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耳をつんざくブレーキ音。
それ聞いた瞬間、体は勝手に動いてた。
自慢じゃないけど俺、グランドセフトオートとか、メタルギアソリッドとか。
アクションゲーおたくなの。
だから、咄嗟に思い出したのは、こういう場合は横に飛ぶってことで。
ホーム下には、退避場所があるってことで。
セオリーに従って、そいつを右手で探って…
…。
……。
…退避場所、ねーし。
影も形もねーし。
暗くてよく判んねーけど。
ここって、ただのコンクリートの塊っぽい。
…嘘だろう?
さわさわ。
さわさわ。
しつこく触ってみるけど。
ねーのよこれが。マジで。
いや〜ね、もう!
これって完璧、死亡フラグ?
でも。
命根性汚い俺は、まだ諦めない。
何とか、ホーム下の狭い空間にへばりつく。
前に友達から聞いたんだけど。
札幌の地下鉄って、鉄製じゃなくゴム製の車輪使ってんだって。
そいつに轢かれると、切断されるんじゃなく、ぐしゃっと押し潰されるらしいから。
俺が幾らどMでも、そんな痛い死に方したかねーよ。
いや。
どんな死に方もしたかねー。
まだ、何もやってねーんだから。
何一つ解決してねーんだから。
これで俺までユーレイになっちゃったら、まゆちゃんはどーすんの?
一生、ここに閉じ込められたまま?
てか、俺はどーなんの?
末永く幸せに暮らしましたとさって?
じょーだん。
俺にはまだ、やるべきことあんだから。
そう簡単にユーレイにはなれねーの!
なんて思ってる数秒間に。
電車はもの凄い勢いで近付いてくる。
風圧と恐怖のせいで、まともに息出来ねーし。
目も開けられねー。
怖い。
マジで怖い。
音怖い、振動も怖い。
周囲の悲鳴も。何もかも。
こんな恐怖を、まゆちゃんも味わったんだろーか。
それで。
何が何だか判らないうちに、死んじゃったんだろーか。
今の俺みたいに。
って思ってたら。
また、ぐいって腕引っ張られて。
今度こそダメだぁって覚悟した。
くそ。
歯の根合わねー。
ちびりそう。
気ぃ失いそう。
痛いんだろーな、地下鉄に轢かれるのって。
てか。
こういうのって、賠償金とか損害金とか取られるんじゃなかったっけ?
1分間で50万とか? 100万とか?
どーしよう。
うち、ビンボーなのに。
どうやってそんな金払うんだろう?
許せ、おふくろ。
怒るな親父。
妹はどうすっかな?
BL好きの腐女子ではあるけれど。
いちおーは悲しんでくれるかな。
で、兄貴は…
あいつのことは、考えたくねーな。
絶対笑うな。
うん。
間違いねー。
バッカじゃねーの? って、笑うなきっと。
…な〜んて思ってたら。
今度こそほんとに、腕がっしり掴まれて。
ホーム下に、わらわら人が降りてきた。
挙句の果てに。
「何やってんだ!」
「怪我ないか?」
「君! 早く出て来なさい!」
って。
いろんな人から怒鳴られてんの、俺。
…へっ??
ふと見ると、電車は俺の鼻先で止まってて。
ホームにいたおっさんとか、にーさんとか。
有無を言わずに、俺を引っ張り上げてんの。
いやいやいや。
てかみんな、何処持ってんの?
「せーので上げるぞ! せーのっ!」
って。
何だよそこの自衛官。
でもって車掌。
ライフセーバー気取り?
いや、サーセン。
何でもありまっせん。
あざーす。
ご迷惑おかけしましたっす…
あ。
ちょっと待て。
痛い痛い!
そこのオバサン、リュックごと引っ張んないで!
にーさん、ベルト持たないで!
その位置ヤバい!
マジヤバい!!
ちょ、見てみー?
いいだけ大事なトコに食い込んでるっしょ!
あああああ。
ちょ、待って!!
痛いって!
大したもんじゃねーけど、ちゃんと引っかかるんだって!
でもって、マジ痛いんだって!!
@ @ @
言いたかねーけど。
それからはもう、大変な騒ぎ。
何が大変だったって?
そりゃもう大変もいいとこ。
説明するのも大変なくらい。
大掛かりな救出劇のあと。
何処も怪我してないって言ったのに、誰も信じてくれなくて。
生まれて初めて救急車乗せられて、そのまま無理矢理入院させられて。
でもって、誰かが勝手に連絡したらしく。
おふくろと親父とワンセットで、旭川から飛んで来ちゃって。
ボコられるやらわめかれるやら泣かれるやらで、もう、わや。
あ。
わやってのは、北海道方言かな?
