泥のお化け
小学生の頃、いじめられてよく泣いていた。
「お前んち、父さんも母さんも不倫してるんだろ!」
「不倫一家だ! お前も大人になったら不倫するのか!」
「やめてよぅ。しないよぅ」
両親のW不倫のせいで、私は同級生から蔑みの対象にされていた。毎日学校に行くのが嫌で、でも行かないと両親から怒られるので毎日が嫌な気持ちだった。
追いかけてくるいじめっ子から逃れるために無我夢中で逃げ回っていると、いつの間にかどこかの林の中に入り込んでしまったようだった。木々を縫って逃げまわり、ぽかんと空いている空間に出た。そこは広い池のようなものがある空間だったが、池というよりは泥水が溜まったような色をしていて、どこか不気味な空間だった。
「うわっ!」
「いたっ!」
いじめっ子は地面の泥に足を滑らせて、面白いように転んでいく。真っ白な服があっという間に泥だらけになって、薄汚れたまだらを作った。
「こんなとこいられねえよ! 帰ろうぜ!」
一人がそう言ったことで、いじめっ子はみんな帰っていった。一人泥の池のほとりに残された私は、足跡の残響すらきえてしまったころにようやく口を開く。
「誰かいる?」
泥の池に、誰かいる。誰かがいて、その誰かがこっそり放った泥がいじめっ子たちの靴に絡みついたのが見えたのだ。
『……なんだよ』
泥の中から声が聞こえた。
「あなた、お化け?」
『ああそうだ。泥のお化けだ』
泥のお化けは泥の池の中に住んでいるのだという。
「お顔を見せて」
『やだね。見せたくないね』
泥のお化けと仲良くなって池に通うようになっても、泥のお化けは泥の中にいた。
『俺の体は泥なんだ。そんなもの、晒したくないね。泥の中に埋まっていたほうがマシさ』
「むぅ」
泥のお化けは少し斜に構えているけれど、優しくて私の話をよく聞いてくれるのだ。
「私、あなたといっしょにお菓子を食べてみたいのに」
『池の中に投げ入れてくれれば食べるさ』
隣に座って、普通の友達のように並んで食べたいのだ。どうしたらいいんだろうと考えると、妙案が浮かんだ。
「じゃあ、泥の体が見えなければいいのね?」
『何する気なんだよ』
「いいこと」
ニッと笑う私。泥のお化けは『何をするつもりなんだか』とブツブツと呟いている。
*****
一年くらい、かかったと思う。
「これなら体は私から見えないでしょう?」
『そうだけどさぁ』
泥のお化けは呆れているようだ。
『多分、君は脳筋だぜ』
ふわ、と芳香がする。
泥のお化けは今は陸に上がっている。だがその泥の体はちっとも見えやしない。だって、全身から蓮が生えているから。泥の中に生えるという蓮の種をたくさんばらまいて、池を蓮でいっぱいにした。そして泥のお化けはそのたくさんの蓮で体を覆い隠すことで、ようやく私の隣に座ってくれた。
「さ、クッキーをいっしょに食べましょう」
『はいはい』
泥のお化けはため息をついた。彼が良くするそのため息も、近くで聞けるとなると嬉しかった。
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