過去と未来と男と女
私は人を殺してはいない。けれど、私のせいで、多くが死んだ。
この戦争を産んだのは、私。
私は人見知りする子供だった。いつもいつも誰かの後ろに隠れているような子だった。幸い、面倒見のよい子が友達になってくれて寂しさは感じなかった。
私は勉強が好きで、特に理系科目に強かった。親は将来はお医者さんになるといいんじゃないかと言ってきた。けれど私はテレビで見たロボコンに魅了されて、そちらの道に進むことにした。
友達とも遊びながら勉強もしていてマイペースに過ごしていたとき、高校の同じクラスの男の子に恋をした。
同じ理数科の男の子。私とは違って、医者を目指しているようだ。
「ロボコン、見てて面白いよな」
彼はそう話しかけてくれた。話すのが苦手な私をきちんと聞いてくれた。男の子に慣れていない私はあっという間に恋をしたけど、友達以上になるような行動はとれなかった。
そして、卒業して遠くの大学に行った彼と会うことはなくなった。
あれだけいっしょにいたのに、なんの行動もとれない自分が嫌だった。不甲斐なかった。だから、それらを忘れるように勉強した。研究に邁進した。遊ぶのも忘れて勉学と研究に没頭した。
そのうち私はロボット工学の研究者として世界でも名高い存在になった。私の研究は、特に医療や介護の世界で多くの人の役に立った。
「お前の研究のおかげで、俺の仕事も捗ってるよ」
同窓会で再会した彼はそう語っていた。無事お医者さんになっていたようだった。
「実は俺、あのときお前のこと好きだったんだよ。勉強邪魔するわけにもいかないなと思って、言ってなかったけどさ」
彼はそう言って、微笑んだ。そんな彼の左手の薬指には、指輪がはまっている。
「…………」
覆水盆に返らず。後悔で精神が不安定になりそうなのを忘れるように、また研究に没頭した。そして、とても多くの人が救われた。
まさか、それが兵器に転用されるなんて思わなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
私しか知らない秘密基地に誰かが踏み込んで来るのは時間の問題だろう。第三次世界大戦が起きてから半年が経った。あまりにも多くの命が失われていた。
使われた兵器────ロボットの多くに、私が開発した技術が使われている。私の子供に等しいロボットたちが殺戮する様を、この半年間見続けていた。
そもそもこの戦争自体が、テロ組織が私が開発した技術を悪用したことがきっかけで勃発したものだった。
「もう、これしか……」
この惨事にケリをつける最後の手段が目の前にある。密かに開発していたタイムマシンだ。だが私がそれを手にしているという情報を、既に各国が得ている。どの国も血眼で私を探しているだろう。
多くの足音がする。ここが見つかったのだ。この部屋のドアは簡単に壊せる物ではないが、時間の問題だ。
「早く……!」
タイムマシンのロック解除には時間がかかる。ドアが異音を上げている。そう長くは保たない。
目の前にあるタイムマシンは一人用だ。誰かが使用したら他の誰も使えない。そして使用するために必要なデータも私の頭の中だ。
ならば、やることは一つしかない。
ドアが破壊され屈強な男たちが入り込んできたとき、一足先に、私はタイムマシンに乗り込んでいた。
今日も快晴で、世界は平和。
私は数日後のロボコンの観覧が楽しみで楽しみで仕方がなかった。機嫌良く学校からの帰り道を歩いていると、見知らぬ女の人に話しかけられた。
「あの……あなたと同じ学校の制服の男の子が、これを渡してくれって」
白衣の、なんだか疲れた様子の女の人。怪しいけれど、強引に渡されて受け取ってしまった。
『あなたのことが好きです。口できちんとお思いを伝えたいので、××時に校舎裏の中庭に一人できてください』
そう、手紙には書かれていた。送り主は、大好きなクラスの男子の名前。
「え……君も同じ手紙を貰ったの?」
「うん。下駄箱に入ってて」
手紙の時間に行くと、たしかに彼はいた。けど、彼も同じ文面の手紙を貰っていたらしい。つまりこの手紙は、いたずらだ。
「ご、ごめ、ごめんね。よく考えたら変だよねっ……私、浮かれちゃって……」
泣きそう。いや泣いている。勉強ばかりの地味な女が、彼に好かれていることを期待したからこんなイタズラにひっかかるのだ。
「待って!」
帰ろうとした私の手を、彼が掴んだ。
「この手紙はイタズラだけど、俺、本当にお前のことが────」
高校生同士が恋人になって、世界の命運は変わる。
少女は恋に生きて、科学者にならずに彼と同じ医者を目指す。科学の発展は大いに遅れ、同時に、戦争からも遠ざかった。
恋を掴めず戦争を産んだ哀れな女は、もうどこにもいなかった。




