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富樫が余計なこと言ったせいか。
いや、言ったせいで。
優香タン(←仮名)、すっかりご立腹。
腕組みして、俺のこと睨んでる。
いや、ヤバいって。
萌えるって。
そういうカオも可愛い…
…あ、怒ってる。
すっげー怒ってる。
すいません。
何でもありません。
萌えたりしてゴメンナサイ。
…てか。
何で俺、ユーレイ相手に必死に謝ってんの?
そもそも、彼女をババア呼ばわりしたのはこいつでさ。
なのに。
何で俺が謝らないかんの?
そうこうしてるうちに、目的の駅に着いて。
俺と富樫は電車をあとにする。
可愛い優香タンは目も合わしちゃくれねぇ。
くそ。
アホ富樫。
全部、お前のせいだからな?
とりあえず、真面目に講義受けて。
それから、バイト先の麻生へ移動することになったんだけど。
あんなことのあとだから、何となく地下鉄は使いたくなくて。
バスで移動することにした。
歩いても、大した距離はないんだけど。
そこはまあ、乙女座Bだから…
カテキョのバイト終わったあと。
また、どうしようかなって悩む俺。
いいや。
バスで琴似まで出ちまえ。
そうすれば…
いや。
どのみち、琴似から地下鉄乗らねーと。
じゃ、駅まで戻って、桑園で降りるか?
でもさぁ。
あそこからアパートまでどんだけあるのよ?
…やーめた。
馬鹿馬鹿しい。
ユーレイ一匹のために、何で俺がそこまでしなきゃなんねーの?
そう思って、地下通路降りて。
定期通して改札潜って。
座席座ったら溜息出ちゃった。
ふうって。
だってさ。
いるんだもん。
優香タンが。
でもって。
何でか知らんけど、俺にしなだれかかってくるんだもん。
他のヒトには見えないだろーけど。
認めたくねーけど。
俺には、見えちゃうんだもん。
もうやだ。
どうにかして。
萌とかどーでもいいから。
俺、ふつーだから。
ふつーの大学生だから。
お願いだからほっといて。
なんて、不機嫌なカオして見せるけど。
優香タンは、きょとんとして俺を見てる。
…くそ。
馬鹿かよ俺。
何やってんだよ俺。
でもさ。
可愛いんだって。
これがマジで。
だから結局、終点まで行っちゃった。
終電ないのにさ。
…ったく。
何やってんのさ俺。
違う意味で、憑り依かれてんじゃね?
@ @ @
宮の沢駅へ降り立ってから。
俺はしばらくボーゼンとしてた。
そりゃそうだよね。
どうやって帰ればいいか判んねーんだから。
しかも、よりによって。
ユーレイと離れたくないがために、終電逃したなんて。
どんだけ女に飢えてんのよ?
馬っ鹿みてー、俺…
しょーがないんで。
胸ポケットからさくっと携帯取り出して。
小樽の兄貴に電話してみる。
リング4回鳴らして、やっと奴が出る。
こんな夜中に何やってんだか。
「 ―― 何だよ?」
「何だよってことはねーだろ?」
「言いたくもなるだろう? こんな夜中に何やってんだか」
「すげー。エスパーかよ?」
「てか、マジ意味判んねー。何の話だよ?」
「でさ。兄貴、今飲んでる?」
「さっき風呂上がって、ビール飲もうとしてたとこ」
「それがさ、俺、今宮の沢なんだよ」
「はっ? 何でお前そんなとこいんの?」
「悪いけど、迎えに来てくんね?」
「あ〜?」
いきなり不機嫌な声。
相変わらず、感じ悪い奴。
「冗談よせって! 今からそっち行けって?」
「う、うん」
「もう0時過ぎじゃねーの?」
「そうなんだけど。うっかりして終電逃しちゃってさ。何とかなんね−?」
「なんねーよ!」
「そこを何とか!」
「あ、わりー。たった今飲んじまった」
「まったまたー。嘘ばっか!」
「いやマジで。今すぐ酒飲めって、神の啓示が…」
「ちょっ、おま、何やってんの? マジでそういうことする?」
「するする。来週車検だし、ガソリンたけーし。無駄なことしたくねーのよ」
「可愛い弟が困ってんのに?」
「お前の何処が可愛いって?」
「頼むって。とりあえず、兄貴しか頼る人いねーんだから」
「だから今ビール飲んじまった」
「……」
「あっ? ひょっとして本気にした?」
「……」
「しゃーねーな。片道5000円でいいよ」
「馬っ鹿じゃねー?それだけあったらタクシー乗れるし!」
「あっ、そ。じゃ、タクシーで帰りな」
「こんな時間にいる訳ねーだろ?」
「電話で呼べ。携帯持ってんだから」
「……」
「てか。それが人にモノを頼む態度?」
「……」
「お願いしますは?」
「…お願い」
「声がちいせーな?」
「…お願いします」
「最後に舌打ちしなかったか?」
「してねーよ!」
「じゃ、待ってろ」
「マジで来てくれんの?」
「その代わり、お前んとこ泊めろよ?」
「はっ?何で?」
「明日休みだし。夜、すすきので飲みなんだよ」
「……」
「返事は?」
「…はい」
そんなんで。
寂しい地下鉄駅前で、俺はさんざん待たされて。
何とか兄貴の車に乗せて貰って。
それから、自分のアパートまで送って貰う。
で。
奴にベッドを占領されてから気付いたけど。
押し入れの中のカバンは、やけに大人しい。
しかも。
図書館行くの、忘れてたし。
それどころか。
轢かれた子の名前も確かめてねー。
全く。
何やってんの、俺?
兄貴のイビキを聞きながら。
俺はコタツの中で仰向けになってたけど。
思い出すのは、優香タン(←仮名)のこと。
何で地下鉄でしか会えねーのかな、とか。
何で俺を選んだんかな、とか。
最初のうちは、いろいろ考えてたんだけど。
だんだん、めんどくさくなってきて。
頭の後ろで腕組んだまま、目を閉じる。
しゃーねーな。
明日、兄貴が目を覚ましたら。
だまして、カバン開けさせよう。
ひょっとしたらそん中に、何か入ってるかもしんねーし。
それが、優香タンの謎を解く鍵になるかもしんねーし。
上手くいけば、彼女を成仏させられるかもしんねーし。
でないとさ。
俺、体もたねーもん。
毎日終電とかマジありえねーし。
でもさ。
ひょっとしたらまた、彼女に会えるかも、なんて。
何となく、明日を楽しみにしてる俺。
兄貴にも誰にも言えないけど。
どうよ、このシチュエーション。
何か、面白いことになりそうじゃん?