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いよいよ、決行当日。
しかしこれが何故か、土曜日なんだな。
でもって、午前中なんだな。
というのは。
美奈ちゃんと叔母さんが、その時間じゃないと都合つかないって。
その週の始めに、こんなこと言い出したからで。
「ごめんねヒロくん、ついでだから、4プラとか寄ってみようかと思って」
な〜んて言って、叔母さん笑うから。
俺、断りようがない。
だって、スポンサー様だから。
悪霊祓いのために、娘連れて、わざわざ札幌まで来てくれんだから。
それぐらい、しょーがないっしょ。
「あ、勿論です」
「で、美奈もどっか見たいとこあるんだって。だから出来れば、さっさと済ませたいのよ」
「はぁ」
「午前中、地下鉄行って。ちゃっちゃっと終わらせて。狸小路でランチしよっか」
「あ、はい…」
「で、そうそう。ヒロんとこも全員行くっぽいよ?」
「…はっ?」
「うちほら、プリウス買ったんだ? したっけ、まだ遠乗りしてなくってさぁ」
「はぁ……」
「札幌遊びに行くって言ったら、皆行く行く! って」
「……」
「…うん?ひょっとしてダメだったかい?」
「…いえ。今更ダメってことは…」
な〜んて言いながら。
電話切ってから、深々と溜め息ついちゃう、俺。
…あのさ〜。
皆さん、何か勘違いしてません?
今回の目的、何だと思ってる?
とはいえ。
美奈ちゃんがいなけりゃ、俺等の一回戦敗退は明らかな訳で。
打ち合わせ通り、10時に大通に集合する。
俺はいちおー、美奈ちゃんが事前に送ってくれた霊水みたいなのを頭にぶっかけて。
風呂上がりみたいな状態で、ポールタウン入り口に立ってた。
そこへ、続々と部員が集まってくる。
「おっ、吉野!」
「佐々木、見参!」
「南だよ〜ん」
「いやいや、モッチー! 久し振り!」
…ん?
和気藹々と盛り上がる連中をチラ見するなり、その異様さに気付いた俺。
だってね。
何故か女子は皆、巫女服着てるんだ。
で。
南や佐藤といった一般人クラスの女子ならともかく。
お前幾ら何でもそりゃ無謀だろう? って突っ込みたくなる御仁まで。
あー、はち切れる。
巫女服がはち切れる。
ぱっつんぱっつんだってーの。
てか。
お前等それいつの間に揃えたの?
てかさ。
お前等全員、趣旨間違えてねー?
頭痛を耐えてたら、今度は背中どつかれた。
前のめりになりつつ振り返ると、そこには富樫がいて。
いつものリュック背負って、げへげへ笑ってる。
何かヤな感じ。
「おう、三国ちゃん! いよいよ決行だって?」
「まーな。やるしかねーだろ、こーなったら」
「じゃあ、俺はレスキュー班ってことで」
言いながら。
奴は何故かぶっといナイロンザイルを俺のベルトに通しやがる。
こら、こら!
何をする!!!
「この前の例があっからさ。万が一、ユーレイに持ってかれたらまずいっしょ?」
「あのなー! 犬じゃあるまいし。何だよこれ?」
「遅れてんな、お前。今は子供もこーやって繋ぐんだぞ?」
「ふざけんなっ! 立派な人権侵害だろーがっ!!」
「あーうるさいうるさい」奴は根負けして、ザイルを引っこ抜く。「これだから法学部は…」
「ちげーしっ! 俺は教育学部だっちゅーのっ!」
なんてぎゃあぎゃあ騒いでたら。
近隣住民から、冷たい視線をこれでもかと浴びせられちまった。
てかね。
皆遠足気分だし。
合コンのノリだし。
終わってから何処に行くって話ですでに盛り上がってんの。
やれやれ。
どーする、三国?
こんなことになんなら、別働隊なんか集わずに。
美奈ちゃんと二人でやった方が良かったんじゃねーの?
つーかさぁ。
マジで、勝算ねーよーな気がしてきたんだけど?
