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…で。
おふくろの余計なファインプレーのお陰で、すっっっっっっかり凹みモードの俺。
再び親父の車に乗せられて、暖龍に連れて行かれて。
黒酢豚やらあんかけ焼きそばやらつまんでみたものの。
どーも、もやもやして仕方がない。
でもね。
基本自分のことしか考えてねー親父。
珍しく、こんなスルーパスを出す。
「どうだヒロ、生ビール飲むか?」
やりぃ!
そう思った瞬間。
KYなおふくろ、すかさずカットに入る。
「ダメダメ! 未成年なんだから!」
「別にいいべや。親同伴だもの」
「いくないっしょ!」
「じゃ、俺だけ」
「ますますダメだべさ! したら帰り、誰運転すんのよ!」
「お前運転すればいいべ?」
「いやー、お父さん! あたし運転したら、命いくつあっても足りないっしょや!」
アホ同士のカウンター攻撃がひっきりなしに続いてる間。
五目春巻をばりばりっと箸で割ってる俺。
それを黙々と口に運びながら。
もう何だかすっかり嫌気差してる。
テンション下がりまくり。
防戦する気にも、応戦する気にもなんねー。
あーあ。
それにしてもさ。
あの手、何処行っちまったんだろう?
てか。
まゆちゃんに、何て説明しよう?
「お待たせしましたー」
そんな声と共に。
可愛い店員さんが、テーブルの上に何か置いたから。
俺は腕組みやめて、薄目開けてみる。
何と。
目の前にあったのは、きんきんに冷えた生ビール。
それも二つ。
でもって。
そのうちの一つを、親父が手に取って。
美味そうに飲み始めたもんだから。
おっ!
親父、やるじゃん!
なーんて。
一瞬喜んで、俺も手を伸ばす。
が。
次の瞬間。
「あ、これ、あたしの!」
と。
まさかのマルセイユルーレット発動。
俺のビール。
おふくろにさくっと取り上げられちまった。
…マジで?
それ、ありえねくね?
「ちょ、待って!」俺、咄嗟に叫ぶ。「親父もおふくろもビール飲んでんじゃん!」
「んあ?」と、親父。
「だよ?」と、おふくろ。
「したら、今日の帰り。誰が運転すんのさ!」
「あんたに決まってるべ?」おふくろ、間髪入れず。「いやー、やっぱ、労働のあとはこれだね!」
「これだねじゃねーよ。てか、誰が労働したって?」
「あんたの部屋。片付けてやったべさ?」
「どーでもいーけど。何で俺が旭川まで運転しなきゃなんねーの?」
「いやいや。今日、あんたんち泊まるから」
「はぁ?」俺、もう開いた口が塞がらない。「じょーだん。寝るとこねーし!」
「客用の布団、あったべさ?」
「ちょっ、マジで? マジで俺んとこ泊まる気??」
「ここまで来たら諦めれ」親父が、ふぉっふぉっふぉって笑う。「そーゆー運命なんだって!」
「何よその運命って?」俺、もう倒れそう。「いやー、やめようよそれ。頼むからホテル取ってよ!」
「あんたの入院費払って、すっからかんだもん!」と、おふくろ。
「別に好きで入院した訳じゃねーし!!」
「まあまあ。うちら、すすきの行くから。あんたそこまで送ってって。先に帰ってればいいべさ」
「…あのー。おたくら、ひょっとして観光しに来たの?」
「そりゃそうだべ?」と、親父。「高速代かけて来たんだから」
「当たり前っしょう?」と、おふくろ。「明日は、デパートで買い物しまくるべさ!」
あー、もう。
サイアク。
ちょっと油断してる間に、シュート入っちまってる。
しかも、ロスタイムなし。
いきなりの試合終了。
いくら肉親でもさ。
家主である俺の許可も得ず。
ビール飲むわ、すすきの行くわ。
それって、あり?
マジ頭いてー。
てか。
何この夫婦?
どうよこの展開?
どうやったらこんなに図々しくなれんの?
要らねー、こんな連携プレー。
あー、やだやだ。
ぜってー、部屋帰りたくねー。
こんな連中と一晩いたら、マジで気が狂う。
ストレス溜まりまくる。
…。
……。
いっそ、ユーレイでも湧いててくれねーかな?
@ @ @
そんなんで。
アホ二人を、すすきのの交差点近くで降ろして。
その帰りにディスカウント・ストアへ寄って。
悔し紛れに、缶ビール一抱え分買っておく。
駐車場に車入れて、アパート戻って。
一通り、部屋ん中捜索して。
洗濯機の中からトイレの中まで見たけど、やっぱりない。
うわー。
どうしよう?
