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11 ※ゼノ視点

アイリスとの婚約発表の日時が決まった。

本来ならばもっと余裕のあるスケジュールを組むところだが、私の強い要望で最短での決行となった。

婚約発表に向けてやるべき政務が山のように舞い込むが、これを終えると公私共にアイリスを婚約者として扱えるのだ。

そう思うと、身体の疲れは感じるが、精神的には絶好調だ。


アイリスがイグラファルの王城に来てからというもの、毎朝自ら彼女の部屋へ花を届け、政務の都合で会えない日には手紙を送る。

三ヶ月間それを続けているうちに、アイリスにも私の愛情が伝わってきていると感じる。

リックには、「重すぎて愛情よりも恐怖を感じます」と言われるが、聞かないことにする。

他者にどう思われようとも、毎日「嬉しい…」と涙ぐむアイリスを見れるのだから、止めるわけなどないだろう。

最初にこの城に来たときに、「私のことは放っておいて、正妻とよろしくやってください」という趣旨の言葉を発せられたときには、この世の終わりかと思ったものだが、本当によかった。


アイリスは目下ダンスの練習中である。

婚約発表の場で、私とアイリスで踊ることになるだろうと伝えたところ、目に見えて顔色を悪くする彼女だったが、どうやらダンスに自信がないらしい。

近頃ではこうしてきちんと言葉で気持ちを伝えてくれるようになってきて、私はそのことがとても嬉しい。


「ゼノ様の顔に泥を塗らぬよう、精一杯練習いたします」

そう言う彼女のいじらしさには心打たれるが、同時に一抹の悲しさも感じる。

彼女はまだ、自分が私に不釣り合いな存在だと思っている節がある。

私のために変わろうとするアイリスに対して、彼女の本質的な部分は変わってほしくないと伝えてしまうと、きっと困らせてしまうのだろうな。


翌日から始まったダンスのレッスンには、女性の教師のみをつけた。

私との本番を想定して練習することを考えると、男性教師もいた方が良いことはわかっている。

けれども、たとえ授業であっても、なるべくアイリスを私以外の男に触れさせたくはない。

練習には私が付き合えばいいのだから問題はない。


無理矢理に作った時間でアイリスの元に向かうと、私の姿を確認した彼女の目が大きく見開かれる。

アイリスは私の身体を心配する言葉をかけてくれるが、杞憂である。

身体を動かしていたせいで少し上気した彼女の顔を見ただけで、私の疲れはどこかに飛んでいってしまったのだから。


とはいえ、あまり長々と踊っている時間はない。

アイリスの手を取り、彼女の背中に手を回すと、彼女の身体がわずかに硬直するのを感じた。

何かあったのかと下を向くと、アイリスの真っ赤な耳が目に入る。

心なしか、息遣いもいつもとは違うようだ。


緊張しているのか。

そのことに思い至り、その場に倒れ込みたくなる。

自分の腕の中でそわそわとするアイリスの可愛さに、今すぐ自室に連れ込みたくすらなる。


もちろんそんなことが許されるわけもないので、目を閉じて気を紛らわせる。

そんな私の姿を見て何を勘違いしたのか、「あのっ、ゼノ様、違うんです! もう少しできていたんですけれど、ドキドキしてしまって!」と必死に言い縋るアイリスが、私の理性を揺さぶる。


しかし、ここで手を出すわけにはいかない。

毎日のように「結婚の誓いが交わされるまで、アイリス様の純潔は私がお守りします」と言ってくるカーラを脳内に呼び出し、なんとか危機を乗り切る。

「…大丈夫だ、集中しよう」

そう自分に言い聞かせるように呟いた。


何度目かの練習を経て、ようやくアイリスの緊張が解けてきたのか、なんとか形にはなってきた。

経験がないと言っていたアイリスが一日でここまで踊れるようになっているとは。

各授業の教師から「飲み込みが早い」とは聞いていたが、正直少し驚いた。


清々しい気持ちでアイリスに顔を向けると、私の胸元ではアイリスが無表情で一点を見つめていた。

「そろそろ疲れてしまった?」

どんな時にも笑顔でいようとする彼女がこのような表情をするのは初めて見る。

慣れないダンスの授業なのだ、疲れが出るのも当然だろう。

そう思って問いかけたが、まさかアイリスから素っ気ない返事が返ってくるとは思ってもみなかった。


私が彼女の気分を害することをしてしまったのかもしれない。

そう思ってはみたものの、心当たりが全くなく、一人で狼狽する。

「アイリス? まさかどこか痛めたのか?」

私はそれに気づけなかったというのか?


自身の不甲斐なさに内心で頭を抱えていると、急にアイリスが私の胸元に顔を埋めてきて、頭の中が真っ白になる。

「ゼノ様のダンスがお上手なのは、初心者の私でもわかります。きっと今までたくさんの女性と踊ってこられたからなんだなと思うと、少し面白くない気持ちになってしまって」

そう言われて、アイリスの肩に手を置くだけに留めた自分の自制心を褒めてやりたい。


嫉妬なのか。嫉妬をしてくれているのか。

そう思うと胸が高鳴り、口から「ぐうっ…」と声が漏れる。

強い香水の香りに咽せたこと、媚びるような視線に晒されたこと、露骨に胸を押し付けられたこと。

不快な思いもたくさんしてきたが、それらの経験全てが今に繋がっていると考えると、ありがたくすら思えてくる。


しかし、わざと嫉妬をさせて悦にひたる趣味はない。

アイリスが嫌がるのであれば、今後他の女性とは極力踊らないようにしよう。

思えば、恋人同士でもないのにこれほど密着する必要がどこにあるのか。

アイリスが他の男と踊ることを想像するだけで、はらわたが煮え繰り返る気持ちがする。


「…明日からも、アイリスのダンスの際には必ず私が相手になろう。練習も含めて全て」

アイリスの白いうなじ、髪から漂うシャボンの香り、華奢でありながらも柔らかい身体。

他の男に知られるなど耐えられそうもない。


遠慮するアイリスの言葉が聞こえるが、私の胸元にしがみつきながら上目遣いで見上げてくる彼女の破壊力は凄まじく、内容が頭に入ることなく耳を通り過ぎる。

私よ、紳士であれ。


「アイリス、愛しているよ」

彼女を壊してしまわないように優しく抱きしめてそう呟いたが、アイリスのことが頭から離れず、その日の夜はなかなか寝付けなかった。

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