最後の言葉
私の同級生の早川さんが亡くなった。
階段を降りるときに足を踏み外した末の、不幸な事故だった。葬式を終えてもなお変わりのない悲しみに暮れる家族のもとに一通の手紙が届いたのは、訃報から二週間ほど経った頃のことだった。
『お父さん、お母さんへ
今まで育ててくれてありがとう。本当はもっといろいろ書こうとしたけど、考えれば考えるほど書きたいことばかり見つかって終わりが見えなくなりそうだから、この手紙に今までの感謝を全て書くことはやめました。
その代わり、私の部屋のクローゼットの中にある、ナンバー式の南京錠がついた青い箱の中を見てください。番号は0258です。
母の日と父の日に贈るために用意してたプレゼントと手紙があります。それが生きているときの私の気持ちの全てだと思ってください。
この家に産まれて、育って、本当に楽しかったです。
本当にありがとう。大好き』
そう記された、パソコンで打たれた手紙。投函されたのは明らかに我が子の死後。両親は訝しげながらも手紙の通りにその子の部屋にあった鍵付きの青い箱を開け、その中にあった母の日と父の日のプレゼントと、両親への日々の感謝を綴った手紙を読んで、号泣したという。
それ以来、早川さんの両親は少し前向きになった。亡くなってからもこうやって自分たちのことを想ってくれているあの子に、悲しんでいる姿ばかり見せて心配させたくないから、と。
「そう。良かったね」
『うん』
早川さんにお願いされて、手紙を打って投函したのは私だ。幽霊の早川さんではどんなに声をかけてもご両親には届かなかったから、霊感がある私に依頼してきたのだ。
『あのさ……今まで、霊感があるなんてウソ言うなんて子供みたいとか言ってさ……ほんとごめん』
「いいよ別に」
『あと、自分が死んでようやくそれがウソじゃないって理解して……そんなバカな私のお願いに付き合わせちゃって、それもほんとごめんね』
別に気にしなくていいのに。人に優しくしなさいと、お父さんやお母さんがいつも私に言っているとおりにしてるだけだ。
「でも、うーん、そうだね……」
『?』
「言われるなら、ごめん、より別の言葉のほうが好きかな」
早川さんは少し間を置いて、私の言葉の意味を理解して、ふっと微笑んだ。
『それもそうだね。
ありがとう、三島さん』
小さな舞台を演出するかのごとく窓から初夏の爽やかな風が駆け抜け、私と彼女を撫でていった。