専属侍女の青春
【一位 グレイス・ホワード 886点】
【二位 ゼノ・オーウェン 881点】
期末試験の結果を見て、私は思わず溜息をつく。
また僅差だ。
私が通う国立学校では、同級生に第二王子がいる。
たとえ顔を知らなくても、一目で「あの人が王子だ!」とわかるくらいのオーラを放っているため、もちろん彼はかなり目立つ。
“校内では身分を問わず皆平等”とは言われているものの、相手の身分を意識しないというのはなかなか難しく、庶民は皆ゼノ王子を遠巻きにしている。
私も例外ではない。
商家の第三子として生まれた私がゼノ王子と接する機会などなく、あったとしても共通の話題など見つけられないだろう。
彼と同じ学校に通い始めて四年目が終わろうとしているが、言葉を交わしたことは一度もない。
そんな私は、一方的にゼノ王子をかなり意識している。
当然ながら憧れや恋愛感情ではない。
勝手にライバル視しているのだ。
ありがたいことに私の実家は割と裕福な家庭で、金銭的な心配をする必要はない。
また、一般庶民なので貴族のような義務も負わない。
そのため、存分に勉学に打ち込むことができている。
おかげで今までの試験ではずっと学年一位をキープし続けているけれど、そのすぐ後ろにはいつもゼノ王子が僅差で並んでいる。
今のところ順位を抜かれたことはない。
それでも、私が少しでも手を抜いたらすぐに順位は逆転するだろう。
「ゼノ王子に負けたくない」という思いが勉強に励む原動力になっている。
そう言えるくらいには、私は彼を意識している。
今回もまた、ほんの僅かな点差だった。
一問か二問、私に間違いがあったなら。
「グレイス嬢は、いつもすごいな」
…何事かと思った。
いつの間にか私の背後に立っていたゼノ王子が、突然私に声を掛けてきたのだから。
「今回は私もかなり頑張ったんだけどね、いつも君には敵わない」
ゼノ王子のその言葉に驚愕する。
この国の第二王子が、まさか私のことを認識してくれているなんて、思ってもいなかった。
「ゼノ王子殿下にそう言っていただけるなんて、恐縮です」
そう言って頭を下げる私を、ゼノ王子は慌てて制する。
「そんなに畏まらないでほしい。同じ学生なのだから」
そう言われても、王子と対等に話すなんて不可能だ。
「さすがにそれは…」
「まあ、そうだろうな」
ゼノ王子があっさりと引き下がってくれたので、私は心底ほっとする。
「では、せめて“王子殿下”はやめてもらえないだろうか」
そう言うゼノ様は、普通の男の子みたいだった。
「まさか、ゼノ様が私のことをご存知だとは思いませんでした。とても驚いております」
私が正直に伝えると、ゼノ様は意外そうな顔をした。
「入学以来ずっと学年トップの成績をとっている人間を、知らない者などいないだろう」
「私はずっと、君からトップを奪うために頑張っているんだよ」と続けられた言葉に、私は全身が粟立つのを感じる。
ゼノ様が、私をそのように認識していたなんて。
貴族の中には、平民を人として見ていないような者もたくさんいる。
にも関わらず、ゼノ様が私を“同じ土俵で戦う人間“として扱ってくれたことが、ただただ嬉しい。
「ありがとうございます。しかし、私はただ目の前のことをこなしているだけです。第二王子として、将来を見据えて政務もなさっているゼノ様とは違います」
目標もなくただ勉強だけしている私よりも、第二王子として政務をこなしつつ学年二位を維持し続けているゼノ様の方が、よほど立派で優秀に決まっている。
「もし同じ条件ならば、私はとっくに順位を抜かされていることでしょう」
少し悔しいけれど、きっとそれが現実だ。
しかしゼノ様は、私のその言葉に少し険しい顔をする。
「実現しない“もしも”の話で、自分を卑下する必要はないよ。君がトップであることに変わりはないんだから」
ゼノ様のその言葉は、衝撃的だった。
「…ありがとうございます」
嬉しさで溢れそうになる涙を、なんとか押し留めてそう答えた。
それから私とゼノ様は仲を深めて…ということにはならなかった。
今まで通り、特に関わり合うこともなく日々を過ごしていた。
私は飛び級制度を利用し、今年同級生よりも一年早く卒業する。
卒業までは残り三ヶ月。
特に進路は決まっていないけれど、実家の商売を手伝えばいいかなと思っていた。
なので、ゼノ様に廊下で呼び止められたときには、本当に驚いた。
「グレイス嬢 、話がある」
そう言ってゼノ様は、主に上級貴族の生徒達が使う部屋に私を案内した。
ふかふかのカーペットや煌びやかな家具に圧倒されながらも、私はゼノ様が口を開くのを待つ。
「飛び級制度を利用しての卒業が決まったと耳にした。早期卒業生が出るのは五年ぶりだそうだね。本当におめでとう」
ゼノ様から真っ直ぐに褒められて、こそばゆい気持ちがする。
しかし、次に続く言葉に私は唖然とすることになる。
「実はね、君さえよければ、君を王城の侍女に推薦したいんだ。どうだろうか?」
確かにゼノ様はそう言った。
王城で働く侍女といえば、下級貴族のご令嬢でも憧れる職業だ。
庶民である私が、一体どうして?
「そう言っていただけるのはありがたいのですが、なぜ私なのですか?」
そのような推薦をもらえるほど、ゼノ様と親しくしているわけではない。
学校での試験の結果が良いだけで、マナーや教養などに関しては自信も全くない。
そんな私の疑問に気づいたのだろう。
「君が目の前のことに精一杯取り組める人間だからだよ。今その瞬間を大切にできる君を、私は評価しているんだ」
ゼノ様はそう言うと、美しい顔で微笑んだ。
結局私はゼノ様のその申し出を快諾し、侍女として王城で働くこととなった。
そして今では、ゼノ様の婚約者であるアイリス様の専属侍女を務めている。
最初にその話を聞かされた時には「なぜ私がそのような大役を?」と思ったけれど、どうやらアイリス様と年の近い人間を配置したかったらしい。
「君には、その時々で彼女にとって最適だと思う振る舞いをしてほしい。“第二王子妃の侍女”という固定観念に囚われる必要はない」
アイリス様の専属侍女になるにあたって、ゼノ様にはそう念を押された。
その時には理解できなかったけれど、ゼノ様がそう言った理由が今ならなんとなくわかる気がする。
アイリス様には“寄り添う相手”が必要なのだと。
「ねえ、グレイス? 少し相談にのってほしいんだけど、どちらの服の方がゼノ様のお好みかしら?」
そう言って首を傾げるアイリス様は、これからゼノ様との城下町デートに出掛けるらしい。
彼女が二着のワンピースを前にして、うんうん唸っているのを見ると、ついつい顔が綻んでしまう。
この可愛らしい女性がイグラファル王国で健やかに過ごせるように、精一杯自分の役割を果たそう。
そう心に決めて、アイリス様に自分の意見を伝える。
アイリス様の専属侍女として、友人のように、姉のように。




