24
記憶が戻った頃、電車は丁度新さっぽろに着いて。
そこから再び折り返す。
ラッシュ時間も過ぎたせいか、人は少なくなってきて。
その間も、俺はずっとまゆちゃんと手を繋いでた。
他の人には見えないと思うけど。
俺はちゃんと感じてられたから。
彼女の温もりとか、息遣いとか。
西28丁目を過ぎると、車両はがら空きで。
まゆちゃんは再び、俺の隣にそっと腰を下ろす。
静まり返った車内。
真っ暗な窓の向こうからは、地下鉄独特の走行音が聞こえてくる。
あの、ううううううううううぅんって感じの奴。
それが仮にがたんごとんって音だったら、こんなに寂しくはないんだろーけど。
やっぱり、ね。
そんな話聞いちゃったらさ。
判らなくなっちゃったよ。
この件に関して、どうリアクションするべきなのか。
どうフォローしていったらいいのか。
それで。
俺、どうしたらいい?
これから彼女と、どう接していったらいいんだろう?
だってさ。
まゆちゃんがどういう訳か、俺のこと覚えててくれて。
好意らしきものを持ってくれて。
それ聞いた時は、馬鹿みたいに舞い上がっちゃったけど。
よくよく考えたらさ。
彼女あの日、俺に声掛けようとして。
事故かどーかは判らねーけど、その結果線路に落ちて。
つまり。
まゆちゃんが死んだの、俺のせいってことじゃん?
俺とあの日会わなかったら、こんなことにはならなかったんじゃん?
そんなんで。
さっきまでのテンションは何処へやら。
俺、がっつり落ち込んじゃった。
だから。
今更言うなって突っ込まれそうだけど。
知らなきゃ良かったかなーなんて、無責任にも考える。
RPGなら、リセット効くけど。
セーブポイントからやり直せるけど。
俺が後悔したって、まゆちゃんはもう生き返れないし。
何もしてあげられない。
目の前にいるのに。
こうやって、傍にいるのに。
なーんにもしてやれないの。
それが、一番悔しい。
誰もいない車両の中。
ユーレイさんと二人きりなんだけど。
不思議と、怖いとは思わない。
まゆちゃんが可愛いからか。
俺がそーゆー体質なせいか判んねーけど。
とりあえず、怖くはなかったけど。
何だか、すっげー寂しくなった。
まゆちゃんいるのに。
そこにいるのに。
俺のこと、好きって言ってくれたのに。
生まれて初めて告ってくれた相手なのに。
幾ら何でも、ユーレイとは付き合えねーって思ってる自己中な自分がいて。
夢だったらいいのになんて思ってるヘタレな自分がいる。
…やだ。
何かやだ。
俺、サイアクじゃね?
サイテーの人間じゃね?
俺にしか、まゆちゃん見えねーのに。
まゆちゃんには俺しかいねーのに。
他の連中はみんな、一方通行なのに。
さっきのヒロアキみてーに。
でもさ。
俺、夢だったの。
好きなコと、手繋いで歩くの。
ガキっぽい夢かもしれねーけど。
大通公園とか、ポプラ並木とか。
一緒に飯食いに行ったり、買い物したり、映画行ったりしたかったの。
彼女が俺のアパートに来て、泊まっていってくれたりだとか。
週末には何処か遊びに行ったり。
この19年間。
そーゆー、トシ相応の夢ばっか見てたのよ。
なのに。
何で、こんなことになるんだろう?
好きじゃなきゃ簡単。
俺、いつだっていいヒトで終われるタイプ。
本気で好きになった相手だとしても。
大体どーゆーことになるか、想像はついてる。
尽くして、貢ぎまくって、捨てられるんだって…
てか。
どんだけネガティブなのよ、俺?
そんな風に。
一人でぐちぐち悩んでる俺の手を。
まゆちゃんは、そっと掴んでいてくれる。
あれから何度も確かめてみたけど、左手も普通にあって。
少なくとも、俺にはちゃんと見えてる。
だとしたら。
あのカバンの中の手は一体何なんだろう?
そんなことを考えてる間に。
電車はホームへ滑りこむ。
本日何度目かの西28丁目。
やれやれ。
もう、何回往復したかも覚えてねーぞ。
そこでふとカオ上げた時。
俺、やっと気が付いた。
まゆちゃんが、おっきな瞳にいっぱい涙溜めてて。
それが、ぽたぽた胸元に落ちてることに。
え?
何で?
何でまゆちゃん、泣いてるの?
おろおろする俺の手に、彼女が書く。
子供みたいに、手の甲で涙拭いながら。
【ごめんね】って。
ちょ、待って。
何で謝るの?
