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理想の生活

 苦しい。なんで自分はいじめられるんだろう。

 

 そんなことを思いながら、ゴミ箱を漁る。私の靴は、どこに隠されたんだろう。

「靴、あったよ」

 振り返ると、同じクラスの三島さんが私の汚れた靴を持っていた。

「図書室のゴミ箱にあったの。探してるみたいだったから」

「あ、ありがとう……」

 人と接するのが苦手で、いじめられて、初めて優しくされた。そこから、私は三島さんと、いや、千花ちゃんと仲良くなったのだ。


*****


「元カノにえっちのときSMプレイお願いしてフラれたって本当?」

 ブホっ、と不動くんは飲んでた水を吹きかけた。日曜の昼下がりのカフェ。周りはおゲホゲホと咳き込む不動くんにチラリと視線を向けるがすぐまたおしゃべりに夢中になった。 

「なななななんのことですかね」

「この前言ってたの聞こえた」

 私は自分の足で、向かい側に座ってる不動くんの足をつつく。

「で、どうなの?」

「いや、その、それは黒歴史ってやつで」

「で?」

「……………………ホントウデス」

「ふぅん、S? M? どっち?」

「お、俺がSです……」

「へぇ」

 カフェラテを一口飲む。

「私、そんな趣味ないけど」

「黒歴史なんで! 三島には頼みませんので!」

「どうだか……」

 信用ならない、と半眼になる。そもそも付き合う気もないけど。

「あれ、千花ちゃんだ」 

 聞き覚えのある声に、横を見る。地味で大人しそうな女の子が立っていた。

「……ユキちゃん。久しぶりだね」

「そうだね。千花ちゃんもデート?」 

「ただの友達だよ」

 否定する。そういえば、男女二人でカフェだし、今の会話だし、たしかにカップルに勘違いされるかもしれない。

「おい、ユキ、無駄話するな!」

 ユキちゃんの隣にいて、スマホをいじっていた男の子が怒鳴りつける。

「席が空いた。さっさと行くぞ」

「わ、わかりました。千花ちゃんじゃあね」

「無駄なことはするなと言ったろ! 俺への返事以外はいらん!」

 ユキちゃんと男の子は空いた席に移動した。当然みんなの視線は二人に集中していたが、怒鳴りつける男の子の不快感よりも、更に目立つものに注目がいっている。

「すげぇ。首輪つけたカップルって本当にいるんだな」

 そう。ユキちゃんは首輪をつけていた。チョーカーではなく、首輪。鎖がついていて、その鎖を持っているのは怒鳴りつけていた男の子だった。 

「知り合い、だよな?」

「うん。中学の時、ちょっと仲良かったの。一緒にいた子はユキちゃんの彼氏。中学のときからあんなかんじだよ」

「え、中学のときから首輪つけてんの?」

「うん。学校でやったら大問題になったから、怒られたあとは学校ではつけてなかったけどね」

「レベル高ぇ……」

 おそれいった、みたいな顔だ。

「……不動くんもああいうことしたいの?」

「うえっ!? なんで!?」

「だって、ああいうのがSMなんでさしょ? で、不動くんは元カノにそういうことお願いしてフラれたんでしょ?」

「いやいやいや、お、俺はただちょっと縛らせてくれって言っただけで」

「へぇ、そういうこと好きなんだぁ……」

「いやっ、そのっ……!」

 不動くんが頭を抱える。ちょっと楽しい。

「そ、それにしてもそのユキちゃん、いいんかねアレで」

「話題変えたいのは見え見えだけど、どういうこと」

「いやだってほら、怒鳴るし首輪つける男とかダメじゃん?」

「うーん……中学からアレだし……」

 それに、と付け加える。

「人の幸せって、いろいろだもん」

 私は知っている。ユキちゃんは、あれが一番幸せなのだ。


*****


 通帳の残高を見る。その桁数ににんまりとする。

「おい」

 彼に呼ばれて、振り向く。

「昼のあれ、三島だったか。たしかいじめられてたお前の手助けをしたとかいう」

「はい。出来れば彼女とは連絡を取り続けたいです」

「ふん、それなら許してやろう。だが、俺がトイレに立っている最中にLINE交換など二度とするな! もし馬鹿と連絡先を交換したらどうする!」

「申し訳ございません」

 あとあとLINEを交換したのだ。良かった。許しが出た。

「いじめてた馬鹿どもはどうなったんだろうな」 

「千花ちゃんに聞いたところ、大半はレベルが低い学校に進学したようです」

「はっ、馬鹿にはふさわしい結末だな」

 あざ笑う。そして、ああそうだ、と思い出したような顔をした。

「そういえば、新しい靴は選んだんだろうな」

「はい。こちらにしようかと」

 スマートフォンを取り出し某ブランドのホームページを見せる。お値段、三十万円。

「うん、まあこれでいいだろう」

「ありがとうございます」

 深々と頭を下げる。これで三十万の靴は私のものだ。

 そう、こうやってしおらしくしているだけで高額な品々が次々と私の手に渡る。ただの高校生の私に、だ。

 彼は頭が良く、中学のときから事業を立ち上げ、今もそれで多額の利益を得ている。みっともない女が大嫌いなので、パートナーである私にも金を惜しまない。

 そんな彼が女に望む条件は、自分に従順であること。従順でありさえすれば、望むものを与えてくれる。ただしその従順とは、常に彼と共に行動し彼の指示に従い、仮に彼と離れるときにはGPSで常に動向を把握されることに文句を言わないという度が過ぎたものだが。

 実際、私は既に実家を離れ、高級マンションで彼と二人暮らしだ。家事は全て家政婦がやってくれる悠々自適な生活だ。

 首輪? それがなんだというのだ。

 怒鳴られる? それがなんだというのだ。

 見栄えが悪くない程度の学歴さえ得れば、あとは一生お金に困らない生活が送れるのだ。もういじめられることなんて一生ない。いわゆる勝ち組というやつだ。

 人と接するのが苦手で、そのせいでいじめられることが多かった私が、普通に生活してたら到達できなかった世界。

 スマホが点滅を始める。千花ちゃんからの新しいLINEだ。

『そういえばいじめてた子の一人はうちの学校にいるけど』

『なんか、いじめられてるらしいよ。彼女がいる男子に手だそうとしたらしくて』

 ニヤリ、と口角が少しあがった。

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