」
「は?こんなところに連れてきてどうするつもりだ」
「どうする…?特に考えてなかったな。」
異国の妖怪は首をかしげて少し考えた後、にやりと笑ってこう言った。
「じゃあ俺の夜の相手でもさせるか。」
「っふざけんな!そんなのするわけないだろ!殺してやるよ!!」
『動くな』
「!?」
異国の妖怪が命令すると、攻撃をしようとしていた鬼の妖怪の動きが完全に止まる。
「なんでだ…?体がいうことを聞かない」
「まあ、俺とゆっくり話そうや。ここに座ってくれ。」
異国の妖怪はベッドに座ると、その隣をぽんぽんとたたいた。
「…」
『座れ』
鬼の妖怪はなすすべもなく異国の妖怪の命令に従う他なかった。
鬼の妖怪がベッドに座ると、異国の妖怪は満足そうに微笑み、話し始めた。
「お前の胸にお札が貼ってあるだろう?それがある限りお前は俺のものだ。俺の命令は絶対で、お前は従うしかない。」
「なんだと!?」
鬼の妖怪は顔色を変えて胸のお札を剝がそうとしたが、お札は体にぴったりと貼り付き、剥がすことも破ることもできなかった。
「あぁそれ、俺の許可なしに剥がすことはできないぞ。」
鬼の妖怪の顔が見る間に絶望に歪んでゆく。戦意を喪失し、光の消えた目から一筋の涙がこぼれる。
涙が頬を伝う感覚にはっとして、すぐに抑える。
「…面は?」
「さぁ?覚えてないな。」
「…そうか。」
もう涙は出ていない、虚ろな眼差しで異国の妖怪を見つめながら質問を続ける。
「それで?どうするんだ?俺を奴隷にするのか?」
「夜の間だけ一緒にいてもらう。それ以外は好きにしろ。」
「はっ奴隷にしては随分と待遇がいいな?俺が逃げ出すって考えないのか?」
「…別に逃げようとしてもいいぞ。夜、俺のもとに帰ってくるなら何してもいい。」
異国の妖怪は立ち上がり、出入り口へ向かう。
「じゃあ、今夜また会おう」
振り返って微笑みながらそう言うと、家を出て行った。
残された鬼の妖怪はしばらく思考を巡らし、状況の整理をしていた。
「…とりあえず朝と昼は自由だ。で、あいつのあの様子だと何か移動も制限されている感じがするな…」
「…考えても無駄か。好きにしろって言われたからには好きにさせてもらう。」
鬼の妖怪は家を出た。家は岩肌を掘って作られていたようで、家の上は崖になっていた。
家の周りは森と竹林で覆われており、人はめったに立ち入らないだろう。
とりあえず森をまっすぐ駆け抜けて、逃亡を試みる。しばらく走っていると、急に進めなくなる場所が現れた。前に進もうとしても、足が前に出ないのだ。
「…結界か?」
手でその場所に触れると、見えない壁があるようだった。
見えない壁に触れながら、そこを沿うように歩いてみる。壁は湾曲しており、円形に張り巡らされているとすぐにわかった。
「…はぁ。どうしようか…」
夜、異国の妖怪は家に帰ってきた。
「あれ?ちゃんと帰っているとは意外だな。」
「…」
鬼の妖怪はベッドにちょこんと腰かけ、小さくなっていた。
「お前のことだから俺の結界内で逃げ回っていると思ったよ。…まあいいや。」
異国の妖怪は水瓶の水で手洗い、うがいをすると、ゆっくりと近づき、鬼の妖怪の耳元でささやいた。
「ちゃんと帰ってきて偉いね。いいこだ」