何もしてねーじゃん? まゆちゃん。
謝らなきゃならないようなこと。
何も悪いことしてねーし。
誰にも迷惑かけてねーのにさ。
…てか。
もういい。
もう、いいよ。
もういいから。
判ったから。
ここでしか会えなくていい。
ユーレイでも何でもいいよ。
そう思ったら。
俺、完全に、抑え効かなくなった。
やべーよ。
さっきも言ったけど。
好きじゃなきゃ、何の問題もないんだって。
気持ちがあるから、こんなに苦しくて。
こんなに辛いって感じる訳で。
だから。
勇気を出して、まゆちゃんのこと抱き締める。
もういいから。
泣かなくていいから。
俺、何とかするから。
どうにかするから。
だから、泣かなくていい。
…てか、ぶっちゃけ。
泣きたいのは、俺の方なんですけど?
@ @ @
「 ―― …馬っ鹿じゃねー?」
…とは、富樫の弁。
そう。
俺、よりによって、こいつに相談しちまった。
あーあ、やっちゃった。
ミスミス。
痛恨のミス。
ドラクエ5買って、3日がかりで攻略した時。
セーブするの忘れて、ラスボスに倒されてさ。
あれほど自分の間抜けさ加減を呪った日はないと思ってた。
けどね。
俺もまだまださ。
あるのよ、これが。
その時以来の大ボケが。
大通公園のミスドで、奴と向かい合いながら。
カフェオレ飲みつつ俺、溜め息ついちゃった。
だってさ。
それはねーべ?
いきなり、馬っ鹿じゃねーって。
お前一体何様よ?
「ぜってーやめた方がいいって!」奴は、三つ目のポン・デ・リングを頬張った。「やべーって!」
「そうか〜?」俺は、オールドファッション派。「やべーかな?」
「何か最近ヘンだと思ったら、そういうことだったのか」
「あのな。お前にヘンとか言われたくねーし!」
「いや、でも、ないわー、それ。マジありえねー」
「何言ってんだ。オタ研究会の分際で」
「オタじゃねー。オカルト!」
「似たよーなもんだべ?」
「全然ちげーし!」
「まあいいや。これ食ったら帰るべ?」
「はっ? 何で?」
「人選を激しく誤った。お前になんか相談するんじゃなかった」
「あのねぇ三国ちゃん」奴は時々、気味の悪い呼び方をする。「ひとつだけ言っていい?」
「そう言う奴って、大抵、ひとつじゃ済まねーんだけど?」
「あらかじめ用意した答えを相手に期待するってのは、相談って言わないんじゃね?」
「……」
「俺じゃなくても、皆同じこと言うと思うけどね?」
「……」
「まっ、でも。最終的には、お前が決めることだから」
「……」
「俺なら諦めるか。じゃなきゃ、どうしたらいいか、まゆちゃんと直接話し合うだろーな」
「でもさ。泣かれるんだよ。それってまずくね?」
「うーん。涙は女の最大の武器だからな」
「だから、どうしたらいいのか考えてたんだけど」
「…てかさ。いっぺん、北見まで行ってきたらいいっしょ?」
「はっ?」
「その手。返して欲しいって意味じゃねーの?」
「ああ。手な」俺は、傍にあるカバンをチラ見する。「…てかさ。お前には見えてねーじゃねーの?」
「それ実家に持ってったら、別なアイテムが貰えるかもよ?」
「アホかお前? ゲームじゃあるまいし」
「ま、いっから。そんなに気になるなら、線香の一本でも上げてくれば?」
「……」
そう言ったあと。
横を通り過ぎようとしたねーさんを、富樫は素早く掴まえて。
カフェオレのお代わりをねだる。
そういうとこだけは、抜け目ないんだよな。
でもさ。
いきなり知らない人ん家行くの?
それってヤバくない?
俺がそんな疑問をぶつけると。
富樫はまたげへげへ笑った。
「大丈夫だって。同じ大学なんだし。何とでもなるんじゃね?」
「まーな。確かに…」
「それにしてもさ。何でまたよりによって、地下鉄のユーレイなんか好きになっ ―― 」
「こら、馬鹿っ! 声でかっ!」
奴がいきなり、そんなこと言うもんだから。
俺は慌てて、富樫の脚蹴っ飛ばす。
でも。
あいつの声、かーなーりーでかいもんで。
向こうにいる家族連れが、ちらっと振り返り。
隣のカップルが、怪訝なカオしてる。
あー、もう、すんません。
変人なんすよ、こいつ。
あ、俺?
俺は違いますから。
一般人ですから。
ごくごくノーマルですから。
ユーレイに恋してるとこ除けば。
でも。
今回の富樫は、一味違ってて。
妙に正論ばっかり吐きやがる。
だから。
俺もそうしようかなって思った。
とりあえず、まゆちゃんの家行って。
線香の一つも上げないと。
なんて思ったりして。
あ。
でもさ。
この手、どーする?
ナマモノじゃねーけど、保存状態はいいし。
でも俺以外には見えてねーみてーだし。
うーん。
とりあえず…
ピンクのリボンでもかけておくかい?