Q,異世界に何か一つだけもっていけるとしたら? A,エクソシスト
しつこい油汚れを落とすのに同じ油を使おうだなんて、最初に誰が言い出したのだろうか?
たとえば塩素系の洗剤に酸性洗剤を混ぜてみるのならまだしも――圧力鍋に釘やパチンコ玉を詰めるというのは、同じ"思い付き"だとしても発想として飛躍しすぎている。
「まるで得体のしれない何かが耳元で囁いたようだ。」
そう考えたとしても「まさか」と心の中で笑い飛ばしてしまうのが関の山だろう。少なくとも私はその内の一人だった。
ただその時になって初めて、私は一度は笑い飛ばした何かを確かな存在としてそばに感じていたことだけは確かだ。
「――だって……悪魔とかいうから……」
今風に決めた学生服にウェーブのかかった長い金髪。テーブルを挟んできつすぎない猫目が射貫く相手は、春先に街を探せばどこにでもいそうな、そんな全身を黒で統一したコート姿の男だ。
「俺は無人島におけるナイフかライターか」
男の声に分かりやすく口元をとがらせる女性。男はそのどこまでも寝起きを感じさせるボサボサの頭に手を伸ばしては、それでもと気だるげな表情で続ける。
「まあ、でもエクソシストを選んだのは正解かもな」
「やっぱあってんじゃん!」
ぱあっとその表情を一気に明るくする女性。その溢れんばかりのパワーは、伊達に学生服に身を包んでいるというわけではないということを相対した男に一目で知らしめるものだった。
「特に俺を引き当てたところが――」
「あ、ちょっと待って。髪くずれてきた」
「人は見た目に寄るねぇ」
女性はまるでそうすることに抵抗がないのか。当然と自身の座る椅子の背もたれにかけられた学生鞄へ手を伸ばしては、ほんの数十秒の間にただのテーブルが化粧台へと様変わりする。
そうして折りたたまれた鏡を手慣れた様子で起こしては、それからほどなくしてある事実へと辿り着く。
「コンセントないじゃん……」
「人体ってのは不思議なものでな」
「あ、そういうのいいから。ていうか緋山ね。私の名前」
「ブランク・コントラクト」
「えっ?」
緋山の短い驚き。そしてすぐさま我に返ったように緋山のいぶかしむような視線が対面のブランクへと向けられる。
「ウソでしょ?」
「嘘じゃないさ。偽ってはいるけどな」
「どうみても外国人には見えないって、そう言おうと思ってたんだけど……」
「嘘から出た真ってやつだな」
「……私、おっさんにツッコむ女子高生にだけは、常日頃からなりたくないと思ってたんだよね」
「いやどんな常日頃だよ」
言葉を交わしながらも髪の手入れを続けるマイペースな緋山に、それを指摘するでもなくただぼんやりとしているだけのブランク。自己紹介ついでの探り探りの会話もそれまでに、次に口を開いたのはまた当然のように緋山だった。
「髪、直したげよっか」
緋山はあくまでも親切心を片手に、隠し切れない遊び心をわずかにその口元へと覗かせる。
「悪いが放任主義なんだ」
「夏休み明けに後悔したくないでしょ?」
もはや問答無用だと言わんばかりに、緋山はいたずらな笑みを浮かべてブランクの背後へと回り込む。
「いかした金髪で頼むぜ」
「え……もしかしてペアルックとか普通に着ちゃう人?」
「それが黒髪なら大歓迎だけどな」
「はいはい」
そうして他愛のないやり取りを続けること数分。ブランクのボサボサだった頭髪は、見事に整えられた七三分けへと生まれ変わる。
「よしっ」
「よしって、お前……鏡ぐらい見――」
「とりあえずっ、ゴブリンから行ってみる?」
ブランクの言葉をその持ち前の明るさで遮っては、そのままの勢いで席へと戻る緋山。僅かに高くなったその視線が意味するのは、そこから発生する抗いようのない引力だ。
「……まぁ、何となくわかるけどな」
「意外と似合ってて笑える」
「しかしまあ、何だ。ゴブリンってあれか。シュ〇ックみたいなもんか」
「シュッ――」
「先に言っておくと、普通に無理だぞ。あんな野蛮人」
「なんかちがうと思うけど……シュ〇ックは心優しいでしょ」
「なら余計に気が引けるな」
