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あれは王城に引き取られて半年程経った日だった。

その日は王城内がバタバタと慌ただしく、妙な緊迫感に包まれていたのを覚えている。

その頃には私も城内の生活に慣れ、王妃たちの目を盗んで庭に出ることくらいならできるようになっていたので、いつものように窓から部屋を抜け出すことにした。


一階の角にある殺風景な自分の部屋とは対照的に、王城の庭には色とりどりの花が咲いており、その眩しさに自然と目が細くなる。

庭師のマーティンさんが作る庭は荘厳でありながら、スミレやニリンソウといった野草なんかも用いられていて、心が落ち着く。

以前「ここなら人目を避けられますよ」と言って彼に案内された庭の隅には、子供が身を潜められそうな高さの草木が植えられており、奥には四阿が設けられていて、そこは特に私のお気に入りの場所だった。

いつものようにそこで時間を過ごそうと四阿の方に進んでいくと、奥から人の話し声が聞こえてくるので、私は急いで木の陰に身を潜めた。


「……れば、……と」

「……とう」

小声での会話だから内容まではわからないが、どうやら二人以上の人間がいるようだ。

誰かはわからないけれど、部屋を抜け出しているのがバレないに越したことはないので、しゃがんだまま元来た道を戻ろうとしたときだった。


「誰だっ!?」

先程まで会話をしていた人間の一人に気づかれてしまった。

猫の真似でもしてやり過ごそうかと思ったけれど、バレたときに余計に面倒なことになりそうだと思いなおし、その場に立ち上がり声の主の方を向く。


「……すみません、盗み聞きするつもりはなかったのです」

そう謝りつつ相手を見ると、十二~三歳であろう少年二人が立っていた。

見たことのない少年達だけれど、王城の庭は広大なため臨時で外部から手伝いを要請することもあるとマーティンさんに聞いたことがあるので、彼らもきっとそうなのだろう。

彼らの姿勢や身のこなしの美しさに若干の違和感を感じるが、ややこしいことになる前に部屋に戻ってしまおう。

そう決めた私は「失礼いたします」と言いかけたが、その前に先程の少年が声を発した。


「声を荒げてごめんね。君はここにはよく来るの?」

人懐っこそうな赤茶色の髪の少年が頭を下げた後にそう質問したことに、私は内心ほっとする。

使用人から譲ってもらったお古のワンピースを着ていたおかげか、私が王女であることはばれていないようだ。

こうなったら城で働く使用人のフリをしようと思い、「ええ、休憩時間にはたまに」と答える。

それを聞いて一瞬眉の間に皺を寄せた少年は、すぐに笑顔で「そっか、僕はリック」といった後、隣の黒髪の少年を示して「こっちはゼノ」と紹介してくれる。


私も自己紹介をした方がいいのだろうけれど、王女の名前が“アイリス”であることは公表されているし、国民であればそれくらいは知っている可能性がある。

少し悩んだ末に、このワンピースの元の持ち主の名を使わせてもらうことにする。

「私はエイミーです。あの…」

「エイミー?」

するとそれまで黙っていたゼノが笑いをこらえたような声で聞き返してきた。

「あなたの名はエイミーというのですか。はじめまして、エイミー」

ゼノはそう言うと私の手を取り、手の甲に軽く唇を触れさせた。

城下町でもそのような挨拶を見かけたことはあるけれど、まさか自分がされる立場になるとは思っておらず、あまりの衝撃に喉の奥で「ヒッ」という音が鳴る。


「…申し訳ない、不快な思いをさせてしまったようですね」

硬直してしまった私に驚いたのか、ゼノは私の様子を見て目をわずかに見開いた後にそう謝罪するものだから、

「いえ、私が、人と親しく接する機会がなくて、慣れてなくて、申し訳ありません。嫌なわけではないのです」

と、たどたどしく誤解を解いておく。驚いただけで不快なわけではなかったのだから。


その言葉を聞いた途端にゼノの頬が少し赤くなったような気がしたので、なにかまずいことを言ってしまったのだろうかと不安になる。

しかし、それについて尋ねる前に「ところで」とゼノが話を続けた。

「あなたは幸せですか?」

これから宗教の勧誘でも始まるのかと思うような質問だったけれど、正面から私を覗き込むダークブルーの瞳は真剣そのもので、私は言葉を選びながらも正直な気持ちを伝える。

「もちろん、辛いことがないとは言えませんが、私は自身が置かれた環境の中で最大限幸せに暮らしております。ありがたいことに、周囲の人には恵まれておりますので」

私の答えを聞いたゼノは満足そうに微笑み、私の右手を自身の両手で包み込みながら言った。

「あなたのそういうところを、私は尊敬しています」と。


「尊敬?」

「ええ、尊敬です」

そのように言われる意味が分からなくて聞き返したものの、これ以上の説明はしてもらえそうにない。

城内がバタついているからといって、あまり長時間部屋を空けるわけにもいかないので、そろそろ戻ることにしよう。


「そろそろ仕事に戻りますね。リックさん、ゼノさん、お話しできて楽しかったです」

そう言って頭を下げた私を、ゼノが「待って」と呼び止める。

「はい、なんでしょう?」

「今日会ったばかりの人間に、このようなことを言われても信用できないと思います。でも、あなたに助けが必要なときには、私が必ず助けに行きます」

「はあ…」

「必ずです。私達があなたの味方であることは、どうか覚えておいてください」

「…ありがとうございます?」

正直この短時間で、何が彼の琴線に触れたのかはわからないし、ここまでのことを言われる覚えはない。

しかし、ゼノの言葉にはどこか説得力があった。




「では、困ったときにはゼノさんのことを思い出しますね」

陶器のように白い頬をわずかに朱に染めてはにかむ“エイミー”は、そう言うと王城へと歩いて行った。

その後ろ姿を、見えなくなるまで目で追ってしまう自分は、相当彼女にほれ込んでいるらしい。


「お会いできてよかったですね」

横を見ると、リックがこちらを見ながらにやにやとしている。

「…覚えてはいないようだったけれどな」

少し寂しいような気もするが、今彼女にそのことを伝えるつもりはない。

「次に会うときは…」

小さくそう呟いて、ゼノもまた王城へと歩を進めた。

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