俺の上に乗るな! 兄さんにさえ許したことはないんだぞ
ここは、全寮制の王立士官学校近くの小高い丘の上。最初に出てくる少年の名は、オーディン・マークスです。オーディンと後から出てくる「少年」はライバルでもあり、仲良し(意味深)でもあります
なんだよ。呼びつけておいて、あいつ、来やがらねえ。腹立つなあ。
だいたい、傲慢なんだよ。ちょっと呼べば、俺がほいほい来ると思っていやがる。許せねえ。あんな奴は、絶交だ。そうだ。俺はあいつと絶交しに来たんだ。俺を下にしやがって。絶対許してやらねえからな!
ん、っしょっと。
あー高い高い。木の上はいいなあ。下にいるやつらを見下ろせてよ。最高だぜ!
宿舎の方角は……、違う違う。あいつが来るのをちょっとでも早く見ようと思ったわけじゃないし。走ってきたら、ばぁか、って言ってやるんだ。そしたら上を向くだろ? さっき、足元の草を結んでおいたからな。間抜け面して上を向いたら、そのまま足を取られて、すってーん、だ。ざまぁみろ。
……えと、走ってこなかったらどうしよう。
その場合は絶交だ! どっちにしたって、絶交だから!
木に登ると遠くが見えるなあ。故郷のクルスは、南西、あっちの方か。母さん、どうしてるかなあ。小さい妹や弟達は、元気でいるだろうか。会いたいなあ。
いけね。
故郷のことを考えてたら、目から水が……これだから春は!
それにしても、暖かいなあ。風に葉っぱがさらさらそよいで、気持ちいい。眠くなってきちゃった。木の上で寝たら危ないかな? でも、この木の枝は太いし、ほんのちょっとなら……。
◇
悠然と歩いてきた少年が立ち止った。きょろきょろと辺りを見回す。
「オーディン! オーディン!」
返事はない。少年は肩を竦めた。
「しょうがないか。先生に呼ばれたんだ。来月、国王陛下がいらっしゃるから、在校生を代表して感謝の言葉を述べよって。名誉なことだけど……その話なら、明日でもよかったのに」
少年は辺りを見回した。
「約束の時間より、2時間も経ってる。……さすがにもういないよな。わざわざ見に来る俺も俺だけど。後で謝っとかなくちゃ。でもあいつ、俺が何か言うと、すぐ怒るんだよな……」
そのまま立ち去ろうとする。その時、
「みぃーーーっ(こら、待てっ!)」
木の上から鳴き声がした。
「みぃー、みぃー、みぃー(お前、遅刻しやがって。お前がなかなか来ないから、待ちくたびれて俺、こんな姿になっちまったんだぞ)」
「あっ、猫だ!」
上を見上げて、少年はつぶやいた。
灰色の地に、黒い模様のついた仔猫が、木の上から見下ろしている。
「なんでそんなところにいるんだ?」
「みぃー、みぃー、みぃー(お前のせいだ、この大馬鹿!)」
「下りて来いよ」
「みにゃにゃん(おう、待ってろ。今、引っ掻いてやる)」
仔猫はこちらに尻を向けた。逆さ向けに幹を伝おうとして、すぐに諦め、木の股のところでぐるりと回った。枝の間から顔を覗かせ、こちらを見下ろしている。
「下りれないの?」
「みゅっ!(俺様の辞書に不可能の文字はない!)」
「下りれないんだ」
少年はつぶやいた。
「わかった。待ってろよ」
言い終わるなり、するすると木によじ登っていく。あっという間に仔猫のいる枝まで辿り着いた。
「さあ、いい子だ」
両手を伸ばして掴もうとする。
「みき~っ、にゃっ!!(誰がお前なんかに!)」
木の股の間から顔をのぞかせていた仔猫は、少年の顔が同じ高さまで来ると、前足で猫パンチを繰り出した。少年の鼻の辺りを引っ掻こうとする。
「こら、危ないだろ!」
暴れる猫を、少年は、ひょいと掴んだ。首の後ろを掴まれて、猫は、ぶらんと垂れさがった。
