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なんかね。
それ聞いた瞬間。
俺、完全にスイッチ入ったさ。
完璧アタマに血ぃ昇ったさ。
だから。
隣にいるまゆちゃんをそっとどかして、降りる人に紛れて。
ヒロアキとかいう名前の奴をおっかけた。
だってさ。
ありゃないべ?
一度だって付き合った相手のことをさ。
しかも、事故で死んじゃった相手のことをさ。
あんな風に言うとか、俺、信じられねーし。
絶対に許せねーって思った。
ましてや。
それがまゆちゃんだって知って。
こんな場所に、ずっと縛りつけられて。
辛かったり、寂しかったりする筈なのに。
まゆちゃんはずっと、あいつのこと思ってたに違いなくて。
それをさ。
あんな言い方はねーべ?
それほど好きじゃなかったとしても。
最低だべ?
別れたカノジョのこと悪く言う男なんて。
多少迷惑かけられたにしてもさ。
あんまり気持ちなかった相手だったとしてもさ。
ああいうのって、ヒトとしてどーよ?
幾ら何でも、あんな言い方はねーべ?
気に食わねー。
ガチで気に食わねー。
あんなオトコ、別れて正解だっちゅーの。
ありえねーっちゅーの。
しかも。
どういう字書くのか知らねーけど。
俺とおんなじ名前だってのも気に食わねー。
だからさ。
これはもう、やるっきゃないっしょ?
てか。
俺しかやってやれないっしょ?
他の奴には、判らねーんだから。
まゆちゃんがそこにいることも。
泣きそうなカオして、俺のこと見てることも。
だから。
俺、やってやる。
絶対、やってやる。
あんな馬鹿。
許しちゃおけねーよ。
「 ―― あれ? 三国? みくにぃ!!!! 何でここで降りんの?」
あちゃー。
俺としたことが、すっかり忘れてた。
でっかい声で俺のこと呼びながら、追い駆けてくる馬鹿がいたってこと。
振り返ると、富樫の向こうにまゆちゃんの姿があって。
電車の中から、心配そうに俺のこと見てる。
大丈夫だって。
俺、ヘタレだけど。
乙女座Bだけど。
基本日和見な日本人だけど。
ケンカ滅茶苦茶よえーけど。
逃げ足だけははえーから。
こう見えて、意外と頼りになんのよ。
電車の中のまゆちゃんに向かって、親指突き出したあと。
富樫を無視って、まっしぐらに階段へ向かう。
あの馬鹿をおっかけて。
まゆちゃんの元カレ。
長身のイケメン。
それも何だか気に食わねー。
目の前に迫る、ローライズのジーンズ。
くそ。
やってやる。
てか。
今、気付いたんだけど。
これって、やっかみか?
嫉妬もコミか?
慌ただしく階段駆け上がる俺の前で。
今カノの細い脚が、ちらちらしてる。
でもって、やっぱりしっかりおパンツ見えてんだけど。
それがまたよりによってピンクの総レースなんだけど。
んなもん、この際関係ねーし。
俺が目指すのは、ヒロアキだけで。
あの馬鹿の背中だけ。
あとちょっと。
そこへ、歩くKY富樫到着。
でも、んなこたぁ関係ねー。
まゆちゃんに見せられないのが残念だけど。
ちゃんとやってのけるから。
ほら。
あとちょっと。
あと30cmであいつに追いついて。
あと10cmで、射程距離に入る。
よし。
こいつ、俺が後ろに張り付いてんのに。
殺気マンマンで尾行してんのに。
まったく、全然、気付いちゃいねーし。
下らねー自慢話しながら、女と手繋いでやがる。
ありえねー。
てか、こいつ、マジで馬鹿?
さて。
いよいよ、ミッション開始。
いくぜ、三国廣明。
一世一代の大勝負。
どーでもいいけど、無駄に画数多いのよ俺の名前。
何でふつーに広明にしなかったんだろーね?
全く。
お陰で小学生の頃は、ひでー目に遭った。
俺は死ぬまでとーちゃんを恨むね。
で。
奴は無防備。
完璧なまでに無防備。
そりゃそうだろう。
こいつ馬鹿だから。
徹底的に馬鹿だから。
こいつがH大入ったこと自体奇跡としか思えねー。
だから。
俺は瞬時に攻撃態勢に移る。
よっしゃ。
いい角度だ。
では…三国、いきまーす。
じゃ、ねーや。
―― 突撃ぃ!
@ @ @
ヒロアキAのこうげき!
「ていっ!」
かいしんのいちげき!
