朗読
小説はいい、なんにでもなれる。ある時は猫になり、ある時は魔女に、またある時は死にゆく機械にもなった。
あれはなんだっただろうか、遠い昔のことだ。小さな頃に私は母に毎日朗読をしてもらいながら寝ていた。その中で母は勇者となり龍や魔物や時には悪人を懲らしめていた。まぁ当然小さかった自分は途中で寝てしまって、ついに母は魔王を倒すことなく病気で死んでしまった。それは私が九つの時だった。連絡が遅れて行った頃には父は雨の中、外に出ていて雨に濡れていた父は先に帰ると私に言って歩いて帰ってしまった。泣いていたのかどうか、私には分からない。寡黙だった父はそれからというもの少し陽気になった。
最近の父は朝起きると仏壇の近くに座ってタバコを吸っている。私が居間に行くとタバコを消してのそっと立ち上がりキッチンからご飯を持ってくる。それから私の前に座って色んな話を始める。まぁ大体母の話になって黙るのだが、しかし今日だけは少し違った。思い出したように立ち上がったと思ったら別の部屋から小説を持ってきた。
「母さんの部屋の掃除をそろそろしないと、母さんも汚いと怒るだろうと思ってな。そうしたら出てきた。お前のもんだよ、これは。」
それはあの小説だった、母の読んでくれた小説。私は10年ぶりほどにそれを読むことにした。
それは子供向けだとしても大して面白くもなくあっけない最後だった。しかし私は10年越しに母の成し得なかった魔王討伐を果たしたのだ。私は何度もその小説を読み返した。文字はどんどんぼやけていってポタリと本を濡らしてしまった。私はしまったと目を擦って本を閉じようとした。その時するっとひとつの紙切れが落ちた。
「愛する息子へ
お元気ですか?この手紙を書いているのは私がもうすぐ死ぬからです。読む頃には死んでいる可能性が高いでしょう。この手紙に書くことは大してありませんがこの本は私が昔に書いたものです。面白くもないグダグダと書いていた頃の。実際面白くなかったでしょう。しかし私は貴方が楽しそうに聞いてくれていた事がとても嬉しかったです。あなたの父もそれは大層楽しそうに読んでくれました。きっとあの人と私は小説の趣味が合いませんね。長々とどうでもいいことを書きました。最後にこれだけはよく忘れないでください。あなたがこれからもどんな人生を歩もうがあなたの事を愛しています。私を信じて突き進みなさい。
母より」
私はそっと本を閉じた。母はここに眠っていたのか。
私はすっと目を閉じた。頬を一筋の涙が通り去った。