「……ならオークは? 人とか食べてそうなイメージあるけど」
「人は見た目が八割っていうけどな。もしかするとサリータイプかもしれない」
「どこのサリーか知らないけど……そのサリーが私の知ってるサリーなら、心優しいからどうせ無理だっていうんでしょ」
「察しが良いな」
「じゃあもう思い切ってドラゴンとかは?」
「俺を何だと思ってるんだ」
「……エクソシストでしょ」
「よく分かってるじゃないか」
ブランクは何故か嬉しそうにその眉を少しだけ上げる。
「どうしようもなく家に帰りたくなってきたんだけど……」
「ならさっさと済ませるか?」
「え?」
「その魔王とやらを倒せばなんでも一つ願いを叶えてくれるんだろ? それで帰ればいい。ついでにタクシー代程度で子供をこき使おうっていう、その自称女神様とやらにも――」
「都合のいい時だけ子ども扱いしないでくれる?」
「それって普通は逆じゃないの」
「子供みたいな言い訳しないの」
「叱られちゃったよ」
そう言ってはやれやれと、間を置かずに半笑いで立ち上がるブランク。座ったままの緋山にそっと上から目で促しては、酒場の出入り口へと向かって一人でさっさと歩いていく。
「ちょ――ちょっと! まだ何も決まってないってのに……まったく、どこに行こうっていうのよっ!」
突然の、それもブランクの有無を言わせぬ振る舞いにそれでもとその背中を追いかける緋山。ものの数歩でくるりと勢いよく踵を返しては、椅子に掛けられたままの学生鞄を手に取り、また足早にブランクの後を追う。
「ちょっと!」
「どこに行くのか。どこにいるのか。相手が仮にも魔王を名乗っているのなら、そんなのは世代どころか世界を跨いだところで一つだろう?」
「そりゃ……そうだと思うけどさ」
ブランクの答えありきの問いかけにそっと横並びになる緋山。「お姉さん」と、不意に緋山を置いてブランクが足を止めたのは、その直後だった。
「はい? 何かご用ですか?」
忙しなくもその手を止めては、さりげない笑顔を見せる女性。ブランクの"魔王城"という単語に対しても嫌な顔一つせず、顎に手を当てては少しだけ考える素振りをした後――また愛想のいい笑顔を浮かべる。
「己が勇者の資質を試せ。たどり着けるは勇者だけ。ふふっ。なんだか矛盾してますよね。それでも目指さずにはいられない。一生をかけて目指すだけの価値がある場所だって、ふふっ。ぜんぶお客さんの受け売りですけどねっ?」
「一生……」
緋山は殊更に話の一部分だけを切り取っては微妙な表情を浮かべる。それを見た女性はまた気遣うように微笑を浮かべては、その不安を振り払うように言葉を続ける。
「それでも昔に比べればかなり道が整備されているらしいです。私はもちろん行ったことはないですけど、そのうちに馬車の目的地が"魔王城行き"なんてのも珍しくなくなるのかもしれませんね」
「観光名所になる日も近い、ですか。ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ」
笑顔と共にまたテーブルを拭き始める女性。その背中をいつまでも不安そうに眺める緋山を置いて、ブランクはまた一人でさっさと歩き出してしまう。
「ちょっ、ちょっとっ」
完全に攻守が入れ替わる二人。出入り口である両開きの扉をブランクが押し開けたところで、その背後でピタリと緋山の足が止まる。
「何だ。行かないのか?」
「え……」
ブランクの押し開けた先に広がる――明らかに異質な空間。そこは酒場の"外"ではなく、薄暗さの中にある絢爛さと正に"いてもおかしくはない"と思わされる重苦しさを兼ね備えた、ある意味での答えそのものだった。
「まあ別に――」
「ぃぃいい行くっての!」
言うなればこちらとあちら。区切っていたのは大して分厚くもない年季を感じさせるだけの扉。酒場から向こう側へ。ブランクの手を離れては閉じかけたその"入口"を前に――緋山は覚悟を決めるまでもなく、ただ流れに身を任せては、持ち前の勢いと共に駆け込んだ。
♦
――音もなく背後で扉が閉じては、明らかになる全容。"向こう側"へと飛び込んだ私を待ち受けていたのは、否応なく物語が終盤に入ったことを知らせるような、そんな特別な空間だった。
