異世界ハロウィン怪異譚~存在しない路地で~
「なーにが『ハロウィン』だよ。くだんねぇな」
仮装をして走り回る子ども達を見て思わず愚痴がこぼれた。
俺の名はエドガー。大国、イリス王国の宮廷魔術師のひとりである。
何故俺が愚痴っているのかと言えばこの『ハロウィン』が嫌いだからだ。
冬を迎える前の約5日間、天に還った死者の霊が家族の元を訪ねてくるという古くからの行事。
家に食べ物などを備え、失礼のない様に迎え穏やかに過ごす期間だったはずだ。
だが風習と言うものが時代と共に形を変えていくのはある種の宿命だ。
この世界には『転生者』という別世界から来た人間が一定数存在する。
彼らがもたらす様々な情報や文化、時には技術がこの世界を発展させてきた。
このイリス王国でも転生者により様々な文化が形を変えてきた。
ハロウィンもそのひとつ。元は『謝霊祭』という名前だったがいつのまにか『ハロウィン』という名が定着した。
ハロウィンが異世界では『聖人たちの夜』とかいう語源だったある異世界人が言って国王陛下が『やっべ、それ神聖っぽいし女神教の行事として取り入れようぜ』ってなったのが始まりらしい。
そんな陛下も最近王位を王女殿下に譲り退位している。ついでにハロウィンも退位させて欲しかった。
子ども達は仮装して家々を回りお菓子を貰うようになった。
カボチャをくりぬいた灯具を飾っていたりと不気味な雰囲気を醸し出しつつ少し楽しげだ。
更に奇妙さを出しているのは『野菜の馬』だ。
野菜に串やらを突き刺して馬として見立て、死者の霊がそれに乗ってくるという事らしい。
というわけで街中にこういった謎のオブジェが配置されている。
この辺の雑な所はイリス人っぽかったりするんだよな。絶対い色々混ざってる。
さて、ハロウィンとは何かおさらいしたところで何故俺がそこまでハロウィンを嫌うのか?
それは……『彼女とのデートが潰れた』からだ。
王立図書館で司書をしている彼女でデートの約束をしていた。
しかしあろうことか『ハロウィンのイベントで子ども達にお菓子を配らないと』という事でデートが流れてしまったのだ。
「おもしろくねぇ」
子どもはお菓子を貰い。大人は仮装をして楽しむらしいが俺にそんな趣味はない。
そんな人間にとってハロウィンは地獄だ。
「トリック・オア・トリート!!」
家々を回りお決まりの言葉を紡ぐ子ども達。
その中に、明らかに大人の女性が混じっていた。
「あれは……確か宰相んとこの奥方だっけ?」
新しく宰相になったパレオログ公爵。その妻である若き公爵夫人が普通に仮装してそこに居た。
物凄く信仰心が厚く知的だが病弱で表舞台にはほとんど顔を見せないらしい。
でも、変な所で姿を見せてるぞ?
多分、夫について王都へ来たんだろうな。
「病弱ねぇ……そうは見えないけどな」
普通にお菓子を貰って喜んでるな。思ったより子どもっぽい。
公爵夫人については平民出身という事しかわかっておらずその出自は謎に包まれているという。
そしてその出自を『探ってはいけない』と言われている。
探ろうとしたものは姿を消してしまうとかなんとか。
何だよそれ、ちょっとした怪談じゃねぇか。
まあ、大方どこぞの有力貴族の隠し子とかそういうことなのだろう。
もしかして女王陛下と歳が近いので異母妹とかだろうかと色々想像を膨らませ調べようとしていた時期があった。やべぇと思って途中でやめたけどさ。
「ねぇ、君」
下を向いて考え事をしていたら声を掛けられた。
顔をあげるとそこには正に先ほど思いを巡らせていた公爵夫人が立っていた。
「は、はい!?」
まさか俺が出自を調べようとしていた事に気づかれた!?
やべぇ、消される!?
