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ちょ、ありえねー。
何なんだよ、お前ら?
味方っぽく、華々しく出てきた割にはさ。
カンペキ、みかけ倒しじゃね?
なんて思ってる頃にはもう。
奴はどんどん間合いを詰めてくる。
俺の頭の中では何故か、"エアーマンが倒せない"がぐるぐるして。
E缶だけは最後まで取っておこうなんて思ってる。
てか。
リアルな話。
あの一撃食らった時点で、俺のライフは確実にゼロなんだけど?
でも。
こうなったら、やるしかねー。
あんまり引っ張り過ぎると、読者さまにも申し訳ねーし。
やるよ?
やっちゃうよ俺?
もうあとがねーけど。
後方支援も何にもねーけど。
ガキの頃から運だけは良かったって、親父も言ってたし。
奴は多分目の前にいる。
でも。
俺にはもう、暗闇しか見えねー。
くそ。
負けねーぞテメー!!
が。
掴みかかろうとしても、殴ろうとしても、手応えなし。
それどころか。
何故か俺、ずんずん押されて、ホームに戻されて。
しかも、線路側にじわじわ追い詰められてく。
うわー。
ふざけんな!
負けてたまるかっ!!
見た目は黒い塊だけど、奴だって何処かに弱点はある筈。
そう思いながら、必死にもがいてみる。
蹴る。
ダメ。
また蹴る。
はんのーなし。
しかもその間に、ますます押される。
また、突き落とすつもりなんだろう。
どーでもいーけどさ。
お前の攻撃って、毎回ワンパターンだな?
そんなん思ったら。
突然、ぐっと胸元掴まれた…気がする。
ふわりと浮く足。
げっ。
ちょっと待った!
そりゃねーわ!!
てか、サーセン!
前言撤回!!
それよりねえ、正々堂々と勝負しません?
しましょうよ!!!
お願いだから!!!!
な〜んてことをわめきながら、ほぼ涙目の俺。
でも、負ける訳にはいかねー。
なんで。
考え読まれないよーに、無駄なこと思い出す。
最初に考えたのは、まゆちゃんのこと。
人身事故のアナウンス。
反対側ホームの人だかり。
しかしまるで他人事の俺。
エスカレーター上って、大学行って。
何事もなかったかのよーに、講義受けてた。
それから。
カバンの中に入ってた何か。
初めて、彼女の姿見た時のこと。
ユーレイにしては可愛いなって、ただ単にそれだけだったのに。
親しくなって、沢山話して。
そんなことしてる間に、どんどん彼女のこと好きになって。
調べているうちに、ますます感情移入しちまって。
地下鉄でしか会えない彼女のことを、可哀想に思うようになって。
まゆちゃんの元カレに、本気で嫉妬して。
いや。
ぶっちゃけ、俺なんかよりよっぽどいい男なんだけど。
嫉妬抜きにしても、どうしても許せなくて。
ガキみたいな報復したりして。
俺の肩にこてんって頭乗っけてくれたまゆちゃん。
前払い的なキス。
思いがけない告白に、悩んだこともあった。
誰にも相談出来ねーし、誰も信じてくれやしねー。
でもね。
まゆちゃんは、確かにそこにいて。
俺のこと、見ていてくれる筈。
ヘタレな乙女座Bだけど。
基本リュックの秋葉チャンだけど。
俺、初めて、誰かのために立ち上がって。
誰かの役に立ちたいって思った。
ユーレイでも何でもいい。
彼女のこと好きだから。
どうにかして、ここから出してやりたくて。
そのために。
俺が出来ることなら、何でもやってやりたいって。
そう思った。
だから。
そう。
負ける訳にはいかねーの。
当てにならねー援軍も、冷たい従妹も。
能天気な家族も、不気味なニセ巫女軍団も。
あんな連中の手を借りなくても。
俺、やってのけるから。
これ以上、悪霊の犠牲になる人が出したくねーから。
これ以上、まゆちゃんに辛い思いさせたくねーから。
押されて次第に息が苦しくなる。
かかとの後ろにはもう、何もない筈。
でも大丈夫。
さっき電車が出たばかりだから。
あと5分は来ねーだろーと。
そう思ってた俺の耳に飛び込んできたアナウンス。
「間もなく、宮の沢行きが到着します。黄色い線の後ろまで下がってお待ち下さい」
…。
ちょ。
今度こそ、ピンチ?