なーんて思いながら、ビール取り出した。
すまん、まゆちゃん。
とりあえず、俺の生還祝いってことで。
一本だけ飲ませてちょーだい。
プルトップに指かけて引き起こすと、ぷしっ! て音がして。
これがまた何ともいえず美味そうなんだけど。
口をつけかけて、ふと気が付いた。
あいつらすすきのに置いてきたのはいいけど。
一体どうやって戻ってくるつもりだ?
…んあ?
ちょっと待て。
迎えに行くのも俺ってこと?
じょーだん。
あいつら、ザルだし。
底なしだし。
一週間に十日飲むって言われる連中だし。
そんなバケモノ相手に、付き合えるかってーの!
でも。
こう見えて、結構策士な俺。
ちゃんと手は打っておく。
どうしたかって?
小樽の兄貴に電話してみる。
あいつったら、根っからのすすきのソープ、いや、キャバクラフリークだから。
週末、部屋にいる訳なんかねー。
そう思って直接ケータイに電話したら。
案の定、速攻出やがった。
すっげー嫌そうな声で。
「 ―― あー、ヒロ? 何?」
「いや、何ってあんた」俺、つい笑っちゃう。「あのさ、今何処?」
「"ナースステーション"」
「困った奴だな。今日も夜勤かよ?」
「金曜の夜は大抵夜勤だな」と、奴は堂々と言いやがる。「ちなみに明日も常夜勤」
「それにしてもさ。よくそんな金続くなぁ?」
「そのために稼いでんのよ。パチとか競馬とか」
「てか、最近、そこばっかじゃね?」
「んなこたねー。ちゃんとローテーション組んでる」
「"キューティーバニー"の亜里沙ちゃんは?」
「懐かしい名前だな。あんなんとっくにフラれ…っって、おい! 何の話だよ?」
「あ、そうそう。あのな、実は親父とおふくろ、そっちにいんだけど」
「はっ?」
「二人して来てんのよ。で、今、すすきので飲んでるんだわ」
「すすきの? マジで?」
「うん。グリーンビルの前で別れたんだけど。まだ電話いってね?」
「来てねーな。今んとこ」
「そっか。残念だな。あいつら、たまに抜き打ち調査しないとなって。兄貴んとこ泊まる気満々だったよ」
「うわ、ありえねー! マジやべーって!」と、いきなりおろおろしだす。「まずいって、それ!」
「どっかで待ち合わせて、拾って来るしかねーよ。どうせ兄貴もタクシーで帰るっしょ?」
「いや、マジで洒落になんねーんだけど?」
「気持ちはよーく判る」
「てか、何で札幌にいんのよ?」
「俺、今日退院したから。手続きがてら観光に来たっぽい」
「あーあ、最悪だな」
「確かに」
「てか、お前んとこの方が近いし!」
「そりゃそうだけど。兄貴、正月からずっと家に顔出してねーし。おふくろのお気にだし」
「そういう問題じゃねー。てか、わざわざ俺んとこ来なくても。お前んとこ泊まった方が早くね?」
「無理無理。そっちの高級マンションと違って。俺んとこ、二人も泊められるスペースねーし」
「客用の布団あんだろう?」と、同じこと言いやがる。「俺もついでに行くから」
「はっ? ちょ、待って。何でそんなことになんの?」
「だって、考えてみろよ? 小樽までと、そこまでと。タクシー代どんだけ違うと思ってる?」
「いやいや、ちょっと勘弁してよ。兄貴だけならいいけど、あいつらは」
「あ、わりーけどもう切るぞ? 時間もったいねーから。お前の時給よりたけーのよここ」
「だろーな」俺は、すんなり同意。「ERの安給料でよく通ってるよ」
「ERだったら余裕だろう。所詮俺はMR。センセの召し使い。タバコと言ったら火」
「火と言ったら灰皿、の世界な。判ってますって」
「ま、いっから。二人拾って、お前んち行くからさ。布団敷いて待ってろ!」
「あ、兄貴。どうせ来るなら、ついでに何かつまみ的なもんを…」
って言いかけた時。
電話はぶっつり切られちまう。
そりゃそうだよな。
高い金払って、女の子とお喋りしてる最中なんだもん。
俺だってキレる。
でも。
奴の焦りにつけこんだせいか、俺の裏工作はばっちり成功して。
兄貴があいつら連れて、タクシーで来てくれることになったから。
迎えに行く必要も、子守りする必要もなくなった。
そんなんで。
俺の任務はこれにて終了。
うるさいのが来る前に布団敷いて、シャワーして。
それからあらためて、冷蔵庫からビール取り出した。
きんきんに冷えた缶。
グラスに注ぐなんて野暮なこたーしません。
そのまんま口つける。
すると。
しゅわーっと口元で細かい泡が弾けて。
冷んやりした液体が、さーっと体の中に落ちていく。
あー。
うまー。
サイコー。
めっちゃ幸せ。
これで、まゆちゃんの手さえあればなぁ…