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…なーんてね。
期待裏切って悪いけど。
今回は、そうはいかないの。
だって、約束したんだから。
ちゃんと中見るって。
だから。
目つぶって、えいって引きずり出した。
その得体の知らないカバン。
この前まで、俺のお気にだったカバン。
今は、何が入ってるか判らないカバン。
一応、台所に新聞紙広げたぐらいにして。
その上に置いてみる。
でも。
相変わらず、カバンは動いてる。
かたかた。
かたかた。
これ、結構くるよ。
ぶっちゃけ、かなり怖い。
でもね。
俺、何とかやってみる。
まゆちゃんのために。
理由なんか判んないけど。
この中に多分、ヒントがあるんだと思う。
だから。
やってみるよ。
まあ、何とか。
…。
…やっぱ怖え。
マスクとかした方がいいんかな?
ユーレイにマスクしてもしゃーないか。
花粉じゃないんだから。
ようやくラップの端っこ見つけて、ぴりりって剥いてみる。
いや。
誰だよ全く。
こんなにぐるぐる巻きにした奴は。
…俺か。
俺だな。
よし。
上のは外れた。
あとは切っちまおう。
確か、この辺にハサミが…
ねーし。
見事にねーし。
だから、モノはいつも決まった場所に置いておくもんだって。
俺、いっつもかーちゃんに怒られてた。
で。
いっつも不思議に思うんだけど。
モノって、使う時に限って見付からなくね?
でもって、他のモノ探してる時に、前に探してたのが見付かったりとか。
あれって絶対嫌がらせだよね?
…ま、いいや。
んなこたぁ。
ベッドの枕元でようやくハサミ見付けて。
てか、何でこんなとこにあんの?
俺、一体何に使ったの?
ベッドでハサミ使うって何よ?
ハサミぷれい?
変態か?
まあ、いいから。
俺の性癖なんか今更どーでも。
ざくざく切っちまおう。
よし。
あとはすぽっと抜けるぞ。
それ。
すぽっと…
…。
やだわ。
あと少しだったのに。
ファスナーに食い込んでるんだもん。
どうしても開けなきゃダメってことだな、うん。
判ったよ。
判りましたよ。
開けりゃいいんだろ、開けりゃーさ?
ぐい。
引っ張るけど、スムーズに開かねー。
きっと兄貴だ。
うん。
間違いない。
締める時にラップ噛ませやがったんだ。
あのヤロー。
ったく、使えねー。
俺にこんな手間かけさせやがって。
ただじゃおかねー。
今度、ロイホで奢らせちゃる。
で。
やや苦戦したんだけど。
ぎぎぎぎっ、てな感じで、ようやくファスナーが開いたんで。
俺、一応覗き込んでみる。
でも。
兄貴が言った通り、俺の私物以外何も入ってなくて。
ちょっとだけ拍子抜けした。
何だよ。
せっかく、頑張ったのに。
ヘタレな俺だけど。
まゆちゃんのために、目一杯頑張ったのに…
…ん?
ちょ、待って。
何か見えてねーか?
ぼんやり光ってる。
てか、光ってる感じ。
何だろう、これ?
…え。
ちょ、待ってって。
ありえねー、こんなん。
だってね。
やっぱり何か入ってた。
多分、俺にしか見えないもの。
これ、何だろう?
…あ、判った。
一番底にある。
指。
細い指先。
ちっちゃな手。
手首までしかない、ニンゲンの左手で。
これ…
きっと、
まゆちゃんのだ。
@ @ @
多分。
こういう場合。
これまでの俺だったら、『ぎゃーーーーっっっ!!!!』って叫んで。
腰抜かして、アワ吹いて。
そのまま、朝まで気を失ってたかもしんない。
でもね。
俺、大丈夫だった。
意外と平気だった。
怖くもないし、気持ち悪くもない。
それ、見ちゃった段階で。
まゆちゃんが俺に伝えたかったこと、何となく判った気がしたから。
台所から部屋まで、新聞紙ごとカバン持ち込んで。
そこであらためて、中身出してみる。
まさか皿の上に上げる訳にもいかないから、タオルの上に。
小さな手。
手首から向こうは、うっすらと透明になりかけて。
まあ、その。
断面だとか血だとか骨だとか、そういうものは全く見えない。
何だろう?
半透明な、ガラス細工みたいな感じ。
でも、触ると仄かにあったかくて。
さっきまで握ってた、まゆちゃんと同じ感触があって。
ヘンな話だけど。
そのせいで俺、逆に実感させられた。
彼女がもう、死んでしまった人なんだって。
この世にいない人なんだってこと。
ベッドに腰かけて、タオルごとその手膝に乗っけて。
黙って見てるうちに、何だか凄く悲しくなってきて。
だってね。
これ、俺にしか見えないんだから。
兄貴にも、アホ富樫にも。
多分、彼女の両親にも。
俺しか触れないもんだから。
きっとまゆちゃんは、託してくれたんだ。
どういう事情があってかなんて、見当もつかないし。
これをどうしたらいいのかさえ判んねーけど。
とにかく。
まゆちゃんは、知って欲しかったんだと思う。
自分がここにいるってことを。
手がかりを残してるってことを。
そう思ったら。
何だか、どうしようもなく泣けてきて。
その手に、自分の手重ねてみたりする。
可哀想にって。
どうしてこんなことになるんだろうって。
もう、泣けて泣けてしょうがなくて。
泣いたからどうなるってもんじゃないって判ってるけど。
そんなの判ってるけど。
でも。
俺、何も出来なくて。
何もしてやれなくて。
まゆちゃんが死んだ時も、ほんと他人事で。
あー、事故かぁなんて、軽く考えてた。
でもさ。
俺と同じ年に生まれて、同じように育ってきて。
ついこの前まで、同じ大学に通ってて。
それが。
何で、こんなことになっちゃうんだろうって。
知らなければ、それで済んだ話だけど。
俺、知らずにはいられなかったから。
生まれついてのユーレイ体質のせいか。
どうしてまゆちゃんが、俺を選んでくれたのか判らないけど。
知った以上、彼女のことはもう他人事じゃなくて。
自分のことみたいに思えてくる。
めいっぱい泣いたあとは、何だか気が抜けて。
そっとタオルにくるんで、枕元に置いておいた。
大丈夫。
俺、何とかするから。
ヘタレだけど。
いい加減を絵に描いたよーな乙女座Bだけど。
何とかするから。
まゆちゃんを、あの地下鉄から引きずり出して。
家に帰してあげるから。
ん?
具体的にどうやるのかって?
そんなの判らねーよ。
レーバイシでも何でもねーんだし。
けど。
とにかく、いろいろ考えてみる。
こんなもん見せられた以上。
彼女がカラダ張って、頼ってくれた以上。
俺のこと信頼してくれてる以上。
ここで何とかするのが、男ってもんでしょ?