鬼の妖怪は黙って異国の妖怪をにらみつけていた。
「ふふっ。そんなにおびえなくても、いきなり押し倒したりしないよ。」
異国の妖怪は鬼の妖怪の首筋に口づけした。
「ん…」
首に押し付けられる唇の感覚が、首にかかる彼の吐息がはじめはくすぐったかったが、何度も何度も愛おしそうに首や頬、耳に口づけされるたびに、背中がゾクゾクとして変な感じがしてきた。
体の力が抜けて、ベッドに仰向けに倒れる。
「う…んっ…も、いいだろ、やめ…」
そう言いかけた鬼の妖怪の口を異国の妖怪がふさいだ。
「やっ…」
首を横に向けて逃げてもまた唇が重なる。
何度もしつこく口づけされ、体の奥から熱がこみあげてきて涙がにじむ。
「あっ…う、それや、やだ」
「…ね、口開けて?」
鬼の妖怪は涙をにじませながら首を左右に振る。
『口開けろ』
異国の妖怪の命令にだらしなく開けた口に舌が入ってきて絡めとられる。
「ふ…あっ、やぁ」
鬼の妖怪の顔が涙と唾液でぐちゃぐちゃになったころ、ようやく異国の妖怪が離れた。
異国の妖怪の舌から唾液が糸を引いていた。
「今日はここまでにしよう…おやすみ。」
異国の妖怪が頭に口づけると、鬼の妖怪はそのまま糸が切れたように眠りについた。
「う…ん」
鬼の妖怪が目を覚ますと、体に圧迫感を覚えた。
「うわっ!」
異国の妖怪が肩とお腹に腕をまわし、後ろから抱きしめるようにして眠っていたのだ。
「ん…動かないで」
「は?放せよ」
『動く…
…ぐぅ」
腕がほどけたので、鬼の妖怪は起き上がって異国の妖怪を一瞥し、家から出て行った。
「…」
鬼の妖怪が家を出て行って間もなく、異国の妖怪は起き上がった。
鬼の妖怪は森を走り抜けながら思考を巡らせていた。
(昨日あいつが言っていたけど、やっぱ結界が張られているよな…)
(で、夜おとなしく家にいるとあんなことされる…
「うっわぁああ」
昨夜のことを思い出すと顔が熱くなり、恥ずかしくてたまらなくなる。
(油断したところを殺そうと思っていたのに…あいつまじで頭おかしいだろ)
(いやいや、落ち着け、朝気が付いたけど、あいつの命令は言い終わらないと効果ないみたいだったよな?)
(…だったら…)
竹林の中、異国の妖怪は筍を採っていた。
竹林の中を風が吹き抜け、葉がざわざわと揺れる。
ざわざわざわ…ざっ
異国の妖怪の背後から鬼の妖怪がとびかかり、奇襲を仕掛ける。武器を振り下ろす瞬間、異国の妖怪は振り返り、べっと舌を出した。
ブンッ
武器は勢いよく空を切った。
「へえ、俺とやんの?」
いつの間にか鬼の妖怪のすぐ後ろに現れた異国の妖怪が耳元で問いかける。
鬼の妖怪は素早く振り返ってひじ鉄をくらわせようとしたが、これもよけられてしまった。
「面白いこと考えるじゃん。その棒切れ一本で俺を殺すつもりだったんだ?」
「ああ、これでお前を殺してやるよ!」
「ふーん。でも少なくとも昨日おとなしく家にいた時点で俺に勝てないってわかっていたんじゃない?」
「…」
「その威勢はどこから来るのかな?…まあいいや。面白そうだからこうしようか、」
「日が昇っている間、俺に一発でもくらわせられたら、そのお札剥がしてやるよ。」
「本当か!?」
「…随分と嬉しそうだな。まあ、せいぜいがんばれよ。」
