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…って思ったら。
ごめん。
あったさ。
ジーンズのポケットん中に。
あーあ。
俺っていっつもこうなんだよね。
切符なくした! って慌てると、大抵ありえねー場所に入れてるし。
出掛けに鍵見当たんなくてパニクってると、それが枕の下だったり。
下手すっと冷蔵庫の上だったり。
てかね。
かーちゃんにもしょっちゅう言われてたんだけど。
置く場所を決めておけって。
でもさ。
ケロロはイレギュラーじゃん?
しょっちゅう持って歩くもんじゃーねーべ?
だから、まあ、しょーがないんだよ。うん。
なーんて。
一人でうんうん納得してると。
まゆちゃん、ヘンな顔して俺のこと見てる。
そりゃそうだよね。
俺だって引くわ、フツー。
で、ようやく本題。
煤けたケロロを、まゆちゃんに見せてみる。
でもって、訊いてみる。
単純明快な俺らしく。
実にシンプルに。
「これってさ。まゆちゃんが持ってたの?」
そのケロロ見た瞬間。
彼女の顔が、ぱーっと明るくなった。
でもって頷く。
うんうん! って。
だから。
引き続き、俺、訊いてみる。
「…で。どうしたの、これ?」
そう言うと。
彼女、俺の左手取って。
一生懸命書き始める。
俺が予想もしてなかったことを。
【これ、落としたでしょう?】
「うん。そうらしいね」
【あの時、アニメイトの前で拾ったの。三国くんのだと思って取っておいたんだけど】
「…あ?」
【それからずっと、返さなきゃって思ってて。今度会った時】
「……うん」
【でも、大学でも電車でも、すれ違ってばっかりで。やっとあの時見かけたから】
「……」
【それで】
「……」
【声かけようと思って。そしたら】
そしたら。
その言葉の続きを、まゆちゃんは書こうとしたけど。
手は、ぴたりと止まってしまう。
その瞬間。
俺は珍しく、神的な勢いで空気読んだ。
てか。
考えなくても判ることだけど。
だから。
恐る恐る、先を促した。
「そしたら…その時に」
で。
何て言おう?
この先。
いっか。
いつも通りストレートで。
「電車が、ホームに、入って来た、…ってこと?」
俺がそう尋ねると。
まゆちゃん、口の端きっと結んで。
おっきな目、俺に向けて。
うん、って頷いた。
…。
……。
まゆちゃん。
ちげーし。
そこからしてちげーし。
そもそも。
これ、俺んじゃねーし。
でも、返そうとしてくれたんでしょ?
俺のこと見付けて。
そう思った時。
俺、思い出しちまった。
あの朝のこと。
混んだ地下鉄で揉みくちゃにされながら。
他人事みてーに、反対のホーム眺めてたこと。
あの時、まゆちゃんはあそこにいて。
俺に気付いて、声かけようとして。
どういう訳か、ホームに落ちて。
そのまま……
…。
……ほらみろ。
俺、もうちょっとで笑っちまいそーだったけど。
笑わなくて良かった。
何でケロロだったのか。
何で俺だったのか。
でもって。
何であの朝だったのか。
謎は全部解けた。
解けたよーな気はするけど。
はぁ。
ちょっとこれ、あんまりじゃねー?
このあと俺、どんな風にフォローしてったらいいの?
正直に言う?
あ、悪い。
これ、俺んじゃねーんだわ。
富樫のなんだわって。
このせいで、彼女事故に遭ったのに。
でもって、死んじゃったのに。
そのせいで、こんなとこにさまようことになって。
俺のこと、ずっと覚えててくれたのに。
なあ、それ。
その事実。
まゆちゃんに言える?
…あのね。
俺がいっくらアホだとしても。
鈍感だとしても。
乙女座Bだとしても。
アキバちゃんで、天然ちゃんだとしても。
…。
……。
言えっかヴォケーッ!!!!
@ @ @
さてー。
どうするよ?
どうしよう、俺?
隣には、おっきな瞳で俺を見上げるまゆちゃんがいて。
その手は、しっかりと俺の手握ってる。
えーと。
これはその、アレだよね?
謝らなきゃいけないフラグ立ってるよね?