「陰気な顔してたらダメだよ。そういう沈んだ顔をしてたら悪い霊が寄ってくるよ?『謝霊祭』の時期は悪い霊も動くから気をつけないとね。引き寄せちゃうよ?」
手渡されたのは1個のキャンディ。
味は『サワーフロッグ味』。何の嫌がらせだよこれ。
「ほら、これでも舐めて元気になってね。それじゃあ、ハッピーハロウィン!」
立ち去って行く若き公爵夫人を唖然として見送りながら俺は胸をなでおろした。
「はは、寿命が少し縮んだ……」
□
何が『悪い霊が寄ってくる』だよ。そんなのただのゴーストだろ?モンスターの類じゃないか。
とりあえず家に帰って酒でも飲んでふて寝しよう。
だがハロウィンによって人が溢れている為、何というか移動に時間がかかる。
俺が嫌いなもののひとつが『人混み』だ。
辟易としていたのだがふと、人通りのない路地が目についた。
こんな所に道なんかあったっけ?
いやまあ、俺もそんな詳しくないけどさ。でも……ふと思った。
「これ、近道じゃね?」
ここを突っ切れば大分短縮になる。
俺の直感がそう言っていた。
灯りも無くて不気味ではあるがそんな長くもない距離だ。
あちら側の通りの明かりまで目測でも数十メートルだ。
「へへ、ついてるな。ハッピーハロウィンってやつかな?」
俺は皮肉を口にしながら路地へと足を踏み入れた。
入った瞬間、周囲の温度が数度くらい下がった様な、そんな感覚がした。
まあ、路地裏なんてそんなものだろう。
薄暗い路地を進んでいき後十数メートルであちらの通りに辿り着こうかという時、ふと背後から気配がして足を止めた。
あー、やっぱりか。ごろつきとかそんな連中が潜んでたかな?
だがこちらとら宮廷魔術師。魔法の心得もある。
「一応忠告しといてやるけどさ、悪いこと考えてるなら……止めたほうがいいぜ?」
言いながら振り向き、思わず『うおっ』と声が出た。
俺から数メートル離れた場所に白髪の老婆が裸足で立っていたからだ。
何だよ、近所の祖母さんがボケて出てきただけか。
「あの、おばあさん。ここは暗いですし、それに寒いから風邪をひき……!?」
そこで気づく。
老婆はあまりにも軽装だ。直前まで家の中に居たとしてもその格好は、完全に季節外れ。
しかも老婆は視線を動かすことなく呆けた表情でこちらをじーっと見つめている。
明らかにおかしい。
「あー、それじゃあ……えーと……その……」
老婆がゆっくりと歩き出した。
同時に俺は本能で危険を感じ踵を返し走り出していた。
やべぇ!!
絶対ダメな奴じゃんあれ!!
ともかくこういう時は逃げる!
明るい通りにさえ出れば問題はない!
だけど……
「おいおいおい、何でだよ!?」
さっきからかなり走っているのに出口に辿り着けない。
そこに見えているのに。進んでいるはずなのにたどり着けないのだ。
振り返れば老婆はゆっくりと一歩ずつこちらに距離を詰めている。
これは異常事態!こいつは明らかに敵ッ!攻撃してもいいんだよな!?
俺は雷の矢を老婆目掛けて放つが老婆の歩みは止まらない。
「何だよこいつはぁぁぁッ!?」
依然として出口へはたどり着けない。
もし捕まってしまったら……
「い、嫌だぁぁぁ!助けてくれぇぇぇ!!!」
力の陰り叫ぶが誰にも届かない。
まさかここだけ空間が分断されてる!?すげぇ高等魔法じゃんとか一瞬思ったがそんな場合じゃ無いんだよ!!!
老婆の手が俺にかかろうとしていた。
「誰か、誰かぁぁぁぁ!!!」
瞬間、出口から飛び込んで来た人影が俺を掴む。
「しっかり掴まって!!!」
その人物は俺の腕を掴み引き寄せる。そして……
「ごめんね、おばあちゃん!!」
老婆の顔面にパンチを入れて殴り飛ばす。
「えぇぇぇ!?」
老婆は数回バウンドしながら路地の奥へと姿を消していった。
「さぁ、今の内!!」
促され俺はその人物に手を引かれながら路地から脱出した。
□□
「し、死ぬかと思ったぁ」
俺は地面に座り込み空気を目一杯吸い込んだ。
生きてる!俺、生きてるよ!!
