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三つ葉のクローバー

作者: セナ

騒音が耳栓を貫通してくる。

眼鏡をしなければ肉と刺身の見分けもつかないような視界の中に虹色の光が飛び込んでくる。

「ようやくか、今日はハマったな」

顔を戻すと眼鏡を通したクリアな視界が戻る。アニメキャラが本来想定してないセリフをしゃべっているのが聞こえる。もしこれを見て喜んでいる作者がいるとすればそれは表現者失格であろう。

 ハンドルから手を放して、口の中に噛み煙草を放り込みハンドルに手を戻す。

 台から爆音とともに吐き出される鉄球をいじくる。

 一時間もたつと目の前の台も静かになり。それを確認して店を出た。

 喫煙所の灰皿に噛み煙草を捨てて7畳一間のアパートに歩を進めた。

郵便受けに入った大量の広告を丸め、ゴミ箱に捨てる。就職してから学生時代は出来ていた分別というものが出来なくなっているのを感じる。

今日は土曜日、日もまだ高い。

学生時代、忌避していた社会人というものだがなってみるとそこまで悪くはなかった。

土日はしっかり休めるし、一日一時間程度残業すれば業務は終わる。上司に指示された無意味な仕事も、金という意味がつくだけ学生時代のがむしゃらな勉強より虚無感は少ない。

腰に入れていたスマホがわずかに震える。長さからしてメール、土日は緊急時以外連絡を禁止している会社なので友人のいない自分にはすぐ見る価値は1mmもない。

とはいえ、やることもないのでスマホを開くとたまに行くパチンコ屋からの広告メールだった。軽く舌打ちをし、スマホをベッドに叩きつけた。一瞬、意味のあるメールであることを期待した自分が愚かだった。

後悔を引きずるようにスマホを手に取る。大学卒業後からほとんど動かないTwitterとビジネスメール代わりのLINEが目に飛び込む。すると最後の友人と言える人との連絡が途絶えて2年が経ったことを思い出す。

今思えば、少年のころから友人は少なかった。だが、私語をする相手がいなくなることは想像すらしていなかったのだが。

そんなことを思いながら、窓の外を見る。夕方と昼間の境といった景色が見える。普段一切吸わない紙煙草に火をつけひと吸いだけして灰皿に押し付けた。

「まずい」

スーパーで適当に花を買い、タクシーを拾い18号線を上る。

20分ほどタクシーに揺られると、線香臭い場所にたどり着いた。花が咲き誇り木々が生い茂っていて気持ちの良い空気が肌をくすぐる。目を閉じれば本当に良い場所だが、眼を開くとあたりには墓石が整列している。

昨年の大地震でこの世を去った親の墓の前に立つ。

学生時代、30までには死のうと思った時に唯一の気がかりだった、親より先に死ぬという親不孝は杞憂に終わってしまった。

水で墓を洗い、花を置く。線香は持ってきていないので、手だけ合わせてその場を後にした。

肌に心地よい風が当たる。今思えば、親の葬式に喪主として参列したのが私の人生最後の役割だったとも思う。長男として生まれたものの使命はもう終わったのだろう。

孤独感から逃れられなかった28年。友人の数は周りの十分の一そんな人生を生まれてからずっと送ってきた。社会人になると普通の人たちでも友人の数は十人もいなくなると聞く、ならば私はどうなのかと大学院生の時少しだけ思っていた。いまなら正解が分かってしまう。小数点以下はどうやら切り捨てらしいゼロである。

友人も恋人も親もいない、二個上の姉は結婚してから一切連絡をよこさなくなった。これは孤独感ではなく間違いなく孤独そのモノだろう。十代半ばから取りつかれていた、自分の階級ピラミッドの位置はどこであるかという問い。二十代後半にしてようやくピラミッドの底辺に座り込んでいた自覚を持てた。

分析化学の実験で十分の一目盛りまで読めとよく言われたものだ、しかし正確に読むのは無理である、素人ならプラスマイナス3は誤差が出る。人生ピラミッドもそんな気がした、頂点と底辺にだけ目盛りがついている。だから底辺にたどり着くまで正確な位置を知れなかった。

思考を断ち切り駐車場へ戻る。十分で戻ると言ってタクシーを待たせているからだ。

タクシーに乗り込む。

「平成公園まで、いや、駅までお願いします」

平成公園は自宅近くの公園で、家に帰るときはいつもそこを指定していた。しかし、タクシー前の自販機のコーヒーを見て久々に喫茶店のコーヒーが飲みたくなった。

駅でタクシーを降りて、喫茶店に向かう。

勤務先は駅から少し離れたところにあるので、中心部に来るのは数か月ぶりだ。

物珍し気に周りを見回していると、デッキ下でホームレスが物乞いをしていた。そういえば、財布の中にはパチンコで稼いだ金が入っている。悪銭身につかずなのだから、誰かにあげるべきなのだろうか。

鞄の中をあさると、財布が奥に入っていた。歩きながら取り出すのは億劫だったので、取り出さずに喫茶店に向かった。

喫茶店に入ると、休日出勤終わりのサラリーマンとカップルで溢れていた。この社会の光と闇を見ているようで嫌になる。

席について電子書籍リーダーで本を読みながらコーヒーをすすっていると、先ほどのカップルの会話が耳に入ってきた。

「この後どうするー」

「家行っていい?」

日常的な会話なのだろうが、この日常を得られたものと得られなかったものの差は何なのだろうか。

最後に人とコーヒーを飲んだのは20の時だった私は、いったいどんな悪いことをしたのかと、考えてしまうのはいたって自然であろう。

失うものが何もない体は、徐々に悪意をため込んでいく。自分の横を自転車が横切ると蹴飛ばしたくなる。 そんな考えになってもう五年は経つ、湛えた悪意がいつか爆発しそうで怖かった。人が犯罪に走らないのは本人の善意と社会の圧力及び法律である。法律は皆に平等に与えられるが、他二つはそうではない。そして、社会の圧力はいつの間にか自分の身から消え去ってしまった。

そんな時だった。神様はどうやら私を犯罪者として地獄に落としたいらしい。

カップルの男が私の座っている椅子に鞄をぶつけてきた。いや、ただぶつかっただけかもしれない。どちらにせよ笑いながら店内から出ていく姿が何とも不快だった。

コーヒーを飲み干し、鞄を持って店から出て彼らを追った。追ったところで何をするつもりだったかは分からない。ただ走った、胃が強くないからコーヒーのせいで気持ちが悪い。

信号に引っ掛かり我に返った、いったい私は何をしていたのだろうか。

社会に不必要なゴミでも毒草に成り果てるのは違うだろう。

電車に乗るために駅前につく。タクシーを降りた時と同じ光景が広がっていた。

私は、財布から1万円札を抜き缶詰の缶に詰めた。





この話はフィクションです。

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