てかさ。
何やってんの、駅員!
助けに来いって!!!
@ @ @
援軍なんか当てにしねーって言いながら、必死に駅員の姿探す俺。
やっぱヘタレなんだよな。
冷静にそう分析しながらも、諦めず。
とりあえず、やれるだけのことはやってみる。
奴に抱きついた(つもり)。
で、押し返した(つもり)。
足払いかけた(つもり)。
…ダメじゃん。
ぜ〜んぶ、つもりだし。
てか。
生身の俺が、霊相手にどうやって戦えと?
せめてググってくれば良かった。
世界の何処かに答えはあっただろーに。
何てゆーか。
そーゆーとこ、ほんっと詰めが甘いんだよなぁ。
ホーム脇ぎりぎりんとこで、何とか持ちこたえてる俺。
意外と脚力はあんのよ、こー見えて。
そしたら今度は、首を絞められてるよーな感覚。
マジで苦しい。
てか、テメー。
この卑怯者!!
俺、必死。
かなり必死だけど。
苦しいもんはどーやったって苦しい。
つーかもう、本気で死にそうだ。
でも、諦めるもんか。
そう思って無駄な抵抗繰り返しながら、ふと考えた。
もしここで俺が死んだら、どうなるんだろうって。
まゆちゃんみたいに、ずっとここにいることになるのかって。
でもそしたら、ずっと一緒にいられんじゃないかって。
まゆちゃんと二人…
じょーだん。
そーゆーハッピーエンド、俺キライなんだよね。
第一。
まゆちゃんにとって、それが果たして幸せかどーか。
俺がこの先どーゆー扱いを受けて、何処に行くか判んねーってのに。
天国か地獄か知らねーけど、ここにいられるって保障は何もねーだろうが。
だとしたら。
まゆちゃんはまた、ずっと一人きりになっちまう。
家にも帰れず、成仏も出来ず。
それは、やっぱりダメじゃねーの?
たった19年しか生きてねーけど。
俺にだってそれくらいの分別はあっから。
いざとなったら、テメーを道連れにしてやる。
そう思った途端。
全身に、力がみなぎってきた。
やってやる。
絶対、やってやる。
これ以上、テメーの好きにさせっかよ!!
首を絞めてた力がふっと薄れた時。
俺は奴のふところに飛び込んでやる。
ぬらぬらとした、湿気みたいな感じ。
明らかな血の臭いと、ぞっとするような圧迫感。
何だよ。
最初から、こうすれば良かった。
かなりな抵抗を感じながら、裏側に突き抜けて。
ふと見ると、俺の体も少し透けてる。
あーあ。
ちょっとだけくれちまったか?
ま、いいや。
これでダメージ与えられるって判ったら、もう遠慮しねーぜ。
ホームの向こうから、到着する電車の光が見えた。
俺の周りは、すっかり時間が止まってる。
巫女軍団も、乗客も、ぴくりとも動かない。
そんな中、電車だけが着々とこちらへ向かってくる。
何だかシュールな光景。
奴がくるりと向きを変えた(気がする)。
でもって、俺を鋭く睨みつけた(気がする)。
で、再び飛びかかってくる。
これは気のせいじゃない。
俺、あっさり後ろに弾き飛ばされて。
背中思いっきり、床に叩きつけられた。
でも。
あいつに向かって行こうとしても、何故か足が動かねー。
ずるずると、後ろに引っ張られる。
ちょ、何で?
あと少しなのに。
あと少しで、倒せる気がしてるのに。
その時。
俺の前に、白い物体がふわりとやって来る。
またあいつらか?
一瞬そう思ったけれど。
それは薄れることも、消されることもなく。
むしろどんどん、輝きを増していく。
あまりの眩さに目を閉じた時。
美奈ちゃんの声が聞こえてきた。
いや。
彼女が厳かに唱える、天津祝詞が。
「高天原に神留坐す、神漏岐、神漏美の命以ちて ―― 」