「うあっ!!!!」
って。
みっともない悲鳴を上げた途端。
ヒロアキBは、階段の最上階でバランス崩して。
そのまんま、ごろごろと転がり落ちる。
…筈が。
現実はそーは上手くいかなくて。
奴は階段をしぶとく上りきり、そこで一瞬よろめいた。
でもまあ、俺にしちゃあグッジャブ!
ミッション成功!
…なーんて思った瞬間。
「…何すんだテメー!!!」
…やだなー。
叫んじゃったよ、このヒト。
大衆のど真ん中で。
じょーだんなのに。
かなりマジだよ?
一人でマジ切れしてるよ?
こんな時。
俺はセオリーに従って、ある行動に出た。
そりゃあまあ。
逃げるが勝ちに決まってる。
「ちょ、三国! おま、何やってんの?」
と。
すっかり忘れてた。
でも、今は説明してる暇ねーから。
相変わらずKYな富樫の腕、がっと掴んで。
俺、改札へ向かって猛ダッシュ!
「 ―― っざけんなテメーら! 待てこらぁっ!!」
や、やべー。
超ウケる。
だってね。
あいつ、すげーの。
あんなイケメンが、顔真っ赤にして。
ケツ押さえながら走ってくんだから。
いやいやいや。
その格好がやたら笑えんの。
つーかさ。
今回も冴えてるわ、俺の必殺技。
「待てって言ってんだろ! この野郎!!!」
待てって言われて待つ訳ねーだろ?
やっぱ頭わりーな、こいつ。
…って思ってたら。
「きゃーっ! 変態っ!!!!」
今度は、女の悲鳴。
ん?
何だ何だ?
振り返ると。
ヒロアキBは床にばったり倒れてて。
後ろにいるOL風のねーさんが、きゃーきゃー悲鳴上げてる。
あ、そっか。
俺、カンチョー食らわしたついでに、奴のベルト思いっきり下げたんだけど。
あいつアタマ来てたせいか、それに気付いてなくて。
しかも、勝手に裾踏んづけたらしく、半ケツ見えてんの。
うわー。
みっともねー。
サイアク、こいつ。
「三国、何やってんだよ! 逃げっ、逃げっっ!!!」
いきなり、腕がっと掴まれて。
今度は俺が、富樫に連行される。
てか俺、もーちょい見てたいんだけど?
「やだー! あんた、バッカじゃねー? 何やってんのよー!!」
黄色い声は、奴の今カノ。
文字通り、腹抱えて笑い転げてる。
そりゃ笑うよね。
笑うしかねーって。
でもね。
他の乗客も、見て見ぬ振りすりゃーいーものを。
一緒になって笑ってるもんだから。
マジ切れ中のヒロアキ、ますますヒートアップしたもよー。
「うっせえ! 見てねーで、さっさとあいつらおっかけろって!!」
「はぁ〜? てゆーか何様? あたしに命令する気?」
「いいから早く追えって言ってんだろう? このバカ女!」
「ちょ、何よそれ? 信じらんない! あんた誰に向かってそんなこと言ってんの?」
なーんて。
バカップルの痴話喧嘩が始まって、駅員がどやどや駆けつけたあたり。
俺と富樫は、悠々と改札を出る。
まゆちゃんを傷付けたことへの制裁にしちゃ、ちょいと甘過ぎたかもしんねーけど。
次回は事前にウェポン用意しとこっと。
息切らせながら、三越前に出て。
俺と富樫、ぱっと顔見合わせる。
で。
次の瞬間、ほぼ同時に爆笑。
「いや、死ぬ、死ぬ! チョー腹痛え!」
「だろ? 俺、ガチで笑い死ぬかと思った。見たかよあいつのカッコ?」
「見た見た! 俺最初、三国が何やってんのか全っ然判んなかったんだけどさ」
「あいつ宿敵なんだよ。懲らしめてやろーと思ってさ」
「つーか腹痛え! 息出来ねー!」
「俺なんか涙出て来たさ!」
「しかしお前、やる時やんのな?」
「そりゃもう」
「俺、ずっとヘタレだと思ってたからさ」
「ちょ、ふざけんなって。お前にだけは言われたくねーし!」
「…で。これからどーする?」富樫は、眼鏡を拭きながら言う。「あいつ、まだ探してるかな?」
「まさか。ぜってー覚えてねーって」
「なら、いいけどさ」
「とりあえず俺、ソッコー、手ぇ洗いてーんだけど?」
「何で?」
「いや、手加減なしだったからさ。かなり深く入っちゃって…」
「うえー。じゃ、先にトイレ行くか」
「それから…」
「うん?」
「…ドンキー、行くかぁ〜?」