そう言って、異国の妖怪は姿をくらました。
「あっ、待てよ!…くそっ逃げやがった!!」
夜、異国の妖怪はかごをいっぱいにして帰ってきた。
鬼の妖怪は昨日と同じようにベッドに座っていた。
「おお、今日も帰ってるじゃん。」
「ちっ、帰ってきやがったか」
鬼の妖怪はそっぽを向いた。
異国の妖怪は微笑むと、ベッドに手をつき、鬼の妖怪の耳元でささやいた。
「そんな悲しいこと言うなよ、今日はずっと俺を探してくれて嬉しかったんだぜ?」
「…っ殺す」
「そうかそうか、やってみろよ」
「ん…」
異国の妖怪が鬼の妖怪に口づけする。また何回も唇が重なる…
鬼の妖怪の頭はどんどんと溶かされて、目の前が涙でにじむ。
ちゅっちゅっ…ガリッ
「いっ…」
首に鋭い痛みを感じ、身をよじる。
「あっ…痛かったか…?ごめん、つい…」
異国の妖怪はそっと首に口づけすると、優しく頭をなでる。
「う…ん」
頭をなでるその手が、あまりに優しくて、鬼の妖怪は安心して力が抜けてしまう。
その後も何度も口づけされたような気がするが、今日も何も考えられなくなって眠ってしまった。
鬼の妖怪が目を覚ますと、異国の妖怪はもう起きていて、どこかへ出かける支度をしていた。
「どこに行くんだ…?」
異国の妖怪は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに鬼の妖怪に笑いかけた。
「少し遠くに買い物に行こうと思ってな。今日は結界の中に俺はいないけど、いいこにしているんだぞ。」
そう言って、鬼の妖怪の頭に口づけすると、家を出て行った。
異国の妖怪が家を出て行ったあと、鬼の妖怪はしばらくぼんやりとしていた。
(今日はあいついないのか…いや、攻撃するチャンスがないのか)
「はあ、こんな生活続けていたら頭がおかしくなりそうだ。」
鬼の妖怪は頭をくしゃくしゃとかきむしりながらつぶやいた。
「ふっはっ…はぁ、はぁ」
鬼の妖怪が崖を登っている。
「ん…もう少しだ」
崖を登りきると、辺りを見渡す。崖の上には香りのよい、きれいな白い花が咲いていた。
「綺麗だな…」
そうつぶやくと、そっと花に触れる。
「あれ…?」
鬼の妖怪の目から涙があふれる。心が弱くなっていたのか、あふれる涙を止めることはできなかった。
(俺も随分と弱くなっていたみたいだな…花に涙を流すとは…まあ…そうだったよな、俺は本来泣き虫で、鬼のくせに泣き虫で、それで泣いているところを見られたくなくて面をつけていたんだった。…面は、もうなくなってしまったけれど。)
(昔、まだ俺が小さかったころ、誰かがあの面をくれたんだ。これをつけていれば、泣き顔を見られることはないだろうって…それが誰だったのか、もう思い出せない。)
鬼の妖怪はなにがそんなにつらいのか、苦しいのか自分でもよくわからないまま、泣き続けた。
しばらく泣いたあと、すっきりしたその頭で思考を巡らせた。
(今、俺がおかれている状況は最悪だが、初めよりかはましなはずだ。あいつに一発でもくらわせれば、俺はここから逃げられる…それが難しいのはわかっているけれど。)
(今日みたいに結界の外に出られたら俺にチャンスはないよな?…はたしてそうか?
