14 ※ゼノ視点
私は、イグラファル王国の国王と正妃の第二子として生まれた。
黒髪にダークブルーの瞳を持つ王子。
王や王妃、第一王子とは全く異なる色を持って生まれた私は、王族ゆえに注目されることに加えて、くだらない憶測に晒されながら暮らすこととなった。
いや、今だから「くだらない」と言えるのだ。
幼い私にとって、私の血筋を疑うその憶測は凶器そのものだった。
父譲りの黄金を溶かしたような金髪に、母譲りのエメラルドの瞳。
それらを持つ兄を、妬まずにはいられなかった。
私のそういった思いは、そのまま家族への態度として現れた。
“王子としての教育はきちんと受けるが、心を開かず扱いづらい子”。
周囲にそう思われていることはわかっていたし、それで良いと思っていた。
こうした私の反抗心に危機感を覚えたのだろう。
少し距離を置くべきだと判断した両親によって、母の遠縁にあたるルクシオ王国の伯爵家に半年間預けられることとなった。
国立学校に通い始める、前年のことだった。
警備の関係から、私の滞在はごく一部の者にしか知らされなかった。
伯爵家は「親戚の母子が来ることになった」と言っていたようだ。
伯爵家が王都に構える別宅で、乳母のカーラと乳兄弟のリックと共に暮らすことになった私は、「無駄なことを」と思う一方で、初めての城下、それも異国での暮らしに胸を躍らせている部分もあった。
異国といえど、生活面で困ることは何もなかった。
公用語は共通であり、文化面でも両国間に大きな違いはない。
同盟が結ばれて以来、国家を跨いでの人々の往来が自由になったのだから、当然と言えよう。
ならばこれは国民の生活を間近で見る良い機会だと、幼い私は考えた。
いくら反抗的な態度をとっているとはいっても、王族としての義務を放棄する気はない。
国民にとってより良い選択をするためには、国民の生活を知る必要がある。
そういった思いから、私はリックと共に日々城下町を歩き回った。
ある日、いつものように身分を隠して城下町を探索しているときのことだった。
ホワイトパールの髪に藤色の瞳をした女性が歩く姿に、目を奪われた。
母よりも少しだけ若いだろうか。
美しい女性ではあるものの、これほどまでに目が離せなくなる理由がわからない。
聞くとリックも同じように思ったらしい。
無作法であるとはわかっていたが、リックと二人でこっそりと跡をつけることになった。
十五分程歩いてたどり着いたのは、小さな家だった。
周囲とは少し距離のある簡素なその家が、女性の住まいらしい。
女性が扉を開けると、中から私よりも四〜五歳年下と思われる少女が「おかえりなさい」と言うのが見えた。
小柄な少女だから幼く見えただけかもしれない、とても利発そうな顔をしていた。
羨ましい。
母親であろう女性と、同じ色の髪と瞳を持つその少女が、とても妬ましかった。
あの二人は何者なのだろうか。
「あそこの母親は王城に住み込みで働いていたそうだが、いつの間にか仕事を辞めてあの家に住み始めたらしい。学生時代は真面目で優秀だったと聞いているが、父親が誰かもわからない子まで一緒で。そんなのが母親だなんて、子どももきっと碌な人間にはならないだろうな」
多くの者が「詳しくは知らない」と言う中で、そのように語った男がいた。
“父親が誰かわからない子”という言葉が、私の胸を抉った。
ここまであけすけな言葉を投げかけられたことはないが、物心ついた頃から常に言われ続けてきた言葉だ。
伝聞でしか知らない事柄を根拠に、無責任に人を傷つける言葉を発するこの男に、私は酷い嫌悪感を抱いた。
しかし私も、あの二人のことは何も知らない。
あの男の言葉が間違っていると証明してほしい。
そんな思いから、私は一人で少女に接触することにした。
少女と話す機会はすぐに訪れた。
城下町の花屋で働いている少女は人懐っこい性格らしく、初めて会う私にも警戒することなく話しかけてきた。
“アイリス”と名乗ったその少女は、母と二人で暮らしていると教えてくれた。
「お父さんは?」
そう聞いた私の声は、おそらく震えていただろう。
「事情があって会えないの。私が生まれてから、直接会ったことは一度もないわ」
そう答えたアイリスは、その事実に対してなんの感情も抱いていないようだった。
「会いたいとは思わないの?」
「うーん、特には。お母さんと二人で過ごす今が、とっても楽しいから」
そう言って屈託なく笑う彼女が“碌でもない人間”だとは、到底思わなかった。
「でも、父親と暮らす子を見て、羨ましいと思ったりしない?」
心無い質問であったことは認めよう。
私よりも不遇に見えるその少女が、私よりも幸せそうに生きているのを目にして、意地の悪い気持ちが芽生えたのだ。
「ないものを羨んでも仕方がないし、外から見て素敵なものの中身が必ずしも素晴らしいとは限らないでしょう? 今自分が持っているものこそ“ある”ものであって、そこに幸せを見出せないのなら何を手に入れても幸せにはなれないと思うの」
私の質問に対するその返事は、十歳にも満たない少女に説かれる内容ではなかったと、今でも思う。
とにかく、私は彼女のその言葉に衝撃を受けた。
両親のどちらとも違う髪色だから。
瞳の色が両親のどちらとも違うから。
たったそれだけのことに囚われて、彼らから与えられるものには目もくれなかった自分を、ひどく恥じた。
…帰城しよう。
両親に対する自分の態度を詫びて、今まで私を育ててくれた恩に報いよう。
国王夫妻の子として、第一王子の弟として、自分ができることに精一杯取り組もう。
そう決意を固めて、私はイグラファル王国に戻ることとなった。
それから少し経ってから、母方の祖父が私と同じ色を持っていたと聞かされ、私の積年の悩みは跡形もなく消え去った。
両親は何度も説明を試みたそうだが、私がそれを受け止められる状態ではなかったのだ。
今思うと、本当に恥ずかしい話だ。
アイリスに出会わなければ、疑心暗鬼に陥った私が“今あるもの”すらも失っていた可能性だってある。
ぜひとも彼女に会って、直接お礼を伝えたい。
そう考えていた矢先に、例の疫病が流行した。
国家間の移動は一時的に制限され、王族である私は城から出ることも許されなかった。
疫病の流行は予想されていたよりも長引き、ようやくルクシオ王国を訪れられたのは、私が十四歳になった春だった。
「アイリスに会える」と弾んだ気持ちで彼女の元を訪れた私が目にしたのは、かつての彼女達の住まいが焼き壊された跡だった。