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城下町で母と二人で暮らしていた理由。

城に引き取られることになった経緯。

城内でどのように過ごしていたのか。

ルクシオ王族(かぞく)と私の関係性。


どの情報が役に立つかはわからないので、とにかく全てをゼノ様に伝える。

失望されても構わない。

私がイグラファル王国に来たのは、“戦争を回避するため”なのだ。

ひょっとすると、ルクシオ王国の裏切りによって武力衝突はもう避けられないものになってしまったかもしれない。

それでも、両国の国民にとって最善の策を立てることが、その手助けをするのが、私の役割なのだ。


「以上が、私がお伝えできる全てです。このような状況になるまで黙っていて、申し訳ありませんでした」

私に話せることを全て伝えて、再び謝罪する。

ゼノ様からの私への愛情は、もう消えてしまったかもしれない。

愛する人に嘘をつき続けられていたのだ、その気持ちが憎悪に変わってしまってもおかしいことではない。


それでも私は、“第二王子”としてのゼノ様を信じている。

人の上に立つ者として、私情を挟まずに最善を尽くすゼノ様を信じている。

「今、私にできることはなんでしょうか」

そう言ってゼノ様の顔を正面から見据えると、彼は泣きそうな顔をしていた。


「今はまだ攻撃が開始されたわけではない。国民に避難を呼び掛けると共に、軍に防衛体制に入るよう指示を出す。君は城内の者と地下シェルターに行くように」

第二王子として、ゼノ様は私にそう言った。

「王族が傷つけられてしまうと、国として黙っているわけにはいかないからね。君はルクシオ王国の王女として、そしてイグラファル王国の第二王子の婚約者として、自分自身の身を守ってほしい」

そう言うと、ゼノ様はカーラとグレイスを部屋に呼んだ。


「今後のことについては、落ち着いてから話をしよう」

今は自分がすべきことを。

そう思いはするものの、ゼノ様のその言葉に私達の関係の終わりを感じ取り、瞳が潤みそうになった。




“敵国の王女”となった私に対しても、城内の人々は変わらずに接してくれている。

先に避難していたイグラファルの王妃が、「あなたは私達の家族でもあるのです」と、周囲に聞こえる大声で宣言してくれたおかげだろう。

唇を噛む私の背中をさする王妃の手は、とても温かかった。


グレイスに尋ねたところ、話は幾分ぼかして伝えられているらしい。

「『ルクシオ王国内で常とは違う動きを感知した』と、イグラファル国王が仰っていました。隣接する我が国にも影響が及ぶ可能性を考えて、念のために避難するようにと」

人々の不安を煽らないように、国家間の対立をなるべく起こさないように、そのように伝えられたのだろう。


シェルターでの生活は、思っていたよりも悪いものではなかった。

シェルターとはいえども設備は充実していて、なんの不自由もなく生活することができている。

地下にあることから若干の閉塞感は感じるものの、陰鬱な気持ちにならないのは、侍女や使用人が普段通りに明るく過ごしてくれているおかげだろう。


公務の合間に私に会いに来てくれるゼノ様は、今まで通り婚約者として接してくれる。

ただ、その顔色はとても悪く、肌もカサついているように感じる。

いつも余裕があるゼノ様がそのような状態なのだ、激務であることが窺える。


そんなゼノ様に対して、私はどんな言葉がかけられるのだろう。

頑張ってください? 無理をしないでください?

ルクシオ王国(我が国)が原因でこのような事態を招いているというのに、どの口が言うのか。

結局私は、ただただゼノ様の無事を祈って、彼を強く抱きしめることしかできない。


どうしてルクシオ国王(ちち)はイグラファル王国と争おうとするのか。

ルクシオ王国にとっても、イグラファル王国は大切な貿易相手であるはず。

特に食料品に関しては、そのほとんどをイグラファル王国からの輸入に頼っている状態だ。

国交が断絶してしまうと、先に困るのはルクシオ王国であろう。


そもそも、軍事攻撃を仕掛けるということは、軍部が動いているということ。

七十年以上戦争がなかったルクシオ王国において、軍部は“有事に備える“といった意味合いが強かった。

国王に命じられたら動かざるをえないと言われればそれまでだが、戦争に繋がるであろう指示に黙って従うとは思えない。


ルクシオの王妃に関してもだ。

正直なところ、彼女に対して良い印象はない。

しかしそれは“ルクシオ国王(ちち)の庶子”である私への態度の話であって、彼女は「賢妃」と名高い女性だった。

そのような王妃が、同盟違反によってルクシオ王国が被る不利益に思い至らないはずがない。


ルクシオ王国の軍事攻撃の、意図がわからない。

ルクシオ王国は今どうなっているのだろう。

エイミーは、カールは、城内の人々は、どうしているのだろう。


そのような、考えてもわかるはずのない疑問が次々と頭に浮かぶ。

いないものとして扱われていたとはいえ、私がその状態を甘んじて受け入れるのではなく、もう少し歩み寄ろうとしていれば。

そうすれば、もう少し彼らの気持ちや行動の理由にも、見当がついたのかもしれない。


たくさんの後悔と反省を繰り返して、シェルターでの生活も丸二日が経過しようとしていた頃だった。

私の元にやって来たゼノ様の表情が晴れ晴れとしているのを見て、私は悟った。

危機は去ったのだ、と。


「アイリス。もう心配する必要はないよ、大丈夫だ。ルクシオ前国王が譲位した。ルクシオ王国王太子だったユリウスが、新しいルクシオ国王となったんだ」

もう大丈夫。

その言葉を聞いて、涙がとめどなく溢れ出る。

武力衝突を回避できたことに対する喜びの涙と、我々の関係が終わることに対する悲しみの涙だった。

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