例えば、結界の外に出ているということはそもそも結界が張られていない可能性だってある。)
そう思うや否や、結界のほうへ走り、その真偽を確かめた。
結界は、いつものように張られていた。
(…まあそうだよな。でも、もしかしたら破れるかも。あいつがここにいないってことは、何しても見つかることはない。いろいろ試すのは今かもしれないな)
夕方、鬼の妖怪が家に帰ると、異国の妖怪はもう帰っていて、なにやら鍋でぐつぐつと煮ているようだった。
「げっ帰っていたのか…」
「ん?ああ、お帰り。」
異国の妖怪は鬼の妖怪のほうを見て、嬉しそうに笑いかけた。
「何をしているんだ?」
「まあ、すぐにわかるさ。それよりお前、食うことってできるか?」
「はあ?できるけど、何も食わなくても死なねえぞ?」
「食えるってことで大丈夫だよな?よかった。」
「…?何をしているか知らねえが、一晩中それやってろよ。俺は寝るぜ。」
「おい、起きろよ。」
「ん…?なんかいいにおいがするな。」
異国の妖怪の声で目を覚ますと、何やら懐かしい、いいにおいがした。
「こっちにこい。」
異国の妖怪が鬼の妖怪の手を引いて椅子に座らせる。目の前のテーブルには、お皿が二枚おいてあった。
「…これ、筑前煮か?」
「そう、お前のために作ったんだ。これ好き?」
「好きだけど…」
「食べてくれるか?」
「は?やだよ誰がお前の作ったものなんて…」
『食え』
異国の妖怪の命令に、鬼の妖怪の手が乱暴に皿をつかみ、無理やり食べさせようとしてくる。
「わかった、食うから、ちゃんと食うから、自分の意志で食べさせてくれ!」
「そうか、じゃあどうぞ、残さず食べてくれ。」
「…いただきます。」
鬼の妖怪が手を合わせ、箸を持ち食べ始める。異国の妖怪はそれをじっと見つめていた。
「おいしい…」
「作ってよかった…そう言ってもらえて、すごく嬉しい。」
異国の妖怪は心底嬉しそうに、にへっと無防備な笑顔を見せた。
その笑顔をみた鬼の妖怪は、なんだか顔が熱くなって動揺してしまう。
「こ、米があったら完璧だったな。それより、お前は食わねえの?」
「ん?ああ、そうだった俺も食うよ。」
「…ん、おいしい気がする。」
「気がする…?」
「ああ、俺、死体の妖怪だから味覚がないんだ。」
「は?じゃあなんで料理なんか…」
「言っただろ?お前のためだって。味見できないから慎重に分量を量ったんだぜ?
…おかげで完成するのが遅くなっちまったけど。」
「…っ意味わかんねえ、お前なんなんだよ」
「さあ?なんなんだろうな。」
異国の妖怪はこてっと首をかしげて鬼の妖怪を愛おしそうに見つめる。鬼の妖怪はなんだか異国の妖怪の目を見ることができなくなって顔を伏せてしまった。
「ごちそうさまでした。」
「また作ってやるよ。」
「いや、いい、お腹いっぱいだ。しばらくはなにも食べなくていいぐらい。」
そう言って、鬼の妖怪はあくびをした。
「今日はもう寝ようか。なんかお前、疲れているみたいだし。…なんかしたか?」
「い、いや別に…別になにもしていないが?」
ベッドに横になると異国の妖怪が後ろから抱きしめてくる。
「離れろよ、ちょっと苦しいだろ」
「やだ。」
「はあ?」
鬼の妖怪が身動きをとろうとすると、抱きしめる力が強くなる。
昼間はずっと結界の破壊を試みていた鬼の妖怪は確かに疲れていた。だからか、鬼の妖怪はあまり抵抗することなく、異国の妖怪の腕の中でうとうとし始めた。
(今日、こいつ食材を買うために出かけたとかじゃないよな?…そういえば昨日仕掛けたとき筍を採っていたような…)
(…あんま考えないようにしていたけど、こいつ俺のことすごく好きだよな…)
そんなことを考えながら鬼の妖怪は眠りについた。
朝、異国の妖怪は鬼の妖怪が目覚める前に起き上がり、まだすやすやと眠っている鬼の妖怪を愛おしそうに見つめてから外に出た。
