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19 ※ゼノ視点

疫病の流行がおさまり、改めてアイリスに会おうとルクシオ王国を訪れたあの日。

彼女達の家が焼き尽くされた跡を目にしたときの絶望感を、私は生涯忘れることはないだろう。


様々な伝手を駆使してわかったのは、母親の死によって身寄りがなくなったアイリスが、ルクシオ王城に引き取られたということだった。

顔は明らかにされていないものの、“アイリス”という名の()()が帰城したとの発表がなされていたので、同一人物と見て間違いない。

そう考えた私は、父がルクシオ王城に招かれた際にそれに随行し、リックと共にアイリスに会うための計画を立てた。


庭園の隅にある四阿が彼女のお気に入りの場所らしく、よく訪れるとの情報を得た私達は、庶民の姿に変装してそこで彼女を待つ。

この出立ちであれば、庭師見習いの少年に見えるだろう。

それにしても、病弱なために人前には立てないと聞いているが、二年前はあれほど元気だった彼女の身に一体何が起こったのだろうか。


「ここにいれば、お会いできるかと」

「ありがとう」

リックとそのような会話を交わしているときだった。

四阿を囲むように植えられた低木の後ろで、何かが動くような気配がした。


「誰だっ!?」

同じように気配を感じ取ったリックがそう叫ぶと、少しの沈黙の後で少女が顔を覗かせる。

「……すみません、盗み聞きするつもりはなかったのです」

アイリスだ。

ずっと会いたいと願っていた少女を目の前にして、私は鼻の奥が熱くなるのを感じた。


リックが彼女に名前を尋ねたところ、彼女は躊躇いがちに「エイミーです」と名乗った。

二年以上前に一度会ったきりなのだ、かつて“アイリス”として私と出会ったことなど覚えていないのだろう。


自身が王女であることを知られたくないようで、必死に使用人のフリをしているが、まだ学校にも入学してないような年齢の者を城で雇用するなど国際法に反する。

そんなことにも気づかずに言葉を重ねる“エイミー”が面白くて可愛らしくて、つい笑みが漏れそうになる。

「あなたの名はエイミーというのですか。はじめまして、エイミー」

そう言って手の甲にキスをすると、彼女の口から怯えたような悲鳴が漏れた。


失敗した。

今この状況で、私は彼女にとって何者かもわからない人間なのだ。

自身の配慮のなさから不快な思いをさせてしまったことを謝ると、「嫌なわけではない」との返事が返ってきた。

彼女のその言葉を聞いて、自身の心拍が早まるのを感じる。


しかし私には、彼女に聞いておかねばならないことがある。

「あなたは幸せですか?」

母を亡くして、慣れない王城での生活が始まって、今の彼女に幸せを感じる瞬間はあるのだろうか。


王女という身分でありながら、このように使い古された服を着ているうえに、肌や髪についてもきちんと手入れがされている状態には見えない。

おそらく彼女は、この城で王女としての待遇を受けてはいないのだろう。

そう思うと、この城の人間に対して怒りが込み上げる。

…もし彼女が「辛い」と泣きついてきたならば、このまま攫って行ってしまおうか。


そこまで考えていたにも関わらず、彼女からの返事は予想外のものだった。

「私は自身が置かれた環境の中で最大限幸せに暮らしております。ありがたいことに、周囲の人には恵まれておりますので」

その言葉を聞いて、自身の顔に笑みが広がるのを感じる。

そうだ、彼女はそういう人間なのだ。

どのような環境下でも幸せを見つけ出すことができる、強い人間なのだ。

「あなたのそういうところを、私は尊敬しています」

私が本心からそう言うと、彼女は不思議そうな顔をした。


しかし彼女には権力(ちから)がない。

詳しいことはわからないが、おそらく彼女は複雑な状況に置かれている。

“何か”が起こってしまったときに、彼女を守るものは何もない。


そろそろ仕事に戻ると言って立ち去ろうとする彼女を、慌てて呼び止める。

「あなたに助けが必要なときには、私が必ず助けに行きます」

君が私を救ってくれたように、今度は私が君を救いたい。

「必ずです。私達があなたの味方であることは、どうか覚えておいてください」

自身が王族であることを、これほど感謝したことはない。

しかし、もっと力をつけなくては。


「では、困ったときにはゼノさんのことを思い出しますね」

陶器のように白い頬をわずかに朱に染めてはにかむ“エイミー”は、そう言うと王城へと歩いて行った。

その後ろ姿を、見えなくなるまで目で追ってしまう自分は、相当彼女に惚れ込んでいるらしい。


「お会いできてよかったですね」

横を見ると、リックがこちらを見ながらにやにやとしている。

「…覚えてはいないようだったけれどな」

少し寂しいような気もするが、以前自分と会っていることや、私がイグラファル王国の第二王子であることを、今彼女に伝えるつもりはない。

「次に会うときは…」

どんな悪意からも彼女を守れるような自分になっていよう。

そう決意を固めた。




アイリスとルクシオ王城で再会した日から三年が経った。

あの日から、学生として勉学にも励みつつ、第二王子としての政務にも全力で取り組んできた。

周囲からの評判はかなり良いと自負している。


この秋から、私は王立学校の最終学年である第六学年に進級し、今年度は“王族として見聞を広めるため”という名目で、一年間ルクシオ王国の国立学校に留学することになった。

ルクシオ国立学校には、ルクシオ王国第一王子であるユリウス殿下が通っているらしい。

私と同学年であるはずだ。

彼と自然に関わりを持つことができるこの時を、私はずっと心待ちにしていた。


アイリスを取り巻く環境は、一体どうなっているのか。

異母兄に当たるであろうユリウス殿下から、何か情報を聞き出したい。

そのような下心を持ってユリウス殿下に接近したところ、予想以上に彼とは気が合い、出会って一ヶ月が過ぎる頃には、お互いに呼び捨てを許し合うほどには親しくなっていた。


そろそろ聞いてもいいだろう。

そう思った私は、ユリウスと二人きりになったタイミングを見計らって、この三年間ずっと疑問に思っていたことを尋ねる。

「ユリウスの妹のアイリス王女は、まだ具合が悪いのか?」

その言葉を聞いた途端、ユリウスの顔色が変わったのがわかった。

「…なぜそんなことを聞くんだ?」


「彼女が城下町で暮らしているときに、お世話になったんだ。そのときは元気そうに見えたからね。何があったのかと思って」

彼女が人前に姿を現さないのが体調のせいではないことはわかっている。

その真の理由を知りたい。


興味本位で聞いているのではないと、真剣な話なんだと、そのことが伝わるように言葉を続ける。

「実はね、私は彼女を妃としてイグラファル王国に迎え入れたいと考えているんだよ」

いつも冷静な態度を崩さないユリウスがティーカップを落とすのを目にしたのは、後にも先にもこのときだけだった。

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