要するに、もうぐっちゃぐちゃのしっちゃかめっちゃか状態。
兄貴は案の定爆笑してるし、妹には頭はたかれるし。
関係者各位からは事情聴取されるし、怒られるし、説教食らうしで。
ほんとわやだった。
そんなんで。
俺がようやく社会復帰した時にはもう、事故から3日も経ってて。
まゆちゃんとの約束、しっかりブッチしちまった計算になる。
あーあ。
明日ちゃんと話すって言ったのに。
どーするよ?
彼女、待ってたかもしれないのに。
俺のこと信じて、頷いてくれたのに。
全く。
やってらんねーぜ。
何でこんなことに巻き込まれたのか、よく判んねーけど。
結局、俺、嘘つきになっちゃったじゃん…
で。
いよいよ退院ってことになった時。
よせばいいのにうちの親、またもや旭川からのこのこやって来て。
俺を車に詰め込んで、ご丁寧にも、西28丁目のアパートまで護送する始末。
ん?
それって送迎じゃないかって?
ちっちっ。ちげーのよ。
単なる護送。
またヘンなことやらかされないように。
別に、親心でも何でもねーのよ。
自分達がメーワクかけられるのがイヤなだけ。
基本的にうちの家族って、そういう連中だから。
「いやいや、ほんっとここ、カビ臭いもんねぇ!」
窓を開けながら、おふくろがぼやくと。
基本的に空気読まないうちの親父、すたすた行って閉めやがる。
てか。
病院いる時からこいつら二人、アホな会話ばっかして。
他の患者さんは爆笑してるわ、俺はマジで頭痛くなるわで。
出来るもんなら、他人の振りしたいくらいだった。
でもね。
運の悪いことに、俺、おふくろそっくりなんだわ。
ガキの頃から、戸籍謄本要らないねって近所のオバサンに笑われてたんだわ。
しかもね。
うちのおふくろも乙女座B。
さらにね。
言いたかねーけど、妹もおんなじ。
兄貴は何故か獅子座O。
長男だから、いちおー考えたらしい。
てかさ。
考えたって、一体何をどう考えたんだよ?
ほんっとイミフなんだけど?
五人家族のうち、三人が乙女座Bってどうよ?
どう考えてもおかしくね?
何だよこの家庭環境?
どんだけ計画的に子作りしたのよ、あんたら?
これで俺がまともに育ったら大したもんでしょ?
すっかりブルー入ってる俺に気付くこともなく。
親父とおふくろは、大声でわめき始める。
あああ。
もう知らねー。
絶対近所から苦情来るって!
「おとーさん! なして窓閉めるのさ?」
「いーべや。寒いから」
「いくないっしょ! 換気しないとダメだべさ!」
「したっけ寒いんだもの!」
「寒いんだら何か上に着ればいいっしょ?」
「ジャンバー、車の中だもの」
「ほんっときかないねー! ちょっと、ヒロ!」
「あ゛〜?」←俺、もうやる気ゼロ。「何?」
「おとーさん寒いって! ストーブ点けて」
「ストーブ点けるだけ無駄っしょう? 窓開けてたら」
「ほんっとうるさいねー! あんたまで逆らう気?」
「ここガスストーブしかないんだから。先月も北ガス値上げしたっしょう?」
と、抗議するも。
おふくろは基本的に人の話なんか聞かないから。
さっさと元栓開けて、ストーブ全開にしやがる。
だったらいちいち人に訊いたりしないで、自分でやれって。
そう思いません?
そんなことはまあいいとして。
いや、ほんとはよくねーけど。
とりあえず置いといて。
久し振りに帰った部屋の中で、俺、何故か違和感バリバリ。
いない間におふくろが来たのは知ってるけど。
エロ本エロゲーの類がごっそり持ち去られたのも知ってるけど。
そのうちの80%が兄貴ので、15%は富樫のだから、俺は基本ノーダメージなんだけど。
でもってその手の回収品は、いつの間にか親父に回ってるってのも知ってるけど。
そういうんじゃなくて。
何かおかしいの。
何か足りないの。
そう。
何ていうか、いつもここにあった…
…。
……。
あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!!!!!
あれだ、あれ!
あれがない!!
まゆちゃんの手!
なんで?
ねえなんで?
何処行った?
何処消えた?
半ばパニクりながら、台所へ駆け込んだ俺。
見ちまった。
まゆちゃんの手を乗せてたタオルが、いつの間にか洗濯されてて。
ふつーに干されてるの。
…。
……。
ちょ。
ねーわ、これ。
マジねーわ。
ありえねー。
てかさ。
いっつも思うけど。
親って、頼んでもないのに。
何でいっつも余計なことばっかすんの?
もう、最悪なんだけど?