「みゅみゅみゅっ!(何をする! 無礼者!)」
「よしよし。いい子だ」
つぶやきながら、服の胸の前を寛げて中に押し込んだ。
「みゃっ」
「狭いか? ごめんな。ほんの少しの辛抱だから」
そのまま、木から滑り降りた。仔猫を入れた胸を木の幹にこすりつけないように、細心の注意を払って。
「さあ、着いたぞ」
胸の中から仔猫を取り出す。そっと地面の上に置いた。
「みゃん(地面が冷たい!)」
「お母さんと兄弟のところへお帰り」
「……」
ところが、仔猫は一向に動こうとしない。少年を見上げたきり、じっとしたままだ。しっぽが不機嫌そうに、ぱたん、ぱたんと地面を叩いている。思わず少年は尋ねた。
「君、帰るところがないの?」
「み!(ふん!)」
「困ったなあ。寮は、ペット禁止なんだ。連れて帰るわけにもいかないし……」
途方に暮れて、少年は仔猫を見下ろす。仔猫もまた、まっすぐに少年を見上げた。その眼の色が澄んだ青色であることに、少年は気がついた。
「あいつと同じ目の色だ」
つぶやき、仔猫を掬い上げた。そのまま腕に抱え、走り出した。
◇
寄宿学校では相部屋になっていたが、幸い、春の休暇が始まっていて、ルームメイトは帰省していた。だから、少年は、彼を、ここに呼ぼうとしたわけで……。
「さあ、着いたよ」
仔猫を胸から取り出し、下におろした。
自由になった猫は、鼻をふんふん鳴らしながら、あちこち嗅ぎまわっている。
「みゃ(ほかの男の匂いはしねーだろうな)」
「おい、あまりあちこち歩き回るなよ。危ないものもいっぱい……あっ!」
思わず叫んでしまった。少年の使っているベッドの足に、猫が片足を上げて、おしっこをひっかけたからだ。
「みみっ!(におい付けだ!)」
「あ~あ」
つぶやき、ボロ布で水気を拭い取る。
「しようがないなあ。でも、仕方ないか。お前、まだ赤ちゃんだもんな」
「み(赤ちゃんではない)」
不意に仔猫はしっぽを上に突き立てた。だだだだだ、とばかり、部屋の隅へと走り去る。
「お、おい……」
驚いた少年が声をかけるが、まるで無視だ。
部屋の隅まで走って行って、つるっと滑った。慌てて体勢を立て直し、少年を睨み据える。
「う゛ーーーーーー」
上に突き上げたしっぽが、ぶわっと膨らんでいる。仔猫は四つ足でつま先立ちになり、背中を丸めた。踊るような足取りでスキップを踏んでいる。
「そんなとこにいないで、こっちへ来いよ」
笑みを含んだ声で少年が呼ぶ。伯父の家には猫がたくさんいたから、これは威嚇しているのだとすぐにわかった。けれど、こんな小さな仔猫が、本人は一人前の成猫のつもりでそれをやっても……。
「かわいいなあ」
「う゛う゛!?(なんだと!?)」
短く鳴いて、猫が突進してくる。
「おお、来た来た」
「う゛!(誰がお前なんか!)」
少年の間近でくるりと向きを変え(そしてまた、滑った)、再び走り去っていく。
「おいで」
いいながら、少年が追いかける。再び仔猫は背中を丸めた。つま先立ちの足で軽くステップを踏んでから、少年にとびかかっていく。
「あっ!」
足をひっかき(ズボンを引っ掻いただけだった)、捕まえようとする手を素早く逃れ、ベッドの下に逃げ込んだ。
「あ~あ。ズボンにかぎ裂きが……もう少ししたら、あいつにあげようと思ってたのに」
少年はため息をついた。自分には小さくなってきたので、年少の友人に譲ろうとしていたのだ。
「めっ!」
跪いてベッドの下を覗き込み、怖い目をして怒って見せる。
「う゛ーーーー」
埃だらけの暗い中から、目玉だけが光って見える。少年は微笑んだ。
「嘘だよ。怒ってないよ」
「う゛ーーーー(信じられるか!)
