25
アホ富樫と別れてから、もっかい地下に潜ったんだけど。
どーゆー訳か、大通駅はいっつも混みまくり。
三越前にたむろってる学生やら、フーゾク勧誘要員のイケてない黒服メンやら。
そういう連中に背を向けて、黙々と階段を下りる。
南北線のホームは、なるべく行きたくなかった。
まゆちゃんが轢かれた場所だから。
東西線に乗ると、彼女はすぐに現れて。
にこにこしながら、俺の隣にちょこんと座る。
今日は、如何にも女の子っぽい格好。
ふんわりした袖のブラウス。
パフスリーブっちゅーの?
その下に同系色のピンクのキャミ着てる。
ボトムは、細身のジーンズとピンクのサンダル。
てかね。
最初のゴスロリも、制服も勿論いいんだけど。
こういう格好がまた似合うんだ。
でもって、すっげー可愛いの。
それだけに。
誰にも自慢出来ないのが、ちと辛いんだよなぁ…
今日は用事があったんで、デートは短めに。
しかーし!
こういう時に限って、電車は嫌がらせみたいに混みやがる。
それでも。
まゆちゃんと同じ場所にいて、人目を盗んで筆談したり。
そーゆーのがすっげー楽しいの。
他の連中には多分、見えてないと思うけど。
キョドってるようにしか見えないと思うんだけど。
でもね。
何てゆーか、俺、見てるだけでいいのよ。
少なくとも、今の時点では。
全く。
小学生カップルが、仲良く手ぇ繋いでコンドーム買ってるこのご時勢に。
どんだけ純情なんですか、俺?
てか、どんだけ女のコにメンエキないんですか?
そんな自分に思わず笑っちまったりもするけど。
最初のうちはやっぱ、戸惑ったりもしたけど。
いろんな煩悩捨てきれずにいたりもしたけどね。
何かね。
もうどーでもよくなった、そーゆーの。
俺の姿見つけると、まゆちゃん、すっげー嬉しそうな顔して。
どれだけ混んでても、近くにいてくれる。
たまには例の裏技発揮して、人払いしてくれたりもするんだけど。
彼女の笑顔見てるだけで、俺、何も要らねーなって思って。
まゆちゃんが喜んでくれるなら、それでいいやって思うようになった。
富樫に言わせれば、ばっちり憑依されてる状態らしい。
そのうち、精気吸い尽くされるぞ? って脅しやがる。
ったく。
牡丹灯篭じゃあるめーし。
宮の沢から折り返して、西28丁目へ。
ここで今日はお別れってことになる。
まゆちゃん、寂しそうだったけど。
俺のこと思って我慢してくれてる。
不思議なんだけど。
そーゆーのって、言葉にしなくても判るんだ。
だから。
また明日って思いつつ、ホームから手を振った。
電車はみるみる小さくなる。
まゆちゃん乗せたまま。
バスターミナルのところに出て、北欧パンでパン買って。
東急ストアで惣菜買って。
それからぶらぶら歩いてアパートへ帰る。
カバンの中には、例の左手があるけど。
全然重さは感じなかった。
てか。
むしろ、前より軽い気がするんだよね。
アパートの郵便受けには、相変わらずゴミばっか。
ピンクチラシには目もくれず、道新だけ抜き取って階段を上がる。
とはいえ。
俺もまあそのお年頃なんで。
前はそーゆーのにも興味あったりしたんだけど。
やっぱね。
なんかの歌詞じゃねーけどさ。
愛がなくちゃいけないなーと思った訳よ。
あー、そこのお客さん。
引くとこじゃねーから。
俺、乙女座Bだけど。
基本ヘタレだけど。
こう見えて、結構真面目なのよ?
ベッド脇のバスタオルの上に、ちっちゃな手を置いて。
それからテレビ点けて、はねトびかけて。
こたつに座って統計学のレポート書いたりするんだけど。
どーも、集中出来ねーの。
まゆちゃんの寂しそうなカオ思い出すとさ。
あと一往復ぐらい、付き合ってやれば良かったかなって。
そう思ったりもするんだけど。
でも、それだと俺、絶対4年で卒業出来ねーし。
そしたら速攻かーちゃんに絞め殺されるし。
うーん。
どうしたらいいんだ? こーゆーの。
なんせ、初めてだから。
ぶっちゃけ、何が何だかで。
どう接したらいいのか判んねーんだよね。
くそ。
誰か教えてくれねーかな。
なんて考えてた時。
ふと気付いたんだ。
バスタオルの上にある、例の左手。
軽く閉じられた指の中に、何かあるってことに。
…。
……。
あのー。
さすがにこれ、やばくない?