「ほう……?」
――不意打ちのように奥から響いてくる低音。そこから伝わってくるのは何故か楽し気な雰囲気だった。
「ここに人が来るのはもう何年……いや、何十年ぶりか」
――目は当然のようにその出所を探しては、終わりの見えない薄暗闇を彷徨う。そして行き着くおぼろげな輪郭――。私は反射的に逸らした視線を床に落としては、そのまま瞬き一つ取れなくなっていた。
「見た目に寄らないねえ」
――身構えては冗談のように硬直した体。扉の前で"思わず"躊躇した私の直感と本能は、どうやら間違っていなかったようだ。
「それは褒めているのか?」
「さあ?」
――冷えた体と乱れた思考。耳に届くブランクのそれまでと何ら変わることのない声色に、自分でも少しだけ気分が和らいだのを感じた。
「曖昧な奴め」
――そっと誰にも気づかれぬようにと小さく息を吐く。それは同時に呼吸というそれまで忘れていた"当たり前"の行為を自分自身に思い出させてくれた。
「若い時に若いと言われると何故か反発したくなるのに、歳を重ねると満更でもなくなる。加齢とともに味覚が変化するのとそれは大差ないと思わないか?」
「まさか。人の秤に私を乗せるのか?」
「まさか。釣り合う分銅に心当たりがない」
「たわけたことを」
――呼吸が落ち着いてくると自ずとその思考も落ち着いてくる。この異常空間で圧し掛かる現実から目を逸らすことなく正常を保ち続けるにはある種のフィルターが必要だ。それが私にとってはブランクだった。ただそれが自分でも"場違い"と感じる常軌を逸した姿勢にあるというのだから、やはり私は正気ではないのかもしれない。
「単に恐れ知らずなのか……それとも無知なだけなのか。いや……相手がどうであるかなどと。それも些細なことか。さすれば私は私の役目を果たすとしよう」
「お茶うけにはとびきり甘いのを頼む。見てのとおり子連れなんだ」
「お前は……いや、どういうことだ? お前はここに行き着くまでに何ら疑問を抱かなかったのか?」
「恐れ知らずで無知な"相方"のおかげでな」
――相方。その言葉にはどこか不思議な響きがあった。だからだろうか。ブランクの一貫した語り口にここが酒場で相手がただの酔っ払いであったのなら……そんなありもしない光景に思わず頬を緩めそうになる。
「愚者にも及ばぬ怠け者どもめ……」
――二目と見ることを拒むように床へと落とされたままの視線。視界の端に映る"エクソシスト"のその堂々たる背中。私がただ未知に怯えて身を縮み上がらせているのとは違う、他者の意思が介在していない、そんな意図的な不動が今は何よりも頼もしかった。
「よく知ってるじゃないか」
しかしそれは儚い幻想。また都合の良い解釈でしかない。
「――」
――必ずしも現実が残酷である必要はないと、私は思う。ただ口から出かけた言葉は声にはならず、押し戻されるように飲み込んだ吐息は静かにその時を止めた。
消えた背中。遅れて肌に伝わる衝撃。自然と追いかけたその先で私の目が捉える現実。偽りの不動がパラパラと音を立てて崩れ落ちていくのを私はただ眺めることしかできなかった。
♦
「さて……どうしたものか」
――消えた背中を追っては、自然と跳ね上がる両肩。受け身も取れずに一瞬の内に壁へと叩きつけられたのであろう。その様はまるで糸の切れた操り人形のようでもあった。
「仮にも候補……ここまで辿り着いたことだけでも評価に値するか……」
――壁に背を預けるブランクを中心に、その背後から走ったいくつもの亀裂。どこか安心しきっていたところに頭から冷や水をかけられたようなその感覚は、まるで幼いころに大丈夫だと言われて乗ったジェットコースターそのものだった。
ブランク……。
もはや彼が何者であろうとも、たとえそれが偽りであろうとも構わなかった。ただそこに立っていてくれるだけでいい。それだけで私は安心できる。安心、出来たのに……。
――床に伏したまま、ピクリともしないブランク。頼みの綱は最早すがったところで自身をこの場から引き上げてくれることはないだろう。
