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私の母はかつて王宮で働く使用人だった。
貧しい家庭の生まれである母は、それでも真面目に学業に取り組み、優秀な成績と勤勉な態度が買われて王宮で働くことになったと、以前執事長であるカールさんにこっそりと教えてもらったことがある。
美しく聡い母は、使用人の間でも可愛がられていたという。
本来ならば王と関わる機会があるような身分ではなかった母だが、王宮で働く母の姿を目にした王はその美貌に心を動かされたのだそうだ。
ことあるごとに言い寄ってくる王に対して、なんの後ろ盾も持たない母に拒否権などなかったということは容易に理解できる。
手籠めにされた母は間もなく子を身ごもり、王との関係は城中の人間が知ることとなった。
貴族の令嬢である侍女ですらなく、美しさだけが取り柄の若い使用人が夫の子を孕んでいるという事実は、王妃にとっては耐え難い屈辱だったのだろう。
怒り狂った王妃は母を城から追い出し、人知れずひっそりと産み落とされたのが私だということだ。
そういうわけで、アイリスと名付けられた私は城下町の外れで母と暮らすこととなった。
決して裕福とはいえない暮らしではあったけれども、日中は家の近くの花屋で雑用係として働き、夜は学園でも優秀であったという母から読み書きや計算を教わりながら、充実した毎日を過ごしていた。
私が十歳になった冬、王都全体に原因不明の疫病が流行りだすまでは。
最初に罹ったのは、母ではなく私だった。
職場の店主が数日前から咳をしていたので、きっとそれがうつったのだろう。
往診してくれた医師に言われた通りに安静にしていたら三日ほどで回復したので、その後私を通して感染した母もすぐに良くなるだろうと思っていた。
しかし母の咳は日に日に酷くなり、熱も一向に下がる気配はなかった。
さすがにおかしいと思って医師に診せたところ、例の疫病であろうということと、回復薬はないということを伝えられただけだった。
そして感染から七日後に、母は息を引き取った。
私が家に疫病を持ち込まなければ。
もっと早くに母を医師に診せていれば。
自身の行動が母を死へと追いやったという事実は、私をどん底へと突き落とした。
その後感染拡大防止のためにと住み慣れた家が焼き払われたこと、王の血を引く私を監視していた騎士の手で城に連れてこられたこと、城内に自身の部屋が設けられたこと。
母の死を受け入れたときには、私を取り巻く環境はすでに大きく変えられてしまっていた。
身寄りをなくした子供が、住むところを手に入れられたのは幸運だった。
しかし、ホワイトパールの髪に藤色の瞳と、母と全く同じ色を持つ私は、長年燻っていた王妃の嫉妬心を再燃させてしまうこととなった。
メイドの子。淫婦の子。
王妃からはことあるごとにそう呼ばれ、異母兄である二人の王子もそれに倣った。
母の命を奪った私は、母の死後も“淫婦”などという言葉で母を貶める存在となってしまった。
とはいえ、王の血を継ぐ私の存在を完全に隠すことは難しかったのか、国民には「辺境の地で療養していた病弱な王女が帰城した」という旨の発表がなされた。
病弱だからという理由で、国民の前に姿を現すこともなく、肖像画が描かれることもなかったが。
城下には私の顔を知る人達もいることだし、迎え入れた王女の顔を明らかにしないのは当然のことだろう。
そんな中でも、城で働く人たちは私に親切にしてくれた。
以前は物置部屋として使われていた私の部屋を人が過ごせるように整えてくれたり、夕食の席に呼ばれない私のために食事を運んでくれたり。
王妃たちに知られると罰を与えられるので、それらは最小限のものではあったけれど、城内に味方がいるとわかるのはとても心強かった。
城内の小部屋に閉じ込められながらも私が希望をもって生き続けられたのは、使用人のみんなの存在と、あの日の“彼”の言葉のおかげだった。