てかさ。
やっぱ、開いて見なきゃダメ?
…てかさ。
もう怖いのなしって思ったのに。
せっかく安心したのに。
俺、また、涙目なりそーなんだけど?
@ @ @
軽く閉じられた指。
そいつを、一本一本めくっていく。
…。
…ごめん。
やっぱ、無理。
少なくとも、夜は無理。
俺には無理。
だって。
確実に、何か出るフラグが立ちそーで。
そんなん出たら、卒倒しちゃうかもしんねーし。
でもって、救急車とか来ちゃうかもしんねーし。
…考え過ぎ?
だよね。
考え過ぎだよね。
…でも。
やっぱ、明日にしよーっと。
そんなんで。
ヘタレ通常モードに戻った俺、ふつーに風呂入って。
ふつーに飯食って、ふつーにゲームやって。
それから、寝ることにしたんだけど。
まゆちゃんの手を枕元に置いておくのが、ちょっとだけ怖くなった。
冷たい奴って思うっしょ?
でもさ。
実際問題として、皆さんが俺とおんなじ立場になったとしたら。
半透明の手首から先が、枕元にあるのって。
ちょっと怖いと思いません?
俺もガキん時からこーゆー体質で。
他の人よりはかなりメンエキあると思うんだけど。
それなりに、経験値もあるとは思うんだけど。
やっぱね。
怖いもんは怖いし、気味悪いもんは悪い。
まゆちゃんは全然怖くないし、むしろ好きなんだけど。
それとこれとはちょっと違うんよ。
てかね。
大分前に兄貴と話したことあるんだけど。
人間って、丸ごといるのは別に怖くないんだよ。
死体でも何でも、多分、それほどじゃないと思う。
ところがね。
あれが何故か、パーツになると怖いんだわ。
人が倒れてるのは、大丈夫かな? って見ちゃうけど。
手とか足とか指とかが、その辺にごろんって落ちてたらどーする?
びっくりするっしょ?
スクリームするっしょ?
元ネタは同じなんだけどね、確かに。
パーツはいかんよ。
あれは駄目。
例えばさ。
ロッカーに小指とか入ってたら、俺、その場で即死する。
確実に死ぬ。
それくらいこえーのよ。
どうしてかは知らんけど。
なんて言い訳をいろいろしながら。
俺、ようやくベッドへ潜り込む。
うとうとしてから、どれくらい経っただろう。
レムをうろうろしてる段階で、はっと目が覚めんのよ。
どうも気になって。
まゆちゃんの手のことが。
いや。
駄目駄目。
明るくなってからにすればいいんだから。
そう自分に言い聞かせてみるけど。
やっぱ気になって仕方がないんだわ。
だから。
1時間ぐらい悶々としたあとに。
俺、完全にギブ。
だから。
ベッドから抜け出して、取りに行ったんだ。
台所のテーブルに上げておいた、可愛い左手を。
それは同じ場所にまだあって。
置いた時と同じように、軽く握った形のままだった。
それを、下に敷いたタオルごと、そっと持ち上げて。
ゆっくりと部屋に運んでいったんだ。
さすがに、まゆちゃんも寂しいのかなって。
そんなこと思いながら。
しかし。
俺のやることが、すんなり行く訳ないんだな。
案の定、途中でけつまづいて。
転びはしなかったけど、爪先がっつりぶつけちまった。
あまりの痛さに、一人でぴょんぴょんしてたら。
まゆちゃんの手から、何かがぽろりと落ちた。
…はっ?
何これ?
何この展開?
恐る恐る、それに近付いてみたけど。
ころころ転がって、テレビ台の下に入っちゃった。
あーあ。
何やってんのよ、俺?
でもさ。
今更自分のアホさ加減をぐだぐだ言ってもしょーがないんで。
定規突っ込んで、何とかそいつを引っ張り出してみる。
ごそごそ。
ごそごそ。
かちん。
よし、取れた。
グッジャブ、俺。
1年分の埃ももれなくついてきたけど。
で。
あらためてそいつを、確認してみる。
いや。
引っ張り出した時点で、確認はとっくに済んだんだけど。
もっかい見直してみる。
…。
……。
うーん。
何だろう、これ?
どう解釈すべき?
うん?
結局何だったのかって?
それがね。
ケロロ軍曹のキーホルダー。
しかもね。
鎖が切れて、本体部分だけの奴。
…あのー。
まゆちゃん。
一体、これをどーしろと?