山の中のお話
山の中でのお話しです。
青年は、困っていました。
大学の夏休みにバイクできままな一人旅に出たはいいものの、道に迷ってしまったのです。既に夜、周囲は前を見ても後ろを見ても山ばかり。こんな山の中で野宿はごめんだと、青年は早く山から出れるよう祈りました。
「まあ、そういうことでしたら、うちに泊まってってください」
幸運にも見付けた一軒の民家の奥さんが、ニコニコとしながら青年を家へと招きます。
「いえ、ご迷惑をおかけするわけにはいきません。道さえ分かれば……」
「いいえ、麓は遠いですし、この辺りは夜になると野犬がうろつくことがあるんです。危険ですよ」
青年は奥さんのご厚意に甘えることにしました。家には旦那さんと、五人の幼い子供たちがいました。
「在宅でお仕事をしているんですか」
「夫婦ともども、どうしても自然に囲まれて暮らしたくて。そのために、がんばりましたよ。おかげで、ネットさえ繋がれば仕事はいくらでもあります」
「うわあ、憧れます! お話し聞かせていただいてもいいですか!」
青年はあっという間に旦那さんや奥さんと仲良くなりました。子供たちも、青年に都会の話や大学の話をせがんできます。みんな良い子で、朗らかです。
「しょーぼーしになりたいの、僕」
「消防士? じゃあ体を鍛えないとなー」
「がんばるー!」
旦那さんと奥さんは、子供たちを愛おしそうに眺めています。
「ここでの生活は幸せです。もちろんいろいろ困難はありました。仕事のこと、子供のこと……」
旦那さんは日本酒を仰ぎます。
「田舎は仕事が全然ありません。私たちは二人とも子供ができない体質です。
けれど、二人ならばきっと困難を乗り越えられると信じてきました。結果、在宅で仕事をして、子供は養子を貰えたのです」
「すごいです」
「いやいや、若いからこそできたことです」
一泊させてもらい、朝になり、青年は再び麓を目指すことにしました。
「この道を真っ直ぐ行けば、一時間もしたら麓に繋がる大きな道路にでます。あとは左へずっと行ってください」」
「はい。ありがとうございます!」
「お兄ちゃん、ばいばーい!」
青年はお礼を言い、山の中の家族たちは温かく送り出してくれました。
この夫婦は兄と妹の近親相姦の夫婦で、子供は病院から誘拐してきた子供たちであることなど、青年は知るよしもありません。