だってね。
相手、ユーレイなのに。
まゆちゃんだけじゃなく、その他に何人も、罪なき市民を電車に轢かせてる奴なのに。
全国ネットにも公開された、由緒正しき悪霊なのに。
こんな状態で、あいつと対決出来んのか?
こんなんで果たして、あいつを浄霊出来んのかよ?
@ @ @
そんな感じでがやがやしてるところへ、真打登場。
リアル巫女の美奈ちゃんだ。
が。
彼女はごくフツーの格好。
ミニスカの下にスパッツ穿いて、ピンク色のTシャツ着て。
あーあ。
巫女萌えの俺としては、早くも予想を裏切られたぜ。
「何がっかりしてんのよ?」気付いてか、美奈ちゃんは鋭い一瞥をくれる。「わざわざ来てやったのに」
「いや、今日は巫女服着ないのかなーと…」
「あのさ。あれは仕事着なの。あんな格好で街歩いてたら、バカみたいでしょ?」
「まあね」
美奈ちゃんの意見はごもっとも。
しかーし!
そのバカが周囲に12人もいるこの状況ってどーよ?
てかさ。
お前等、大学生にもなってコスプレたぁ情けねー。
少しは恥を知れ。
んなことを思ってると。
いきなり背後から、がしっと両腕掴まれた。
ぎょっとして振り返ると、そこにはでかい図体の二人。
あーんど、チェシャ猫顔の女子高生。
「いやいやいやいや、土曜ともなると混むもんね!」
「高速は空いてたけどね。駐車場なくて参ったわ!」
「おにーちゃん、いい加減髪切れば? 相変わらずむさ苦しいんだから!」
などと、相変わらず空気読まないうちの両親。
相変わらず態度のでかい俺の妹。
プラス、美奈ちゃんの母。
つまり俺の叔母さん。
知床に棲息してそーな俺のおふくろとは大違いの美人さんなんだけど。
その見た目に似合わず、かなりブラックなお人でもある。
そう考えると。
美奈ちゃんのブラックさ加減はまさしく遺伝な訳で…
「ヒロ!」美奈ちゃん、基本呼び捨て。「で、何処でやんの?」
「いや、東西線のホームにしようかなと…」
「人が多過ぎるから危ないよ。別の場所まで移動した方がいい」
「うーん。そっか。何処にする?」
「知るか」美奈ちゃん、基本タメ。「あんた地元でしょう?」
「そりゃそうなんだけど。じゃ、二十四軒にしよう」
「何で?」
「とりあえず、ここよりは混まないっしょう?」
「いいんじゃね?」と、富樫。「じゃ、皆さん、切符買って移動移動!」
そんなんで。
ニセ巫女12人と学生8人の野次馬20人。
それと、巫女服に着替えたホンモノ巫女と俺。
総勢22人の怪しい軍団がぞろぞろ移動する。
ん?
おふくろさん達はって?
仲良く連れ立って買い物行ったに決まってんでしょ?
お約束通り。
しかし。
東西線のホームに辿り着くと。
美奈ちゃんは何故か、ぴたりと立ち止まる。
んん?
どーした?
「…ヒロ」
「うん?」
「あんた、霊水使った?」
「使ったよ。ご覧のとーり」
「だからか」
「何が?」
ふと不安に駆られる俺。
慌てて背後を振り返るけど、なーんにも見えやしねー。
でも。
美奈ちゃんは、そこから目を逸らさない。
いつになく真剣なカオして。
「…動かないで」
小学生とは思えないシリアスな声。
そうとも気付かずに、バカ騒ぎしてる大学生。
そのコントラストが、ことの重大さをますます実感させるから。
俺も真顔に戻って、彼女の言葉を待つ。
数秒間の沈黙。
電車が来ますのアナウンス。
その最中も、その前からも。
美奈ちゃんは、感じてたみたいだ。
俺が予想してた通りのことを。
「ヒロ」
「うん?」
「もう、振り返っちゃダメだよ」
彼女は、厳かに言う。
周囲の喧騒に紛れて。
「 ―― あいつ。後ろにいる」