「だから言ったでしょ。『悪い霊が寄ってくる』って」
俺を助けてくれたのは先ほどの公爵夫人だった。
「あ、ありがとうございました。い、今のは……」
「200年位前にあった路地で亡くなった人だよ。再開発で路地は無くなって、家族も居なくなった。あの人は未だに『存在しないはずの路地』を彷徨ってるんだ。中々出て来ないから浄化させるのも難しいんだよね。今見た感じだと『エルダーゴースト』化してるね」
マジかよ。『エルダーゴースト』と言えばゴースト系でも最上位だ。
そりゃ俺の魔法なんか効かないわけだ。
あれ?でも公爵夫人は殴ってたよな?物理攻撃なんかもっと効かないはずなんだけど……いや、考えるのは止めておこう。考えれば考える程色々と怖くなってきた。
「この国の聖女が政変で減っちゃったのもあって本腰入れて浄化がしにくいんだよね」
数年前に起きた政変でこの国が抱えていた聖女の多くが引退した。
俺の推しだった当時『3番目』に強かった聖女も政変のごたごたで亡くなってしまったからな。
あの時は凹んだなぁ。セシル様、素敵だったのになぁ。
「時間はかかるけど何とか女神様の元へ還してあげないとね」
呟いた公爵夫人はこちらを見て少し頬を膨らませた。
「面白くない事もあるかもしれないけど、こういう時は本当に心の持ちように気をつけないとダメなの!あたしが来なかったらあのまま取り込まれてたからね」
「は、はい」
俺の返事に公爵夫人はニカッと笑い持っていた袋から小さなパイを取り出した。
「あたしのお父さんの国の言葉でね『笑っていたらふっくらする』ってあるんだ。あれ?何か違うな?『笑うカードが服となる』だっけ?あれれ?まぁ、いいや。楽しそうにしてたら自然と幸せが寄って来るって意味だよ。これ食べて元気出してね」
手渡されたパイは『スイートフロッグ味』だった。
誰だよこれ作ったの!?
「ははっ、何だよこれ。カエル味なのにクソ甘いなぁ。あははは」
「ニヒヒ、それじゃあハッピーハロウィン!」
手を振りながら去る公爵夫人を見送っていると背後から声がした。
「エドガーさん、ここに居たんですね!」
振り返るとそこには魔女の仮装をした恋人の姿が。
「イベントが終わったから急いで来たんです。一緒にハロウィンを過ごしましょ……あれ?どうしたんですか、」
「いやいや、『笑うカードが服となる』ってやつ?」
首を傾げる恋人の肩を抱き、俺達はハロウィンでにぎわう街へ歩みを進めた。
□□□
後日、宰相であるパレオログ公に会った時に先日の礼を伝えた。
すると彼は『んん?』と怪訝な表情で首をひねった。
「つまり妻がハロウィンの夜に君を救った、と。うーん、妙だな?」
「え?何でです?」
「いや、内密にして欲しいのだが妻は外国の出身でね。それであの時期は……『里帰りをしているはず』なんだ」
「へ?」
「夏ごろ、お兄さんに子どもが生まれたそうでね。本当もっと早く帰らせてやりたかったのだが私の仕事が忙しい関係で領地は妻に任せっきりだったのだ。それでこの時期に何とか帰らせてやれたんだ。だから、あの夜は国外に居たんだよ」
「いやいや、そうやって俺をからかおうとしてません?冗談きついなぁ」
だが彼の表情は至って真面目。
えっと……じゃあ、あれは……ああ、何か意識が遠のいて……
「うおっ!エドガー君!?誰か、誰か来てくれ!いきなり倒れたぞ!!」
チクショウ、やっぱハロウィンなんて……大嫌いだ。