「精神を矯正して駒に……いや、ゴブリンに渡して運よく生き残ればその手間も省けるか……? まあ、あとでゆっくり考えればいいことか」。
――聞きたくもない情報が頼んでもいない静寂のおかげで無駄によく聞こえる。裁判官にでもなったつもりだろうか。こちらは判決を言い渡される被告の気分だ。
私は望んでいない……。こうなることを望んだわけでもない……。
――初めから行先は定められていた。外れた先でまた新たなレールが敷かれるというのなら私はまたその上を走るのだろう。無力感に苛まれたりはしない。ただ諦めたように惨めな苦笑だけがバカみたいに漏れ出るだけだ。
ただ一つ。ただ一つだけ。
――それでも私の意思で、私の意思で私が乗るべきレールに乗せてしまった"彼"。『もの』としてこの世界に持ってきてしまったがために、付き合わせてしまったエクソシスト。ブランク・コントラクトなんていう初対面で偽名を名乗るようなバカだけは……あのバカだけは……巻き込むべきじゃなかった。
「ばか……」
――すべてを受け入れるように目を瞑っては、見計らったように首から全身へと衝撃が走る。
どうせ言葉にするなら……いや――。
彼ならきっと謝罪よりも冗談めかした態度で感謝を要求することだろう。そんなありもしない未来に安らぎに似た感情を覚えては、そっと僅かに残った意識を手放した。
そして次に目を覚ました私を待ち受けていたのは、私をレールに乗せた――あの白い場所だった――。
♦
「どうして無人島でもないのに、俺がライターを持ってるか知ってるか?」
気持ちよく寝ているところに伝わってくるのは軽い衝撃。大して冷たくもない床から立ち上がるのに、あと五分という猶予は必要ない。
「お――お前……」
手元のライターはすでに小さな火をともし、その向かう先を今か今かと待ちわびている。
「答えは俺がエクソシストで――」
懐から取り出した一枚の真っ白な紙。移り行く火はやがて炎へと変わり、その手を離れては空を舞う。
「お前が悪魔だからだ」
「今すぐ――」
灰が宙を舞い、辺りを明るく照らす紙片が床へと落ちる。
「そいつを――」
同時に床の下側へと燃え広がった炎は、反転した世界をその足元へと映し出す。
「殺せ――!」
そして我先にとその足下から競い合うように開かれる扉。足裏からその重力に引っ張られるようにして昇っていく"自称"魔王とその配下たちを見送っては、当然のようにそこには白く染まった世界が待っていた。
♦
「よくぞまたこの場所へと戻ってきてくれました」
一面の白の中でそのぼんやりとした輪郭は次第にはっきりとした色を帯び始める。
「世界の織りなす偽りの真実。その一片にあなたは触れた。あなたの選択を私は否定しません。しかしあなたの選択が間違っていないとは限らない。肯定もない世界であなたは自分が正しいと、そう言えますか?」
それは真正面から並べ立てられた否定ではない拒絶だった。
「どうでもいいな」
そしてそれは――いつからいたのか。私の、私の……? 違う。『私が』選んでしまった、いや『私が』選んだ。そう、唯一の"答え"だった。
「願いを一つだけ、何でも叶えてくれるんだったな?」
「残念ながら"もの"として持ち込まれただけの貴方にその権利はありません。その権利を行使できるとすれば――貴方ではなく、貴方の横の彼女だけです」
「それはそうだな」
エクソシストは半笑いでこちらに視線を送ってきている――ような気がした。顔も何もない、ただ存在だけがおぼろげな世界。それでもエクソシスト、ブランク・コントラクトならそうしているような、そうするような、そんな気がしたのだ。
「私は……」
「貴女には選択する権利がある。いいえ、貴女はこの場で選ばなくてはならない」
「私は、私は何も、私は何も知らない……くて……」
「知らないということもまた貴女の選択でしかない。そして選んだ以上はその責任を負わなければならないのです」
「私は――」
「無知は罪ではありません。貴女はただそうあることを選んだというだけなのです。そしてその結果として、貴女はこの場に立っている」