「出ておいで」
「う゛ーーーー(やだね)」
「仕方ないなあ。ちょっと待ってろよ」
少年は立ち上がった。ぱんぱんと、膝についた埃を払うと、そのまま部屋を出て行った。
「みゃん?」
誰もいなくなると、ベッドの下から仔猫の姿が現れた。
「みぃー、みぃー、みぃーーー」
か細い声で鳴き始めた。少年は戻ってこない。
「みぃー! みぃーみぃーみぃー」
鳴きながら、部屋のあちこちを嗅いで回る。もちろんそんなところに少年はいない。
「みゃう~」
仔猫はがっくりと肩を落とした。
……もしかして俺、捨てられた?
青い目に涙がたまる。
遠くから足音が聞こえた。仔猫の両耳が、ぴこん、と立ち上がる。
「あっ!」
大事そうに何かを捧げ持っていた少年は、思わず転びそうになった。仔猫が足の間を、8の字に潜りながら、頭を擦り付けてきたからだ。
「危ないなあ。歩けないじゃないか」
ぐりぐりぐり。
頭を、力いっぱい少年の足にこすりつける。小さいから、ようやく踝のあたりだ。
「ほら。食堂からミルクをくすねてきてやったぞ。腹が減ってるだろ?」
「にゃん」
そういえば、凄まじく空腹だった。舎監と喧嘩して(というより態度が悪いと怒られて)、昼食を食べさせて貰えなかったからだ。
アルミの縁に口をつける。ミルクは程よく温められていた。赤い舌をぴちゃぴちゃやって、仔猫はミルクを嘗め始めた。
「かわいいなあ」
少年が目を細めて見ている。
「触っていいか?」
今更そんなことを聞いてくる。
……さっきは懐に押し込んだくせに。
少年の匂いでいっぱいで、仔猫は、危うく失神しそうになったというのに!
「みっ!(手を出すな!)」
ミルクを舐めるので忙しいので反撃しないでいると、何を思ったか、そっと頭のてっぺんに触れた。
「ふわふわだ」
くりくりと撫で回す。ウザイので、前足で軽く払ってやったが、すぐにまた手を出してくる。
「猫って、ここを撫でられるのが好きなんだよな」
つぶやいて、指先で耳の後ろをこりこりさすり始めた。その頃には、アルミの皿のミルクもすっかり飲み干していた。
「みゃあう(ま、いっか。ミルクの礼だ)」
おとなしくされるがままになっている。
「眠いのかな?」
少年はつぶやき、仔猫を抱き上げた。大事に大事に抱き上げて、そのまま運んでいく。
「可愛い子。かわいこちゃん」
「みっ(お前、それ、あの時俺に言うセリフ……)」
怒ろうとして、ああ、今も俺に言ってるのかと納得した。
とん、と、ベッドの上に下ろされた。すかさず仔猫は丸くなる。言われた通り、少し眠い気がする。
「そこで寝てもいいんだぞ」
自分はベッドの脇に両膝をついて、少年は手で、仔猫の背中を撫で始めた。
「わあ。ふわふわだ」
つぶやき、そうーっとそうーっと、毛並みに沿って丸い背中を撫でている。
「ゴロゴロゴロ(ああ、気持ちがいい)」
思わず喉が鳴ってしまう。
……はっ。いかん。こんなやつのなでなでに反応するなんて!
