20
瞬時に固まる俺。
その前方3mに、まゆちゃんと男の姿。
でも。
ここでまた活躍する訳だ。
空気読めない誰かさんが。
「…ん? なしたの?」
「どーもしねー」
「いや、何かあったべ?」
「何もねーって!」
「いやいやいや、あったべさ!」
「あー、ほんっと、しつこいね!」
さすがにキレそうになって、富樫に向き直ると。
あいつ、何だかにやにやしてやがる。
ん?
ん?
何だよ?
「…知ってるぞ?」
「何が?」
「三国チャンってば、見えてんでしょ?」
「だから何が?」
「あそこにいる…いや、ここで言ってもいー訳?」
思い掛けない言葉に。
再び、フリーズしちゃう俺。
は?
何?
どーゆーこと?
ひょっとして、お前にも見えてんの?
…なーんて。
勘繰った俺がバカだった。
てかね。
こいつ、基本的にハッタリ野郎だから。
シッタカ野郎だから。
でも。
富樫の口から出まかせを信じちゃうほど、俺のショックはでかくて。
このままこの話ジ・エンドに持ち込もうかと思ったぐらいにして。
けどね。
富樫とぎゃあぎゃあ騒いでたせいで。
まゆちゃん、俺のことに気付いてくれたみたいだった。
彼女と目が合った瞬間。
お約束どーり、三度目のフリーズ起こしたんだけど。
まゆちゃん、しょぼんとしたまま、俺んとこ来て。
俺のカラダに細い両腕回して。
左肩に、こてんって頭乗せてくるから。
俺、ますます訳判んなくなって。
富樫のことなんか、もうどーでもよくなって。
ぶっちゃけパニックよ。
はっ?
なんだなんだ?
何があった、まゆちゃん?
あっちのイケメン、どーすんの?
あいつ、彼氏とかじゃねーの?
ほっといていーの?
てか。
何よこの、萌えシチュエーション?
@ @ @
てかね。
もし隣に、富樫がいなきゃ。
悪趣味なカエル色のトレーナーを着たこいつがいなきゃ。
俺、マジで、まゆちゃんのこと抱き締めてたかもしんない。
周りから見たら判らないかもしんないけど。
はっ? こいつキモッ! 何やってんの? 的視線びしばしかもしんないけど。
俺、多分そうしたと思う。
出来たらね。
でも。
実際の話、電車は帰り際の学生やら専門学校生やらでごった返してて。
とてもじゃねーけど、そんな余裕はなさそうだった。
精神的にも、空間的にも。
なんで。
札幌駅でわんさか人が降りて、またわんさか乗って来た時も。
吊革に掴まるのが精一杯。
そんな中で。
まゆちゃんはぴたっと俺に寄り添って。
すんごい辛そうな感じで目閉じてる。
それ見たらね。
もう、ユーレイとか関係ないもんね。
俺、心底可哀想になっちゃって。
何とかしてやらなきゃって思った。
事情は全く判んねーんだけど。
とりあえず、あいつがまゆちゃんと繋がってるらしいってのと。
多分。
俺の勘だけど。
彼女が死ぬ前に、何かあったんだろうなって。
それは何となく想像がついた。
でないとさ。
こんな風にならねーって。
リアルの女の子だって。
こんなに悲しそうにしてる訳ねーって。
揉みくちゃにされたせいで、富樫と二人分距離が離れて。
俺はちょっとだけほっとした。
で。
ふと見ると。
いつの間にか、あいつの前には女が立ってる。
このクソ混んでる中、真っ赤なケータイ片手で操って。
慌しくメール打ちながら、そいつに話しかけてる。
「…んで、どーすんの、今日? いちおーカオ出す?」
「行きたかねーけど。行かなきゃしゃーねーじゃん?」
意外とチャラい声。
ここで俺、すでにワンランク下と見た。
女の方は、まあ、結構綺麗っぽいんだけど。
まだ秋口だってのに、露出たけーたけー。
銀色のおっきいカバンに、真紫のカーディガン。
てか。
あのスカートの丈は何?
膝上20cm?
いや、もっとか?
ちょっと屈むと、おパンツ見えんじゃん?
別に見たかねーけどさ。
如何にも女子短大生って感じの、ど派手な子で。
ガングロじゃないけど、化粧はマジ濃いし。
まばたきすると、つけまつげがばっさばっさしなってる。
あんなの初めて見たよ、俺。
てか、どんだけつけてんだ?
「じゃあ〜、何処で乗り換えんの〜?」
「おーどーり。マジたりーけど」
アホっぽい話し方。
さらにワンランクダウン。
「何でたりーの?」
「大通あんま行きたくねーんだよね」
「えー、何で?」
「死んだ奴いんだよ。俺の後輩で」
「はぁ? ガチで?」
「ガチで。てか、ぶっちゃけ元カノなんだけど」
「はぁ〜? ヒロアキ、あたしだけって言ってたじゃん?」
「嘘つくなよ。言ってねーし!」
「てか、何で死んだの?」
「前に事故あったじゃん」
「あー、はいはい。何か友達言ってた」
「俺んとこにも友達から連絡来たんだけどさー、マジうざかった。もう関係ねーしって感じで」
「うざいってあんた」
そこで女、笑いやがる。
まあ、女も女なんだけど。
ケータイ打ちながら、脚組み替えてる奴。
そいつも、くすくす笑ってる。
あーと。
その。
何だ。
あいつちょっと、殴っていい?
「マジうぜーんだって。女の癖にアニメイトとか行って。アニメの話しかしねーの」
「え、可愛いじゃーん? そういうの?」
「何処がよ? マジきもかった」
「でも、付き合ってたんでしょ?」
「付き合ったってか、ぶっちゃけ二股。あんましつこいからさ」
「うわー、サイアクこいつ!!」
「サイアクなのは向こうだって。二回デートして、サイッコーつまんなくて。速攻別れた」
「ますますひでー!」
「でもさー、あいつはずっと俺に惚れててさ。高校出るまでストーカーされまくったわ」
「あはは! ストーカーって!!」
「しかも、俺がH大入ったら、ここまで追っかけてきて。ずっとシカトしてたけどね」
「いやいや、可哀想でしょ? そこまで言ったらさ」
「可哀想なのは俺の方だって。てか、もうどーでもいーんだけどさ、あんな奴」
「そんなこと言ったらダメでしょう? 化けて出るよ?」
「化けて出ても平気。俺、霊感ぜんっぜんねーから。一生死んでろって感じ」
はー。
こんだけ距離あるのに、全部聞こえてくるし。
俺、何か無性にむかむかしてきて。
今にもスイッチ入りそう。
でも。
まだ、確証がある訳じゃねーし。
何かの間違いかもしんねーし…
そう思った時。
丁度、大通に電車が滑り込む。
てかね。
女の子ずっと立たせておいて、平気な顔して座ってんの。
それだけでもムカつくのに。
立ち上がった瞬間、そいつ、笑顔でこう言い放ちやがった。
よりによって、まゆちゃんの目の前で。
皆が振り向くよーなでっかい声で。
「 ―― ぶっちゃけ、まゆが生きようと死のうと。俺には関係ねーからさ!」