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理不尽だろ?

 理不尽というのは、ある日突然やってくる。


*****


「沙知絵の強化ヤバくね?」

 夏の日差しに晒されながら、不動くんは難しい顔をしながらそう問いかけてきた。

「ボブと合わせたらシステムができるだろ。ボブ絵システムができちまうぞ」

「もう動画上がってるよ」

「はえー」

 話題はお互いがやっているオンラインゲーム。不動くんが普段あまり使ってないキャラがこの度の調整で超強化されたのだ。

「やってみたけど爽快の一言だよ。ボブ絵」

「あー! 沙知絵育てときゃ良かった! なあ三島の沙知絵ちょっと使わせてくれよ! ボブ絵やってみたい!」

「えー……。ランク上がったばっかりだし……」

「そこをなんとか!」

 不動くんが拝んだのとほぼ同時に、近くからうめき声のようなものが聞こえた。

「今……」

 不動くんも聞こえていたらしい。二人して、眼前の柵の向こうに広がる林を見る。この向こうから、声が聞こえてきた。夏でも木陰のおかげで比較的涼しいから、散歩でここを訪れる人も多いと聞いたことがある。

「……もしかして熱中症か?」

「ポカリなら持ってるよ。行こう」

 いつでも救急車を呼べるようにスマホ片手に、二人で柵を乗り越えて林の中に突撃する。

「おら、金出せよ」

「ぐっ……」

 だが待っていたのは不意の熱中症に苦しむ患者ではなく、いかにもなヤンキーの格好をした若い男と、それに襟首をつかまれ苦しそうな中年の男の人だった。

「おい、何やってんだテメー」

 不動くんが睨む。自身が鍛えていること、暴力沙汰には耐性があることから、ヤンキー一人に微塵も怯む様子はない。

「は? 誰だテメェ引っ込んでろ」

「誰だじゃねえよ。おっさん相手にカツアゲか? かわいそうだから止めてやれよ」

 不動くんはまだまともなことを言っている。このまま丸くおさまってほしい。

「ふざけんじゃねえよバーカ。女連れだからってイキってんのか? どっか行ってろカス」

「よっしゃお前の頭蹴るわ」

 ほんの一瞬。不動くんが砂利を踏みしめた音がした。その直後には、轟音を立てて不動くんの太い足がヤンキーの後ろにあった木の幹に直撃していた。ヤンキーは尻餅をついて、驚いた顔で不動くんを見ている。

「え、何お前いまのかわすとか素早いな! うはははっ! 面白え! よっしゃゲームしようぜ! 俺がお前の頭を十回蹴るから、お前がかわせた数でお前が俺に支払う金が決まるゲームな! 

 十回中三回かわしたら七万円で勘弁してやる! 八回かわしたら二万円の出血大サービスだ! 全部かわしたら一万で済ませてやるよ! 全部かわしたら無料じゃねえのって? 参加料だよ参加料!」

 今日の不動くんは被っていた猫を脱ぎ捨てるのが速いなあ。

 それなりに友達として付き合っていて分かったが、不動くんは顔と成績が良くて明るくてけっこう面倒見がいいけど、反面猫かぶりを止めたら躊躇なく人に暴力を振るい、それに楽しみを見いだすタイプであり、大幅にずれた倫理観を片手にマイルールで行動するという社会的にアウトな人間だ。きっと数年後には牢屋にいるだろう。そういうときに差し入れは何を持っていくべきなんだろうか、とたまに考える。

「な、何言ってるんだこいつ……」

 本当にそうだね。私も意味が分からないけど不動くんは本気だよ。

「ん? ルール説明もっかい必要か?」

「言ってることが頭おかしすぎて理解できないんだよ。もっと普通に助けようよ」

「えー、なんで。そんなダメ?」

「い、意味わかんねえよ頭おかしいだろてめえ! 人の頭蹴るゲームとか何考えてんだ!」 

 カツアゲするヤンキーに正論を説かれた。

「ははっ、なんだよテメエ。ハンムラビ法典を知らねえか」

「ハン……?」

「目には目を、歯には歯を、で有名な昔の法律だよ」

 勉強が苦手なんだろう。ハンムラビ法典すら知らなかったヤンキーのために解説をする。さすがにこの有名なフレーズは知っていたようで、「だからなんなんだよ!」と吠えた。

「そのまんまだよ。目には目を、歯には歯を、なら……理不尽には理不尽を、だろ?」

 カツアゲと人の頭を蹴るゲームは釣り合ってないと思う。

「お前らみたいなさあ、弱い者いじめするやつらってさあ、自分は酷い目に遭わないと思ってるんだよな。そうだよなお前らがいじめめてんのはきちんと社会のルールを守る一般人だもんな。泣き寝入りしてくれるもんな。簡単に報復で殺すとかしてこないもんな。逆にヤクザとか絶対相手にしないもんな。チキンめ」

 不動くんはポケットからカッターを取り出した。ただでさえ倫理観危ういのにそんなものを常備するの止めて欲しい。


 ぎちぎちぎちぎち……


 独特の音を立てながら刃が伸びていく。

「親に弱いものイジメはするなって言われてるから、そういうこと絶対しないけどさあ。

 けどさ、お前みたいなの相手ならいいよな。だってお前社会のルールを守ってねえもん。そういうやつ相手なら、俺も守らねえ」

「ひっ……!」

 そんな小さな声のあと、ヤンキーは脱兎のごとく走って行った。本当に足が速い。すごい。

「うわ何あいつ陸上部? すげー。

 あ、おっさん大丈夫?」

「ひいっ」

「ごめんなさいこの子頭おかしくて。悪い人ですけど、一応普通の人を殴ったりはしないので」

「もうちょっとオブラート包もうぜ!?」

「そんな丈夫なオブラート持ってないよ。とりあえずカッターしまいなよ」

 おじさんを立ち上がらせる。少し口の端を切っているが他は問題ないようだ。

「どうしてこんなところに?」

「こ、ここはうちが管理するところだから……雑草を刈ろうと……あと掃除を……」

 たしかに雑草が伸び放題だ。いろいろ物があるのに伸びきった草のせいで大半が隠れてしまっている。

「なあ三島ぁ。見知らぬ善良な市民を助けた俺にご褒美とかない? キスでもいいぞっ」

「沙知絵使わせてあげる」

 確かに一応人助けはしたのだ。乱暴が過ぎるが。よしよし、と撫でてあげるとご満悦のようだった。

「しかしアレだな! あいつもコレで悪事を止めたらいいな!

 弱いものイジメなんか続けてたら、稀に俺みたいな大当たり引いて痛い目見ちゃうぞ! みたいな!」

 すっかり機嫌がよくなった不動くん。私は「そうだね」と返した。

「でも、大当たりはもう引いてるかもね」

「俺のこと?」

「ううん。別の大当たり」

 おじさんを脅すときに蹴ったのだろうか。近くにあった大きな石に、土の足跡がしっかりとついている。

 その石は、私には古い古い墓石に見えたのだ。


*****


 なんだったんだ。なんだったんだ。ヤバい奴だった。しばらくあそこには近寄らないでおこう。

 家に帰ってベッドに横になる。自分の部屋なのに妙に落ち着かない。なんだろう。他に誰もいないのに、誰かに見られているような、そんな気分がする。


 きい、とドアがひとりでに開いた。

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