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その日。
講義終わってから、地下鉄乗って。
まゆちゃんに、ある程度話する。
対決するつもりだって言ったら、彼女びっくりしてたけど。
何か出来ることあるかなって訊いてくれた。
いいって。
そんなん。
全然。
てか、気持ちだけで嬉しいから。
南北線も東西線も、思ったより混んでたんで。
今回はあんまり話せなかった。
けど。
まゆちゃんにも、覚悟みたいなものはあったらしくて。
彼女は彼女なりに、俺のこと考えてくれてたっぽい。
だから。
その気持ちに応えられるよーに、俺も頑張んないと。
男三国、いよいよ正念場だぜ。
名残惜しい気持ちはあったけど。
予定通り、西28丁目駅でまゆちゃんとバイバイして。
自宅に帰ってから、冷蔵庫覗いてみる。
チルドにはしっかりと、例の左手があったけど。
前より随分と、透明化が進んでるみたいだ。
ちょ。
ヤバくね?
これが消えたら、何となくダメな気がするから。
富樫に電話して、決行日を早めることにした。
「てか、三国ちゃん。どっちかってーと、平日の方が良くね?」
大事な打ち合わせだってのに。
たまたま夕飯時だったのか。
アホ富樫、ずーーーーーーっと何か食ってやがる。
「やっぱそうかな」怒るな俺。平常心平常心。「土曜の方が参加しやすいかなと思ったんだけど」
「参加者はいーけど」くっちゃくっちゃ。「ギャラリーも多くなるべさ?」
「まあなー」
「だったらいっそ、木曜の昼とかにしちゃったら?」
「俺、ガッコあんだけど?」
「あ、そっか。俺もあった」くっちゃくっちゃ。「じゃ、終電間際とか?」
「終電だったら、帰れなくなる人がいるんじゃね?」
「それもそうだな」くっちゃくっちゃ。「金曜の朝にすっか」
「俺はいーけど。杉本とか大丈夫かな?」
「あいつはああ見えて要領いいから」ずっ、ずずずずずずずずずずずび。「大丈夫じゃね?」
「…あのさ」
「あん?」じゅるじゅるじゅる。「なした?」
「お前、何やってんの?」
「何って」ぷはぁ。「カップラーメン食い終わって。ビール飲んでる」
「俺、真面目に喋ってんだけど?」
「うん」ずっ、ずずずずずずずずずび。「だから俺も、真面目に答えてんだけど?」
「電話中に飯食うか、ふつー?」
「飯食ってる時に電話して来る方がおかしーべ?」
「……」
「それよか。巫女さんに連絡着いたのか?」
「…あ゛?」
「まさか、そっちのアポも取らないで、奔走してるんじゃねーよな?」
「……」
「俺より先に、巫女さんに連絡すべきじゃねーの?」
「……」
「んじゃ、決まったら電話して」
そー言うと。
富樫、ぶちっとケータイ切りやがる。
かー。
くそー。
何やってんの俺?
マジムカつく。
そんなんで。
今回は、俺のフライング。
不覚にも、一本取られちまった。
あーあ。
ほんっと、悔しーぞ。
@ @ @
そんなんで。
屈辱を押し殺しつつ、旭川に電話する。
出たのは、彼女のおかーさん。
つまり、俺の叔母さんに当たるヒト。
「あらあら、ヒロくん! どうしてた?」
「あ、どうもです」
「札幌にいるんでしょう? ちゃんとガッコ通ってるのかい?」
「あ、はい。いちおー」
「めんこい彼女出来たかい?」
「いや、多分まだです」
「多分?」
「で、美奈ちゃんいます?」
それ以上突っ込まれるとたまらないんで。
俺、ついにこう切り出した。
すると。
叔母さん、あっさり答える。
「あ、いるいる。今お風呂から上がったばっかりだけど」
「はっ? いや、じゃあ、あとでいいです!」
「大丈夫大丈夫。みなー! みなー!! ヒロくんから電話!!!」
げっ!
マジで?
ちょ、やめてくんねー?
と、大いに慌てつつ。
その時点で俺、思わず妄想しちまう。
てのは。
前に何度か会ってるけど。
美奈ちゃんは、ぶっちゃけ可愛い。
真っ直ぐの黒髪に、ぱっちりお目目で。
将来超美人になるに決まってる。
でさ。
あのカオで、巫女服なんか着られてご覧なさい。
でもって、みー? とか言われて御覧なさい。
にぱーとか微笑まれて御覧なさい。
もう、俺なんか総崩れ。
心臓ワシ掴みだから。
「はい」
そんな俺の妄想をぶっちぎる勢いで。
電話の向こうから聞こえてきた不機嫌ヴォイス。
あ、
やべー。
何か知らんけど、めっちゃ怒ってるっぽい。
遅い時間だったからかな?
「あ、どもども。ヒロだけど」
「知ってる」
「……」めげるな、俺。「ごめんね、夜遅く」
「ふつーはないよ、この時間電話とか」
「メールしたけど、返事なかったからさ」頑張れ、俺。「で、ほんとごめん。風呂入ってたんだって?」
「うん」
「悪いけど、ちょい急用でさ」
「……」
「美奈ちゃん、今週あたり、遊びに来な ―― 」
「やだ」
まさかの即答。
これも美奈ちゃんクオリティ。
いやいや。
ビビるな、俺。
いつものことだ。
「まー、そう言わずに。円山動物園でも、何処でも案内するからさ」
「興味ねーし」
「スイーツ食い放題とかは?」
「ダイエット中」
「あ、じゃあ。ビアホールでジンギスカン食い放題とか」
「だーかーら、ダイエット中だって言ってんでしょう?」
「……」
「…黙ってんなら切るよ?」
「ちょっと待った。あの、アレだ。すすきのツアーとか」
「未成年なんだけど?」
「駅ビルで買い物ツアー」
「この前おかーさんと行ったから」
「あの、じゃあさ。どうしたら来てくれる?」
「てか、何であたしが札幌行かなきゃいけないの?」
「それがちょっと、困ったことがあって…」
「困ったこと?」
「うん。ぶっちゃけ、浄霊のお願いなんだけど」
沈黙。
そりゃそーだ。
「…美奈ちゃん。聞いてる?」
「聞いてるけど。ひょっとして、地下鉄の奴?」
「あ、知ってんの?」
「うん」
「マジで?」
「あれは無理だから。北海道神宮にでも頼んで」
「いやいや。そう仰らず」俺、もう必死。「お願いだから、助けると思って…」
「やだ」
「まあその、そこを何とか…」
「やだ!」
「交通費とか、全部出すからさ」
「やだ!!」
「判った。そっちまで車で迎えに行くから」
「やだ!!!」
「じゃあ、こうしよう」しゃーねー。最終兵器発動。「キャンパス・ツアー付けるから。それでどうだ?」
再び沈黙。
おっ?
いい感じじゃね?
「…もう一声」美奈ちゃん、ぼそっと言う。「何かない?」
「うーん。そしたら。新さっぽろのセルレでコスメ買い放題」
「乗った!!!!!」
よっしゃー。
これで、美奈ちゃん召喚完了。
てかさ。
女って不思議。
何でコスメで釣れた?
美奈ちゃん、小四なんだけど?