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王太后の懺悔

物心ついた時から、私は“未来の王妃”だった。

国王との婚約は、お互いの祖父が兄弟であったことから決められたそうだ。

次期国王の婚約者として努力することは、当然のことであって生活の一部だった。


国王に好意を抱いていたかと聞かれると、答えに迷ってしまう。

国王との結婚は決められたものであり、私の意思などというものは関係がないのだから。

そうは言っても、幼い頃から交流を続けていたのだ、情があったのは確かだ。


私が六歳になった年からは王妃教育も始まった。

とても厳しいものだったが、国母として国民の模範にならねばならないという一心で乗り切った。

“やらねばらぬこと”に忙殺されて、次期王妃として認められた頃には、上手く感情を表に出せないようになっていた。


そんな私を人々は褒めそやした。

「お若いのに常に冷静でいらっしゃる」

「“公”としてのご自身の立場を理解しておられる」

そう言われるたびに、王妃として他者に感情を悟られるのは良くないことなのだと理解した。


王妃教育の傍ら、国立学校での勉強にも勤しんだ。

入学後の最初の試験で一位の成績をとってしまったことから、頑張らざるをえなくなってしまったのだ。

「王妃候補だから忖度されているのではないか」

そう言った声を抑えるには、自分が優秀であることを認めさせ続けるしかなかった。


おかげで国王の戴冠式が行われる頃には、私は「賢妃」と呼ばれるようになっていた。

それでよいのだ。

王妃として正しくあることが、私の人生での最優先事項なのだから。


戴冠式から一年程で、私は子を授かった。

この国では性別に関わらず、国王と王妃の間に誕生した第一子が王位継承者となる。

長らく“国王”による支配が続いていたことから、“女王”の誕生が期待されていることは薄々感じていた。

しかし、誕生したのは男の子だった。


もちろん、王子の誕生に国全体が祝福ムードに包まれた。

我が子をこの腕に抱いた時の感動は、一生忘れることはないだろう。

それでも、漏れ聞こえる「王女ではなかったか」という声に、胸がヒリつくのを感じた。


それから二年後、第二子がまもなく産まれるという時に国王の不貞が発覚した。

相手はマリアという名の使用人だった。

侍女ですらない、使用人だった。


多くの者に囲まれてころころと表情を変える彼女はとても美しく、そんなマリアを見つめる国王からは彼女に対する愛情がにじみ出ていた。

国王のその姿を目にして、私の中で何かが壊れた。


私が王妃になるために手放したものを、彼女は持っている。

国王はそんな彼女を選んだのだ。

彼女が羨ましい。彼女が憎らしい。


あれほどまでに感情を爆発させたのは、生まれて初めてだったかもしれない。

怒り狂って泣き叫ぶ私を、昔から国王に仕えるカールが必死に宥めた。

「あの女を追い出して!!」

そう喚く私は、きっと恐ろしく醜い顔をしていただろう。


それからしばらくして、マリアが城から姿を消した。

私のためにも、そしてマリアのためにも、彼女をこの城に置いておくべきではないと判断されたのだろう。

マリアがいなくなってからも、私の気持ちは晴れなかった。

私が彼女の居場所を奪ってしまったのだ。

そう思うと、むしろ以前よりも絶望的な気持ちになった。


そんな精神状況の中でも、第二子は無事に生まれてくれた。

男の子だった。

「また王子か」と、耳元で誰かに言われた気がした。


マリアが亡くなったと聞かされたのは、私が彼女を城から追い出して十一年とニヵ月が経過したときだった。

近隣諸国全体で流行していた疫病のせいだという。


マリアが死んだのは私のせいだ。

彼女が王城にいたならば、疫病には罹らなかったかもしれない。

罹ったとしても、適切な治療を受けさせられたかもしれない。

私がマリアを殺してしまったのだ。


すぐに彼女の子を王城で引き取るように指示を出した。

まだ十歳の子どもが、身寄りもなく生きていくことなど不可能だろう。

ましてや王の血を引く子。

その血筋を悪用しようという人間だっているはずだ。

私が守ってあげないと。


そのような気持ちで迎え入れた“アイリス”は、まるでマリアの生き写しだった。

ホワイトパールの髪に藤色の瞳をした、女の子だった。

彼女を目にした瞬間、王妃の座は“王女”を生んだマリアにこそふさわしかったのではないかと、そう思った。


そこからはもう、自分自身を止めることができなくなった。

「メイドの子」「淫婦の子」、そう言ってアイリスを罵った。

マリアがそんな人間でないことはわかってるし、そうでなくとも親の行いで子を責めるなんて間違っている。

でも、やめられなかった。


城で働く者達は、おおいに混乱したことだろう。

決定的なことが起こってしまう前に、アイリスは私の目の届かない部屋へと隔離されたようだ。

王妃という立場でありながら、私情で周囲を振り回している自分が、ひどく恥ずかしかった。


そうこうしている間に、身体が思うように動かなくなった。

耳鳴りや目眩が酷くて起き上がれない。

政務に集中できない。

訳もなく涙が出る。

医師からは「過度のストレスが原因でしょう」と言われ、部屋から出ることが困難になってしまった。


幼い頃から追い求めてきた、“理想の王妃”としての私が崩れ始めた。

私の人生とは、一体なんだったのだろう。

自分が正気でいられなくなるまで、あっという間だった。


……もう何も考えられない。




その状態がどのくらい続いたのだろう。

ある日病床で、アイリスがイグラファル王国に嫁ぐことになったと聞かされた。

“友好の証”として第二王子と婚約を結ぶことになったと言われたが、おそらく彼女は“人質”だ。

もう私にはどうすることもできない。


アイリスを城に迎え入れなければ。

そうすれば、彼女は今でも城下で幸せに暮らしていたかもしれない。

私がまた、判断を誤ったのだ。


ああ、マリア。

ごめんなさい。ごめんなさい。

あなただけでなく、あなたの娘までを不幸にしてしまった。


このまま消えてなくなりたい。

もしもあの世というものがあるのならば、私はあなたに謝りたい。

なぜ、どうして、こうなってしまったのか。

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