背中を通り越した手が、頭を通り越し、喉元に届いた。
「ゴロゴロゴロゴロ(そこはっ!)」
猫の弱点だ。ここをなでなでされて、平気でいられる猫なんていない。
「あはは。気持ちいいんだな。素直だなあ、お前は」
喉元を撫でる手が、腹の辺りまで下りて行った。
「ミルクをいっぱい飲んで、お腹、ぽんぽんでちゅねえ」
「みゃん!(馬鹿、止めろ!)、ゴロゴロゴロ」
「気持ちいいの? そう。いい子ちゃんでちゅ」
「みにゃん!(気色悪い!)ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロ」
「あれ?」
腹部をなでさすっていた手が、ふと止まった。
「なんだこれ?」
「うぎゃっ!」
力いっぱいつままれ、仔猫は飛び上がった。
「うわあ、ごめん! 猫にもお乳があるの? つか、お前、雄だよね? じゃないと困る。だってここ、男子寄宿舎だもん。女人禁制なんだ。たとえ猫でも!」
にわかにうろたえた声が降ってきた。
「みあ!(馬鹿者! 俺は男だ)」
「ちょっとごめんね」
きゅむ、としっぽがつかまれ、持ち上げられる。
「みぎぃいっ!(しっぽに触るな!)」
「おとなしくしてて! 大事なことなんだから!」
激しく叱られ、思わず縮こまる。おとなしくなった仔猫の恥部を、少年は遠慮なく覗き込んだ。至近距離で、熱心に見つめている。
吐き出される息が、剥き出しになった尻に吹きあたる。ここには、守ってくれる毛がない。
「にゃう~ん」
「わかりにくいなあ。……あ、これかな?」
ぷちんと爪の先で弾かれる。
「ひぎっ!」
「こらっ! じっとして! えと、もうひとつは……こっち!」
「ひぎゃっ!」
「ああよかった。ちゃんと2つある。君、男の子だね」
後ろから、安心したような声が言った。
「ふーーーっ!(当たり前だっ!)」
「そんなに怒るなよ。寄宿舎の決まりは、破ったらいけないんだ」
「みっ!(知ったことか!)」
猫の性別なんてどうでもいいだろうに、全く規則に忠実な男だ。
「よしよし。大事なとこに触って悪かった」
ふたたび、背中を優しく撫でられる。
「みみぃ(もうその手には乗らないからな)、ゴロッ」
「いい子いい子」
「み!(うるさい!)、ゴロゴロゴロ」
「可愛い子ちゃん。いい子ちゃんでちゅねえ」
「ゴロゴロゴロゴロ……」
この頃ようやく判別できるようになった睾丸を刺激されたせいだろうか。次第に、撫でられるだけでは我慢できなくなってきた。
仔猫は、ごろりと仰向けになった。白く輝くような腹部を上に向ける。
「うわあ」
思わずといったふうに、少年が感嘆の声を上げる。仔猫は、大いに気を良くした。
「ミョルモン(もふってよいぞ)」
「え?」
「ミョル・モ・ン(気が済むまで、もふるがよい)」
「あはは、はしたない格好。でも、可愛い」
くすっと少年は笑った。
そっと手が伸びてきた。ゆっくりとやさしく、腹部を撫で回す。
「ここはお前の大事なとこだからな。痛くないようにしなくちゃ」
「ゴロゴロゴロ」
目を細め、仔猫は喉を鳴らす。
「気持ちいいんだ?」
「みぁーん(見ればわかるだろ)、ゴロゴロゴロゴロ」
初めはおずおずと撫でていた少年の手が、次第に大胆になってくる。
「ゴロゴロ、ゴロゴロゴロ。ゴロゴロ、ゴロゴロゴロ」
愛撫に慣れてきたせいか、体の力が抜けていく。知らず、筋肉が緩み、股が大きく開いた。
「カワイイ」
かすれた声で、少年が囁いた。声変わりの最中だったのだ。けれど、興奮しているように見えないこともない。
「に?」
「赤いつまようじみたい」
自分があられもない格好で横になっていることに、仔猫は気がついた。ライバル(当然、自分の方が格上だ)で、友人(だと相手は言っている)で、何かと自分の世話を焼いてくる(余計なことはするなと言っているのに)少年の前に。
羞恥に耳まで赤く染まりそうだ。
