表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/44

31

…で。


おふくろの余計なファインプレーのお陰で、すっっっっっっかり凹みモードの俺。

再び親父の車に乗せられて、暖龍に連れて行かれて。

黒酢豚やらあんかけ焼きそばやらつまんでみたものの。

どーも、もやもやして仕方がない。

でもね。

基本自分のことしか考えてねー親父。

珍しく、こんなスルーパスを出す。



「どうだヒロ、生ビール飲むか?」


やりぃ!

そう思った瞬間。

KYなおふくろ、すかさずカットに入る。


「ダメダメ! 未成年なんだから!」


「別にいいべや。親同伴だもの」


「いくないっしょ!」


「じゃ、俺だけ」


「ますますダメだべさ! したら帰り、誰運転すんのよ!」


「お前運転すればいいべ?」


「いやー、お父さん! あたし運転したら、命いくつあっても足りないっしょや!」


アホ同士のカウンター攻撃がひっきりなしに続いてる間。

五目春巻をばりばりっと箸で割ってる俺。

それを黙々と口に運びながら。

もう何だかすっかり嫌気差してる。

テンション下がりまくり。

防戦する気にも、応戦する気にもなんねー。


あーあ。

それにしてもさ。

あの手、何処行っちまったんだろう?

てか。

まゆちゃんに、何て説明しよう?



「お待たせしましたー」


そんな声と共に。

可愛い店員さんが、テーブルの上に何か置いたから。

俺は腕組みやめて、薄目開けてみる。

何と。

目の前にあったのは、きんきんに冷えた生ビール。

それも二つ。

でもって。

そのうちの一つを、親父が手に取って。

美味そうに飲み始めたもんだから。


おっ!

親父、やるじゃん!


なーんて。

一瞬喜んで、俺も手を伸ばす。

が。

次の瞬間。


「あ、これ、あたしの!」


と。

まさかのマルセイユルーレット発動。

俺のビール。

おふくろにさくっと取り上げられちまった。


…マジで?

それ、ありえねくね?


「ちょ、待って!」俺、咄嗟に叫ぶ。「親父もおふくろもビール飲んでんじゃん!」


「んあ?」と、親父。


「だよ?」と、おふくろ。


「したら、今日の帰り。誰が運転すんのさ!」


「あんたに決まってるべ?」おふくろ、間髪入れず。「いやー、やっぱ、労働のあとはこれだね!」


「これだねじゃねーよ。てか、誰が労働したって?」


「あんたの部屋。片付けてやったべさ?」


「どーでもいーけど。何で俺が旭川まで運転しなきゃなんねーの?」


「いやいや。今日、あんたんち泊まるから」


「はぁ?」俺、もう開いた口が塞がらない。「じょーだん。寝るとこねーし!」


「客用の布団、あったべさ?」


「ちょっ、マジで? マジで俺んとこ泊まる気??」


「ここまで来たら諦めれ」親父が、ふぉっふぉっふぉって笑う。「そーゆー運命なんだって!」


「何よその運命って?」俺、もう倒れそう。「いやー、やめようよそれ。頼むからホテル取ってよ!」


「あんたの入院費払って、すっからかんだもん!」と、おふくろ。


「別に好きで入院した訳じゃねーし!!」


「まあまあ。うちら、すすきの行くから。あんたそこまで送ってって。先に帰ってればいいべさ」


「…あのー。おたくら、ひょっとして観光しに来たの?」


「そりゃそうだべ?」と、親父。「高速代かけて来たんだから」


「当たり前っしょう?」と、おふくろ。「明日は、デパートで買い物しまくるべさ!」


あー、もう。

サイアク。

ちょっと油断してる間に、シュート入っちまってる。

しかも、ロスタイムなし。

いきなりの試合終了。

いくら肉親でもさ。

家主である俺の許可も得ず。

ビール飲むわ、すすきの行くわ。

それって、あり?

マジ頭いてー。


てか。

何この夫婦?

どうよこの展開?

どうやったらこんなに図々しくなれんの?

要らねー、こんな連携プレー。




あー、やだやだ。

ぜってー、部屋帰りたくねー。

こんな連中と一晩いたら、マジで気が狂う。

ストレス溜まりまくる。








…。




……。



いっそ、ユーレイでも湧いててくれねーかな?






     @  @  @






そんなんで。

アホ二人を、すすきのの交差点近くで降ろして。

その帰りにディスカウント・ストアへ寄って。

悔し紛れに、缶ビール一抱え分買っておく。




駐車場に車入れて、アパート戻って。

一通り、部屋ん中捜索して。

洗濯機の中からトイレの中まで見たけど、やっぱりない。

うわー。

どうしよう?