家の真上の、崖の上には白い花が咲いていて、異国の妖怪はそこまで飛んで行く。
白くて美しい、その花の死体はまるで生きているかのように風に揺れ、いい香りをあたりに散らしていた。
異国の妖怪の領域の一番高いところに植えられた花の死体は、昔、とある妖怪からもらったもので、独りぼっちでいた彼の心をいつも癒していた。
そして、今は鬼の妖怪がそばにいてくれる、その喜びをこの花を見ながらかみしめていた。
彼は今、確かに幸せだった…
その日は鬼の妖怪が異国の妖怪に仕掛けてくることはなった。
異国の妖怪はそれが少し寂しかったが、同時に、鬼の妖怪が自分のもとから逃げようとすることをやめたのかもしれないと淡い期待を抱いてしまった。
「おかえりなさい。」
異国の妖怪が家に帰ると、鬼の妖怪が出迎えた。
「ただいま。」
異国の妖怪は幸せそうに鬼の妖怪に笑いかけ、挨拶を交わした。
鬼の妖怪は少し顔を伏せたが、何かを決意したように顔を上げ、異国の妖怪の着物を軽く引っ張り、
「今日は、その…しねえのか?」
と問いかけた。
異国の妖怪は驚き、目を見張り、視線は鬼の妖怪にくぎ付けになる。
「…いいのか?」
胸がいっぱいになり、少し震えた声で問いかけると、鬼の妖怪は耳まで真っ赤にして無言でうなずいた。
異国の妖怪は思い切りかぶりつきたいのを必死に抑え、鬼の妖怪の首を上手に甘噛みする。
鬼の妖怪に怖がられないように、逃げられないように優しく、優しく何度も舐めてかじって口づけした。
自分の心の奥底の深く、どす黒い欲望を鬼の妖怪に悟られないように必死にとても優しく愛撫した。
「んっ…ふっ、ふぁ…」
鬼の妖怪の口から甘い嬌声が漏れる。異国の妖怪に甘え、存分に甘やかされる…
そうして夜は更けていった。
日が昇り、朝を迎える。
異国の妖怪は起き上がり、ベッドを出ようとすると、鬼の妖怪に腕をつかまれた。
「ん…どこに行くんだ?もう少し、お前と一緒にいたい。」
「どうして?」
異国の妖怪は幸せそうに、甘く、優しく問いかけた。
すると、鬼の妖怪はつかんだ腕を強く引き、異国の妖怪の首の後ろに手をまわし、耳元で甘えた声でささやいた…
「うぉーあいにー…」
異国の妖怪は目を大きく見開き、完全に固まってしまった。
ボコッ
「ぐはっ」
異国の妖怪は腹部に鈍い痛みを感じてうずくまる。
「ばぁーか!俺の勝ちだな!お前、ほんっとうに俺のこと大好きだなあ」
「…ふふっ、あははははは!そうだよな、そんなわけないもんな。
俺が馬鹿だった…でも、まあ、その言葉が嘘でもこんな、ばかみたいに嬉しかった」
異国の妖怪は殴られた腹を抑えながら甘く目を細めながら鬼の妖怪を見つめる。
「…っ、わけのわからないこと言ってないではやく札を剥がせ!」
「ああ、そうだな、しばらくじっとしてくれないか?」
異国の妖怪は恍惚とした表情のまま、鬼の妖怪の肩をつかんでベッドに押し倒した。
「は?おい、何してんだよ」
するすると鬼の妖怪の着物の中に異国の妖怪の手が侵入してきて、いやらしく体のラインをなぞる。
「あっ…やめろ!触るな」
「触らないと胸の札、剥がせないだろ?いいからじっとしてろ」
鬼の妖怪の着物を少しずつ乱しながらゆっくりと、胸をその肌の感触を堪能するようになで、柔らかく揉む。
「はっ、はっ…あっ…その触り方やめろ!」
「どうして?ここ、こんなに尖らせて…触ってほしいんじゃないのか?」
こりゅっ
「ゃっ…あっ、あっ…ぅ」
胸の先端を指先で転がされ、つままれ、何度もはじかれ、ぷっくりと赤く腫れる。
ちゅぷっ…ちゅっ…
「ひゃっあ」
口に含まれ、吸われ、甘噛みされ、好き勝手にいじられる…
体中が熱に侵され、下腹部から胸の先端、手のひらまでぴりぴりと甘い電流が流れ、びくびくと痙攣する。
