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美奈ちゃんの警告に。
俺、一瞬固まって。
それから、深呼吸する。
マジかよ?
もう来てんの?
勘弁してくれよほんと。
なーんて思ってると。
美奈ちゃん、一行にてきぱき指図する。
「計画変更。ここでやっちゃうから」
「あ、なんで?」と、アホ富樫。「ひょっとしてもう来てんの?」
「そう。だから、準備してくれる?」
小4にタメ口きかれてる富樫に同情するべきか。
それとも、それにはいはい答えてるあいつを笑ってやるべきか。
漫然と悩んでるところに、電車が到着。
でも。
その乗客の異様さに、俺は気付いた。
だってね。
乗ってる奴の殆どが巫女服なんだから。
そりゃあもうびっくりするよ。
てか、引きまくりだよ。
そんな俺の動揺にはお構いなしで。
大量の巫女軍団が、ホームに溢れ返る。
なもんで。
俺達全員身動き取れず、巫女集団も身動き取れず。
たちまちカオスになっちまった。
「ちょ、何だよこれ?」人混みに揉まれながら、富樫がわめく。「どーなってんの?」
「知らんし!」俺は、冷たく言い放つ。「お前が何かやったんじゃねーの?」
「大通公園でイベントあるらしいよ!」杉本の声だけが聞こえてくる。「ソーラン祭りみたいな」
「巫女巫女フェスティバルだって!」と、部長が叫んでる。「アホかてめーら! ちゃんと日程調べたのかよ!」
「何だよその巫女巫女フェスティバルって?」俺、今世紀最大に呆れてる。「馬鹿じゃねーの?」
「どーでもいいけど。これじゃ香も焚けねーし!」
「あの。ホームで香なんか焚いたらまずいっしょ?」
「じゃあどーすんだよ?」
「テレビではやってたぞ?」
「あれはちゃんと許可貰っての撮影だから…」
「何でそれを早く言わねーの?」
「どんな儀式するのか知らなかったんだもん!」
「てか、何だよ巫女巫女フェスティバ」
「だから! 巫女萌え女子のコスプレ大会だってば!!」
「巫女萌えは男の特権じゃ?」
「誰がそんなん決めたのさ?」
「したっけ、三国は何やってんの?」
「あ、俺ここここ」
「見えねーし!」
「いるっしょ?」
「見えるかっ!」
「いるって!」
「背伸びしろって!」
と。
豊平川の花火大会並みの混雑の中で。
最早、誰が何処で何言ってんのか。
何やってんのかさえ全く判らない状態。
つーかわや。
完璧わや。
エレベーターに殺到する巫女軍団と、一般の乗客と。
俺達の集団が見事に混ざり合ってて、もう訳判らん。
これじゃ凶悪なユーレイも手が出せまい。
そう思った時。
はっきりと、富樫の声が聞こえてきた。
「おーい! 三国ぃ!!」
「何?」
「お前、何処にいる?」
「だーかーら、ここにいるって!」
必死に手を振ったら、ようやく見つけてくれた。
ったく、使えねー。
内心、ちょっとイラっとしていると。
富樫は引き続き、こんなことを訊ねてくる。
俺が予想もしてなかったことを。
すっかり忘れてたことを。
「…で、美奈ちゃんは?」
@ @ @
「 ―― へっ?」
「近くにいるのか?」
「あ、いるいる! いるに決まってる!!」
慌てて美奈ちゃんを探そうとしたけれど。
唯一のリアル巫女は、何処にも見当たらなくて。
俺を押しのけてくるのは、バッタもん巫女ばっか。
言いたかねーけどさ。
それも、うちの部の女子以上に無謀な奴ばっか。
いやでも、そんなんはどーでもいい。
てか。
この状況、マジでやべーわ。
非常事態だわ。
「美奈ちゃん?」
俺、大声出す。
オバQみたいな巫女もどきが、じろっと一瞥する。
マジうぜー。
こっち見んな。
「美奈ちゃん!」
返事がない。
ただのしかばねのようだ。
なんて言ってる場合じゃねー、俺。
「美奈ちゃん!!」
いよいよ増えた巫女掻き分けて。
俺、何とか前に進もうとする。
あれか?
これか?
いやちげー。
てか、似たような服の奴ばっかりで。
似たような後姿の奴ばっかり。
いやいや、美奈ちゃんは小四だから。
ちっちゃいから。
絶対に、見分けられる…筈。
「美奈ちゃん!!!」
呼べど叫べど返事はなく。
俺はじわじわと不安に襲われる。
いや〜ね。
これで大将出ちゃったらどーする訳?
あたし丸腰なのに。
ヘタレなのに。
一人で戦えって仰るのん?
いつになくテンパって半分オカマ言葉になりつつも。
俺、涙目で美奈ちゃんを探す。
不気味な白装束集団掻き分けて。
「みーなーちゃーん!!!!!」
渾身の叫び。
しかーし。
返事なし。
やべーな、オイ。
彼女、敵前逃亡したか?
なんて疑ったのがいけなかったのか。
また、ぐいって右腕掴まれる。
うわ。
やだよ。
来たよ。
来ちゃいましたよ。
勘弁して下さいよ。
と思いながらも。
頼りになるのは、自分しかねーから。
意を決して向き直る。
くそ。
ユーレイだろーと、何だろーと。
やってやろうじゃないの?
行くわよ?
本気で行っちゃうわよ?
こう見えて、怒らせたら結構怖いのよ?
そう思って薄目開けたら。
そこには、俺の予想と違うものがいた。
ぼんやりと白い塊。
でも、ほんのりあったかい。
掴まれてるのは判る。
でも、形はない。
どくん。
心臓が鳴る。
え。
ヤバくない、これ?
だってね。
増えてんだから。
その白い物体が。
俺が見てる間にも、どんどん数が増えてくる。
線路から、ホームから。
壁から、エスカレーターの上から。
そりゃもう、ありとあらゆるところから湧き出して。
人の上をふわふわ飛んだり、消えたりしながら。
転がり落ちるように、集まって来てんだから。