「子供を大人の事情に巻き込むのは感心しないな。それに今時反抗期の中学生でも約束は守ると思うぞ?」
「それもまた選ばれたが故の責務。そして選んだものの負うべき重荷なのです」
「この小さい背中に一体何を背負わせるっていうんだ」
エクソシストはまた半笑いで冗談めかした言葉を並べ立てている。いや、その一見して鈍らで、どこまでも飄々とした言葉は彼の武器なのだ。
「自称女神とか言ったな。俺は別になりたくて大人になったわけじゃないが……子供は守るもんだ」
「それは貴方の世界でのこと。選んだ私と選ばれた彼女の世界とは相容れない」
「選ばれたのは俺だ。そして俺を選んだのは他でもない、そこのー……」
なんて適当な奴なんだろう。それにどうしてこうなったのかも分からない。それでももう一度自己紹介、してみようかな? なんて。明らかに視線を向けてきている彼を前に、私は今とても気分が良かった。
「緋山。緋山英里」
「そして俺の名前は――」
「ブランク・コントラクト。でしょ?」
「そういうことだ」
「詭弁を――」
「エクソシスト」
私は気が付くと彼女の声を静かに遮っていた。
「何だ?」
「私のその権利――アンタにあげる」
「愚かな……」
「契約成立だな。そして契約は速やかに履行される」
「驕り高ぶるなよエクソシスト風情が――!」
「よく分かってるじゃないか」
そしてそれは"彼女の"足元へと現れた。扉。一枚の扉。酒場で押し開いたのとも違う、白を切り取るただ一色の黒。容赦なく、そして一切の抵抗を許すことなく、彼女の喚き声は黒へと飲み込まれていった。
辺りには水を打ったような静けさだけが残り、扉が消えると同時に崩壊を始める一面の白。たった一色その場から抜け落ちただけで、何事もなかったかのように、世界は本来の色を取り戻す。
一見して神秘的にも思える光景。ただただ圧倒される私を横目に、エクソシストは若干ニヤついた顔でこの場に一つしかない椅子を目指しては、目の前の段差を調子よく一段飛ばしで駆け上がっていく。
「よく来た勇者よ!」
気安く腰掛けた椅子から、かつての所有者が聞いたらそっと目を逸らしそうな、そんな威厳も何もない気軽さと共にこちらを見下ろしてくるエクソシスト。その余りにもなわざとらしさと微妙に残った七三の面影に、思わず苦笑に似た笑みを零してしまう。
「まったく……いい大人が何やってんだか」
「お前もやっとくか?」
「えぇ……、いいって」
自分でも可笑しいとは思うが、そう言いながらもエクソシストに目で促されては、結局その椅子に収まってしまう。
「かたい」
思ったよりも――いや、重厚な見た目通りの硬度でまた思わず笑ってしまう。
「確かに長いこと座る椅子じゃないな」
エクソシストはそう言いながら目の前の段差を軽い足取りで駆け下りていく。
「意外と似合ってるんじゃないか?」
「はあ?」
こちらを見上げては、下から冗談交じりに茶化してくるエクソシスト。一貫した姿勢とその態度に引っ張られてか、自分でも抱いたことのないような余裕に自然と顔がほころんでしまう。
「そこから世界の均衡を守るのもまた一興かもな。まあ、残りの人生を勇者として無難に歩むのもいいんじゃないか?」
「なにそれ……」
急にこちらを突き放すエクソシスト。そして他人事のように、またしても私を置き去りにするエクソシストの足下へと間髪入れず現れるその扉。咄嗟に自身の足下へと目を向けるも、そこに何もないのは自分でもどこかで分かり切っていたことだった。
「ちょっ――」
あれに落ちたら。そう考えている間にもゆっくりと開いていく扉。走馬灯のようにスローになる世界で、鈍重なままの思考がそれでもと出した答えは、何もかもが酒場の時のように私を待ってはくれないだろうという――今の私だからこそ辿りつける飛躍した囁きだけだった。
私は――!
不意に片方の眉だけを上げては、どこか挑発的にその口角を上げるエクソシスト。
気付いた時にはそう、私は自分の意思で選び、そしてエクソシストの下へと駆け出していた。
現代に戻った二人のその後を連載版として書けたらいいなあ。