いや。
ほんとなら、俺のせいって訳じゃないんだろーけど。
いやいや。
やっぱ、間接的に俺のせいだけど。
とゆーことは。
やっぱ、謝るべきだよね?
そんなんで。
軍曹握り締めたまま、溜め息ついて。
それから、こう言ってみる。
「要するに、その…」
ん? って。
まゆちゃん、首を傾げる。
なぁに? って感じの顔して。
「ごめん。俺のせいで、こんなことになって…」
んん? って。
まゆちゃん、まだ首傾げてる。
どーゆーこと? って感じの顔して。
「つまり。これを俺に返そうとして。ホームに落ちたってことじゃないの?」
ぶんぶん。
まゆちゃん、激しく首を振る。
で。
再び、慌ただしく、筆談再開。
【お願いだから謝らないで。三国くんのせいじゃないよ】
「んなことないって。俺のせいだって」
【そんなつもりで言ったんじゃないから】
「いや、そんなつもりとかじゃなくて。俺が直接関わってなかったとしても、流れとしてはそうじゃん?」
しゅん。
まゆちゃん、俯いちゃう。
やべー。
ちょっと言い方きつかったかな?
「あの。別にまゆちゃんのこと、責めてるつもりないし。事実としては、そーゆーことだったんだなって…」
しーん。
まゆちゃん、無言。
うわー。
どうするよ?
しかも。
電車は空気読まずに駅着いちゃうし。
でもって空気読まずに乗客来ちゃうし。
だから。
まゆちゃんはすっと席外して、いつもの位置に立つ。
俺に背中向けた状態で。
周囲には大勢の客。
おっさん、おばさん、コンパ帰りの学生、その他もろもろ。
しかも、これ終電で。
西18丁目も円山公園も、あっと言う間に過ぎちまった。
あと一駅で西28丁目に着いちまう。
ピーンチ!
な〜んて焦ってるうちに、あっさり電車はホームに滑り込んで。
俺はよろよろと席を立つ。
だってね。
小樽の兄貴なんかもうクソの役にも立たねーし。
さすがに、宮の沢から歩いて帰る元気もねー。
そんなんで。
俺、諦めた。
まゆちゃんには悪いけど。
明日出直すわ。
そう思ってたら。
ホームに下りる直前になって。
まゆちゃん、くるって振り返った。
で。
俺の手に、おやすみって書いてくる。
だから。
俺、咄嗟に言っちまった。
も一度説明するけど。
周りには、大通から乗ってきた大量の酔っ払い。
そんな中で。
何もない空間に話しかけるのは、マジ勇気要るんだけど。
まゆちゃんはもうユーレイじゃねーから。
少なくとも俺にとっては。
もう、いい加減にあしらえる相手じゃねーから。
なけなしの気力振り絞って、こう言ってみる。
「まゆちゃん!」
その瞬間。
自動改札に向かってた酔客、一斉に振り返る。
マジうぜー。
こっち見んな。
「俺のことなら、気にすることねーから!」
電車、走り出す。
中の学生、くすくす笑ってる。
くそ。
呪われろテメーら。
「明日、ちゃんと話すから!」
頷きながら手を振るまゆちゃん乗せたまま。
電車、ついに見えなくなる。
足を止めてた暇人も、ぞろぞろ歩き出す。
で。
俺もターンして、そいつらについて行こうと思ったんだけど。
そこで初めて、ホームにいた車掌がガン見してたことに気付いた。
げっ。
何見てんだよっ!
なるべく目を合わせねーよーに、歩いてみたんだけど。
おっさん、くすくす笑ってる。
全く、どいつもこいつも。
いつか、呪いかけてやる…
「学生さん。飲み過ぎたかい?」
おっさん、にこやかに声をかけてくる。
俺、シカト。
自動改札まで、あと少し。
あと少しなんだって。
「いやいやいやぁ、めんこいね! 手と足一緒に出てるって!」
…。
……。
…ねーわ。
それ、ねーわ。
てか。
おっさん、何でそれを先に言わないの?
定期出しながら。
くすくす笑いのリーマンに囲まれて。
俺、すでに涙目なんですけど?
超恥ずかしいんですけど?