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イグラファル王国の城下町は、活気に満ち溢れていた。

城を出る前に感じたゼノ様の圧倒的な王族オーラは、ここでは全くと言っていいほどに気にならない。

ゼノ様いわく、「ある程度周囲に溶け込むことくらいはできるよ」とのこと。

今のゼノ様であれば、顔を知らない人間は彼を第二王子だとは思わないだろう。

ただの“並外れて美しい男性”だ。


それでも、町の人々は彼を第二王子と認識し、尊敬と親しみを込めた態度で接してくる。

その様子から、ゼノ様が普段どのように城下の人々と関わっているのかが透けて見える気がして、心が温まる。

ゼノ様が行く先々で私のことも紹介してくれるので、私まで仲間に入れてもらえた気持ちになる。


ゼノ様と人々とのやりとりを見つつも露店に目を向けると、あるものが目に入った。

「何か気になる物でも?」

思わず足を止めてしまった私に気づいたゼノ様が、「欲しいものがあるなら今日の記念として購入しよう」と続ける。

まだ正式な婚約者でもない私が、イグラファル王国民の血税を使っても良いものかと悩んだけれど、ゼノ様に促されて口を開く。


「あの、この指輪なんですけれど」

そう言って露店に並べられた指輪を示すと、ゼノ様が少し怪訝な表情を見せた。

「アイリス王女殿下。そう言っていただけることは誠に光栄でございます。しかし、私どもの店の商品は、庶民の学生でも手軽に買えるような価格の物ばかりです。第二王子妃となられる方にお買い上げいただくような物では…」

そう言う店主も、私が興味を示したことに驚いた様子だ。


「もちろん、イグラファル王国第二王子の婚約者として、公式な場で身につけることはできないかもしれません。それでも、とても素敵な商品だなと思ったのです」

心が惹かれるのに、値段は関係ないのだ。

「もし許されるのであれば、私はぜひこの指輪が欲しいです」

そう言う私に店主は恐縮し続けていたが、ゼノ様はすんなりと頷いた。

「ならばこれを購入しよう。私は、君が本当に欲しいと思ったものを贈りたい」

その言葉を聞いて、店主の妻であろう女性が店の奥で卒倒した。


幸いにも、女性はすぐに意識を取り戻したが、混乱を招いて申し訳ないことをしてしまった。

そう思うものの、右手に輝く指輪から目が離せない。

トップはドライフラワーとシェルが樹脂で固められているのだろうか、角度によって色が変わるのでずっと見ていられる。


「遠慮したわけではないんだよね?」

そうゼノ様に聞かれて、「もちろんです」と即座に答える。

「濃青と淡い紫が混ざり合った色をしているでしょう? 私とゼノ様みたいだなと思ったら、愛着が湧いてしまったのです」

その言葉を聞いたゼノ様は、しばらくの間呆然としていた。

おかしなことは言っていないと思うのだけれど…。


数分待っただろうか、ようやく普段の様子に戻ったゼノ様が口を開く。

「…君はこの婚約をどう思っている?」

突拍子もないうえに、漠然とした質問だ。

しかし、私にもわかるくらいにゼノ様の声は震えていた。


ゼノ様はきっと、ずっと不安に思っていたのだろう。

“友好の証”として本人の意思に関係なく連れてこられた私が、彼とこの婚約をどう思っているのかを。

それに気づかされ、今まできちんと言葉で伝えてこなかったことを反省する。


人気のない場所だといえども、どこで誰に聞かれているかわからない。

国民にいらぬ心配をかけてはいけないと、他者に聞かれても問題がないように言葉を選びながら慎重に答える。

「きっかけがきっかけでしたから、正直なところ最初は不安でした。でも今は、ゼノ様の婚約者になれたことを、このうえなく幸せに感じております。それこそ、私の人生における幸福を全て使い果たしたのではないかと思うくらいに」

自分で言いながら頬が緩んでしまうのを感じるが、この場は見逃してもらおう。


この婚約に関して、私に選択肢などなかったのだから、どれほど酷い相手であっても従わざるをえなかった。

それを思うと、今の自分の恵まれた環境は奇跡のようなものだ。

この幸せがあるのは、お相手がゼノ様であったから。

ゼノ様が“ゼノ様”であるから、私は彼を好きになれたのだ。


「ゼノ様を心からお慕いしております」

恥ずかしいという思いもあるけれど、私の気持ちが伝わるように、ゼノ様の目を正面から見据えて言う。

「…ありがとう」

掠れた声でそう言ったゼノ様が、鼻を啜る音が聞こえた。


そこからのゼノ様の過保護具合は凄まじかった。

予想以上にぺったりと私に引っ付き、あれこれと世話を焼いてくれる。

常に私の腰を支え、私が他の人にぶつからないように配慮し、小さな段差すらも見逃さない。

もはや介護のレベルだ。


「ゼノ様? イグラファルの町は初めてですが、長らくルクシオの城下で暮らしておりましたし、一人でも歩けますよ?」

城下町歩きのスキルは、王族であるゼノ様よりも一般庶民として育った私の方がおそらく上だ。


それでも、「私がやりたくてやっているんだ」と言いながら鼻歌でも歌い出しそうな様子のゼノ様を、拒否することなどできない。

町の人々が苦笑する顔が目に入るけれど、見ないふりをする。

第二王子の婚約者として、これでいいのだろうか?


そろそろ帰城をということで、ようやく解放されると思った私への試練は、馬車の中でも続いた。

行きと同様に帰りの馬車の中でも、ゼノ様は私を自身の膝の上に乗せ続けた。

もちろんそれだけに留まらず、手を優しく撫でながら延々と耳元で愛を囁かれ、私はもうフラフラだ。


足元もおぼつかない状態で、顔を真っ赤に染めた私が馬車から降りてくるのを見て、玄関で出迎えてくれたカーラが顔色を変えた。

カーラは音もなくゼノ様の横に移動すると、彼に向かって怒ったような表情で「お話がございます」と囁いた。

バツの悪そうな顔をするゼノ様が、そのままカーラの後に続いて自室に戻るのを、私は不思議な気持ちで眺めていた。

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