田舎のお祭り
お盆には、おじいちゃんとおばあちゃんの家に行く。
田舎、と言っても差し支えない木々と田んぼと少しのお店がある町。そこにお母さんの実家がある。
「おぉ、よく来たなあ」
「まあまあ、千花ちゃんったら本当に別嬪さんに育って」
「久しぶり。おじいちゃんおじいちゃん」
おじいちゃんもおばあちゃんも歓迎してくれる。この家に二泊するのが毎年のお盆の恒例行事だ。
「今年もお祭りやるからね。ぜひ来てね」
この地域はお盆の時期に夏祭りをする。花火や神楽、屋台は多く、ステージにそこそこ人気のある芸人や歌手が来たりする、田舎にしてはけっこう大規模なお祭りだ。特に花火は有名なようで、このお祭りのためにわざわざここを訪れる観光客も多い。
「千花ちゃん久しぶりー」
いとこたちも集まっている。夜は浴衣を着てみんなで花火を見るのだ。
「楽しかったね~!」
「花火もう少しで始まるね」
夜、屋台をひととおり見て回って家に戻ってきた。この家から花火は見える。わざわざ人でごった返している中で花火を見なくてもいいのだ。
どぉんどぉん、と花火が打ち上がる。電気を消して、窓を開けてそれを魅入る。
「あの花火でな、“いしぶさん“の魂が鎮められて、一年間みんな幸せに……」
「おじいちゃんったらまた言ってる」
「もう酔ってるのね」
酔ったときのおじいちゃんの口癖。それがこのお祭りの由来だ。
昔この地域には“いしぶさん“と呼ばれる悪霊がいて、地域の子供を攫っていったという。困った人々はとてもとても強い力のある拝み屋さんを呼んだそうだ。とても強い“いしぶさん“を成仏させることはできなかったけれど、拝み屋さんの言うとおりに夏にお祭りをすることで“いしぶさん“の荒れ果てた心を鎮めたら、一年間は“いしぶさん“が悪さをすることはないそうだ。それ以来、夏の祭りはこの地域の伝統になった。
「今年も派手だねー」
「ねぇ」
みんな花火に夢中な中、完全に酔っているおじいちゃんはまだひとりごとのように“いしぶさん“について語っている。
「村のどこかにある五つの石碑が……“いしぶさん“をこの村に閉じ込めて……他の場所で悪さしないように……」
翌朝、自転車で十五分のコンビニに向かっていると、踏切にひっかかった。そんなとき、一緒についてきた従姉妹がこんなことを聞いてきた。
「ねえねえ千花ちゃんって霊感あるんでしょ?」
「そうだよ」
「“いしぶさん“っているの?」
「いないよ」
即答。いとこは「だよねー」と笑っている。
「ま、お祭り楽しいから“いしぶさん“とかどうでもいいけどね」
「…………」
そう、“いしぶさん“はいない。ここにはいない。
従姉妹が今足置きにしている大きめの石。それは数年前の地震で崩れてそのまんまの、“いしぶさん“を地域に閉じ込めるための石碑。汚れ、雑草に埋もれ、ただの大きめの石にしか見えない。
地震で破壊され、時代の流れで信心深い者がおらず、管理する者もないので放置された、“いしぶさん“を地域に留めさせる石碑。
“いしぶさん“をこの地にいさせる楔はない。数年前の地震が起きたときに、“いしぶさん“は既にどこかに行ってしまっただろう。“いしぶさん“を鎮める祭りがない場所へ。
もはや止めるものは何もない。きっとどこかで、かつてのように。
「千花ちゃん、電車行ったよー」
「……うん」
物思いに耽っている間に遮断機は上がっていた。従姉妹を追いかけて、自転車のペダルを漕ぐ。
従姉妹の靴の足跡がついた、意味を失って久しい石碑の上を蛙が乗って鳴いていた。