なーんて思いながら、ビール取り出した。

すまん、まゆちゃん。

とりあえず、俺の生還祝いってことで。

一本だけ飲ませてちょーだい。


プルトップに指かけて引き起こすと、ぷしっ! て音がして。

これがまた何ともいえず美味そうなんだけど。

口をつけかけて、ふと気が付いた。

あいつらすすきのに置いてきたのはいいけど。

一体どうやって戻ってくるつもりだ?


…んあ?

ちょっと待て。

迎えに行くのも俺ってこと?


じょーだん。

あいつら、ザルだし。

底なしだし。

一週間に十日飲むって言われる連中だし。

そんなバケモノ相手に、付き合えるかってーの!



でも。

こう見えて、結構策士な俺。

ちゃんと手は打っておく。

どうしたかって?

小樽の兄貴に電話してみる。

あいつったら、根っからのすすきのソープ、いや、キャバクラフリークだから。

週末、部屋にいる訳なんかねー。

そう思って直接ケータイに電話したら。

案の定、速攻出やがった。

すっげー嫌そうな声で。


「 ―― あー、ヒロ? 何?」


「いや、何ってあんた」俺、つい笑っちゃう。「あのさ、今何処?」


「"ナースステーション"」


「困った奴だな。今日も夜勤かよ?」


「金曜の夜は大抵夜勤だな」と、奴は堂々と言いやがる。「ちなみに明日も常夜勤」


「それにしてもさ。よくそんな金続くなぁ?」


「そのために稼いでんのよ。パチとか競馬とか」


「てか、最近、そこばっかじゃね?」


「んなこたねー。ちゃんとローテーション組んでる」


「"キューティーバニー"の亜里沙ちゃんは?」


「懐かしい名前だな。あんなんとっくにフラれ…っって、おい! 何の話だよ?」


「あ、そうそう。あのな、実は親父とおふくろ、そっちにいんだけど」


「はっ?」


「二人して来てんのよ。で、今、すすきので飲んでるんだわ」


「すすきの? マジで?」


「うん。グリーンビルの前で別れたんだけど。まだ電話いってね?」


「来てねーな。今んとこ」


「そっか。残念だな。あいつら、たまに抜き打ち調査しないとなって。兄貴んとこ泊まる気満々だったよ」


「うわ、ありえねー! マジやべーって!」と、いきなりおろおろしだす。「まずいって、それ!」


「どっかで待ち合わせて、拾って来るしかねーよ。どうせ兄貴もタクシーで帰るっしょ?」


「いや、マジで洒落になんねーんだけど?」


「気持ちはよーく判る」


「てか、何で札幌にいんのよ?」


「俺、今日退院したから。手続きがてら観光に来たっぽい」


「あーあ、最悪だな」


「確かに」


「てか、お前んとこの方が近いし!」


「そりゃそうだけど。兄貴、正月からずっと家に顔出してねーし。おふくろのお気にだし」


「そういう問題じゃねー。てか、わざわざ俺んとこ来なくても。お前んとこ泊まった方が早くね?」


「無理無理。そっちの高級マンションと違って。俺んとこ、二人も泊められるスペースねーし」


「客用の布団あんだろう?」と、同じこと言いやがる。「俺もついでに行くから」


「はっ? ちょ、待って。何でそんなことになんの?」


「だって、考えてみろよ? 小樽までと、そこまでと。タクシー代どんだけ違うと思ってる?」


「いやいや、ちょっと勘弁してよ。兄貴だけならいいけど、あいつらは」


「あ、わりーけどもう切るぞ? 時間もったいねーから。お前の時給よりたけーのよここ」


「だろーな」俺は、すんなり同意。「ERの安給料でよく通ってるよ」


「ERだったら余裕だろう。所詮俺はMR。センセの召し使い。タバコと言ったら火」


「火と言ったら灰皿、の世界な。判ってますって」


「ま、いっから。二人拾って、お前んち行くからさ。布団敷いて待ってろ!」


「あ、兄貴。どうせ来るなら、ついでに何かつまみ的なもんを…」


って言いかけた時。

電話はぶっつり切られちまう。

そりゃそうだよな。

高い金払って、女の子とお喋りしてる最中なんだもん。

俺だってキレる。


でも。

奴の焦りにつけこんだせいか、俺の裏工作はばっちり成功して。

兄貴があいつら連れて、タクシーで来てくれることになったから。

迎えに行く必要も、子守りする必要もなくなった。



そんなんで。

俺の任務はこれにて終了。

うるさいのが来る前に布団敷いて、シャワーして。

それからあらためて、冷蔵庫からビール取り出した。

きんきんに冷えた缶。

グラスに注ぐなんて野暮なこたーしません。

そのまんま口つける。

すると。

しゅわーっと口元で細かい泡が弾けて。

冷んやりした液体が、さーっと体の中に落ちていく。


あー。

うまー。

サイコー。

めっちゃ幸せ。



これで、まゆちゃんの手さえあればなぁ… 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