少年の手が、微妙に赤く突き出たペニスを避けて通った。もどかしさに、仔猫は腰を回す。でも、彼は触ってくれない。相変わらず、ゆっくりゆっくり、腹をさすっている。まるで大切な物を愛撫するみたいに。
「にゃう~ん(ねえ、おちんちんにも触って?)」
「触ったらだめだよな。つまんだらこれ、もげちゃいそうだもん」
「みあ?(俺がいいと言ってんのに?)」
「こら、腰を突き出すな! 指に当たっちゃうだろ」
二つの掌が、胸と腹の間を、大胆に動いている。ゴロゴロどころではない。気持ちのよさに、もう、おかしくなりそうだ。
「ぐみみっ!」
くるりと仔猫は裏返しになった。つまり四つ足で、普通に立ち上がった。
「な~ん、な~ん、な~ん」
甘えた声で鳴きながら、少年の腕に体をこすりつける。初めは頭のてっぺんから首筋を、それから横腹を、そして……しっぽを上げて陰部を。
「な~ん(俺知ってる。ここが一番、匂いがつくんだ)。な~ん(これでもう、お前は俺のものだ)」
「なんだか俺も眠くなってきちゃったよ」
少年が大きなあくびをした。
「隣、いいかな?」
返事も待たずにベッドに上がってくると、仔猫の隣にごろりと横になった。
チャンスだと仔猫は思った。だってこいつ、俺の上を取りやがって。今まで、兄さんが上になることさえ許さなかったというのに。喧嘩の時だけど。
「くぅん」
小さく鼻を鳴らし、仔猫はその顔によじ登った。
「あ、こら、くすぐったい……」
「みみみ!(天下取ったり!)」
少年の上に立ち、仔猫は大層、満足だった。顔の上は意外と凹凸があって、居心地は決して良くはなかったけれども。
爪は立てないぞ、と、得意満面の仔猫は思った。もうこいつは、俺の下僕だ。下僕は大事に扱わなくちゃ。
少年は目をつぶっていた。その瞼をそっと足で踏む。
「うわあ」
閉じた口から、小さな声が洩れた。
「ふみふみ」
前足で踏みつける。もちろん、爪なんか出してない。どちらかというと、瞼をマッサージするような踏み方だ。
少年が、夜遅くまで机に向かっていることを、仔猫は知っていた。少年も、貴族とは名ばかりの貧しい家の子だった。その上彼は、伯父の家で育てられてた。両親の愛もろくに知らず、引き取られた伯父の家で、さぞかし遠慮してきたに違いない。今だって、せっかく出してもらった学費を無駄にするわけにはいかないと、頑張って勉学に励んでいるのだ。
仔猫、もとい、オーディンも貧乏貴族の出身だが、彼にはたくさんのきょうだいがいる。両親の温かい愛の中で育った。にもかかわらず、名門である王立士官学校の、きらびやかに着飾った貴族の子弟の間で、こんなに孤独だというのに。
新たに下僕となった少年が、無性にいじらしく思えた。
「ふみふみふみ」
凝った瞼を、柔らかな肉球で丹念に踏んで、揉み解してやる。
「気持ちいい」
固く閉じた唇から、ため息が漏れた。
「お前、上手だな」
褒められて嬉しかったので、サービスとして、目の下の隈をぺろりと嘗めてやった。
「くすぐったい」
くすくすと少年が笑い出した。仔猫は顔から滑り降りた。念願の上になれて、大満足である。柔らかいマットレスの上にきちんと座り、前足で丹念に顔を洗い始めた。
「お前、本っ当に可愛いのな」
長い二本の腕が伸びてきた。あっという間に仔猫は、胸に抱きすくめられた。
「それにあったかいし……。もう少し、こうしてていい?」
「みゃう」
すぐに健やかな寝息が聞こえた。ごろごろと喉を鳴らしながら、猫は安らかなその寝顔を見守っていたが、やがておもむろに、少年の腕の中から抜け出した。
よっこらしょと、胸の上によじ登り、蹲る。ここが一番、暖かいのだ。
「ふみぃ!(やっぱ、上でなくちゃな!)」
fin
※このお話は、BL小説「転移した体が前世の敵を恋してる」(R18)の、スピンオフです。Ⅱ章「同窓生」の少し後の出来事です。R18シーンが入らないので、こちらに置きました。もちろん、これ単体でもお楽しみ頂けます。
ムーンライトノベルス「転移した体が前世の敵を恋してる」
(未成年の読者様に配慮し、リンクは控えさせて頂きます)