快楽に飲まれ、ぼやけた視界の中で異国の妖怪が胸に貼ってあったお札を口にくわえていた。
(ふだ…札、剥がれた…逃げれる…逃げないと)
「好き…」
耳元で吐息交じりの異国の妖怪の声がする。体中がしびれて敏感になっているからか、耳元でささやかれるとびくっと反応してしまう。
「好き、大好き…愛してる。どこにも行かないでくれ…」
「んっ…ぁ」
(み、耳が、頭がおかしくなる…溶かされる…逃げないと)
「ひゃっ?!」
異国の妖怪の指先が鬼の妖怪の胸、腹、下腹部へと滑り、鬼の妖怪のに触れる。
表面をなぞるようにいやらしく、ゆっくりと。
「さわ…んっ、触んな」
「はっ…お前が押し付けているのではないか?」
異国の妖怪の手を求めるように鬼の妖怪はへこへこと腰を揺らしていた。
「ちがっ…とまらっ…ぅ」
「なぁ、もっとちゃんと触ってほしい?」
「ゃ…ら、ぁ」
「こんなにいやらしく腰をがくがくさせて、お前は何を期待しているんだ?」
異国の妖怪は鬼の妖怪の足の間に手を置きながら、カリカリと胸の先端をいじる。
鬼の妖怪の腰はさらにがくがくと揺れ、異国の妖怪の手に自分のをこすりつける。
「イきたい?」
耳元でささやかれたその言葉で鬼の妖怪の脳みそは完全に溶け切ってしまった。
「はっ、はぁ…イきたい…イかせてくださっ…」
「ん…よく言えました」
異国の妖怪にめちゃくちゃにいじられ、口に含まれ、すべて飲み干されてしまった…
異国の妖怪の口の中で果て、鬼の妖怪の意識はそのままぷっつりと切れた。
「はっ」
鬼の妖怪の意識が戻る。
異国の妖怪は眠っているようだった。
鬼の妖怪は異国の妖怪に気づかれないようにそっと起き上がり、ベッドを出ようとすると
ガシッ
異国の妖怪に腕をつかまれる。
「どこに行くんだ?」
「決まっているだろ、帰るんだよ」
「帰るって…どこに?」
「我が国に。」
「逃げるのか…?」
「あたりまえだろ。こんなとこずっといたら頭がおかしくなる」
「へぇ…逃げるんだ?」
異国の妖怪の声が、低く、どす黒いものに変わった。
鬼の妖怪はゾクッと寒気がして、異国の妖怪につかまれた手を振りほどく。
『動くな。』
『逃げるな。』
『俺だけ見てろ。』
鬼の妖怪の体中に黒い文字が浮かび上がり、行動を縛る。
「はっ…?」
「ねぇ、俺はさ、夜眠らないんだよ。…眠れないって言ったほうが正しいけど。」
「…お前はさ、俺が夜な夜な寝ているお前に何をしていたか知らないだろ?」
鬼の妖怪は行動が縛られたまま、異国の妖怪から目をそらせずにいた。嫌な汗が噴き出して、頬を伝う。
「お前に呪文をかけた。お前のすべてを縛れるように、少しずつ、少しずつ。」
異国の妖怪は狂気的な愛を孕んだほの暗い目でうっとりと鬼の妖怪を見つめ、その頬に手を伸ばす。
両頬を包まれて、目の前にある、その狂気的な目が怖くて目をそらそうとしてもできない。
精神までもじわじわと縛られる感覚に恐怖を覚えガタガタと震える。
「今の俺はお前のすべてを縛れる。身も、心も。」
『お前は俺のものだ』
「あっ…ああ…」
体の隅々までその言葉が行き届く。心も、どす黒い愛に侵される。感じた恐怖もすべて異国の妖怪に飲み込まれ、塗り替えられる。
「俺はお前のことが好きだよ。お前は?」
「…………俺も……好き。」
鬼の妖怪は異国の妖怪の気持ちに応えた。虚ろな瞳から一筋の涙をこぼしながら…
森と竹林で覆われた、人が足を踏み入れないところにふたりの妖怪が暮らしていた。
ひとりはこの国の死体の妖怪。長い黒髪を三つ編みに結い上げて、恍惚とした、しかしどこかほの暗い目をしていた。
もうひとりは異国の鬼の妖怪。黒い前髪からは小さな2本の角がのぞいている。彼は今、全身に浮かび上がった黒い呪文によってとらわれている。虚ろな瞳を死体の妖怪から動かすこともなく、毎日愛を伝えていた。