悲恋綴。
可愛い!可愛い!可愛い!
あたしったらとっても可愛いわ!
そんな彼女が好きだった。
高校生、春も終わり時期。蒸し蒸しとした湿気に包まれた日々に、僕らは機械的に毎日同じ作業を繰り返していた。
朝起きて、飯食って、学校行って、バイトして、帰って、風呂入って、飯食って、寝る。
何か特別面白いことがあるわけでもないのに、嫌なことは少しずつ、だが鮮明に、頭の中に蓄積されていっていた。ただただ無心にしなければならない事をしているうちに、気がつけば月が咲く。次目を開けたときは、その月は枯れていた。
咲いては枯れる。その繰り返し。
そんな僕にも、安らぎは少なからず存在していた。
内気で暗い性格である僕に対し、彼女はいつも話の輪の中心にいる存在だった。しかしそんな差がありながらも、彼女は僕にも優しく接してくれる。僕はそんな彼女を好いていた。
例えば先生に仕事を任されたとき、一人でそれをしようとしている僕に、彼女は周りになど目もくれずに手伝いに入ってくれるし、掃除時間に廊下掃除をしていても、目が合えば必ず話しかけてくれる。
どうして僕なんかに。そう思わないはずがなかった。
ああ、間違いない。
僕は彼女に、恋をしている。
それは梅雨入り初日。
帰り道突然降り出した雨と下から巻き上がった強風に、彼女がさしていた黒と白の水玉模様の折り畳み傘はいとも容易く破壊された。
僕らは通学路が一緒で、その日はたまたま目の前に彼女がいたから、僕はその瞬間をすぐ前にしたのだった。
僕はそんな不運な彼女の真後ろで、バイトの初給料で買ったお洒落かつ丈夫な、少々お高い傘をさしていた。
貸そうかと思った。
だけどこの傘は初の給料で買ったものであり、何より今日初めて使ったのだ。まるで子供のように愛おしい存在だった。
…だが、そんな存在が彼女の力になれたら、どれだけ心地がいいだろうか。どれだけ幸せだろうか。
僕が彼女を救った。
僕が彼女を守った。
そんなステータスがあれば、この先どれ程の自信を持っていられるだろうか。
思いついたが途端、僕は彼女に傘を握らせて、そのまま走って家路を辿った。
後ろではぽかんと口を開ける彼女と、それを囲う女子生徒たち。囲いの連中はケラケラと笑っているようだった。
だけどそんな事気にならないくらい、僕の心はヒーローになっていた。
こんなに湿度が高いというのに、こんなに体が濡れるというのに、なんだかとても、それ以上に、爽快だった。
そして翌朝、通学路の途中。
ぐちゃぐちゃに抉られた僕の子供が、苦しそうに捻れて道路に転がっていた。
僕はただ、それを横目に、何事もなかったかのように通り過ぎるしかなかった。
彼女が、悪魔に見えた。
『あなたにも優しくしている私可愛い!』
彼女は悪魔だ。