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図書室の幽霊

 いろいろあって悩んで死んで以来、私は“図書室の幽霊“になった。


 夕方誰もいない図書室にいると、いつの間にか見覚えのない生徒が本を読んでいる。その少女は昔、首を吊って死んだ生徒だ、という怪談。

 こういう怪談は尾ひれがつくものだが、これに限ってはすべて正解だ。私は図書室の幽霊として、日がな一日本を読んでいる。夕方になれば誰も彼も私の姿が視えるわけではなく、多分、素質がある人だけが私の姿を捉えることができる。お遊びで図書室に来る人たちに視られないことはいいことだった。

 だから、ずっと本を読んでいる。古い本も、新しい本も、誰かの忘れ物も。文字と紙は私の生前の命を絶つほどの怒りと悲しみを少しずつ癒やしていって、私の姿は長い年月をかけて少しずつ薄くなっていく。

 でも、やっぱりたまにいる。私の姿が視える人。

「ねえ…………」

 そんな私に、おそるおそる話しかける声。

「図書室の、幽霊、さん……?」

 それは最近いつもいつも図書室にいる生きている人間の女の子。朝来て、授業中もお昼休みもここにいて、夕方過ぎになると帰る、そういう子。

 つまり、教室にはいれない子なんだろう。そういう子は保健室登校をするイメージだったが、この子は図書室にいることを選んだらしい。

「えっと、その、本、いっぱい知ってるよね」

 いかにも大人しそうなその子は、たどたどしくしゃべりながらも、しっかりこちらを向いている。

 教室でもなく、保健室でもなく、図書室を選んだ子。それは、仲間なのだろう。

『そうね』

「……面白い本とか、教えてもらっていい?」


 その子が学校に来ていて、私を視認できる平日の夕方だけがその子と私のおしゃべりの時間。好きな本の話と、好きな本の話と、好きな本の話。そればっかり。

 私はなんでその子が教室に行けないかは知らないし、興味がない。聞くことはない。あの子も私がなんで幽霊になってここにいるのかは聞いたりしない。私達の間にそんな話はいらない。ただ、好きな本の話ができればいいのだ。

 それは3年間の間続き、卒業の時期となった。

「大丈夫かな」

『どうかしらね』

 あの子も高校へ行く。私はずっとここにいるからこの子とはお別れだ。

『大丈夫だよなんて安易な言葉は言う気がないの。高校の環境と教師の質と生徒がまともであることを祈りなさい。あとはあなたの振る舞いもね。おどおどしてると変なのに目をつけられるわよ』

「う、うん。がんばる……」

 卒業式で渡される筒を持って、あの子は立ち上がる。

「そろそろ行かなきゃ。ふふ、今までたくさんお話してくれてありがとう」

『がんばりなさい。幸運を祈るわ』

「これ、お礼。読んでね」

 そうしてあの子は机の上に文庫本を一つ置いて、図書室を去っていった。

 私が読みたがっていた、好きな作者の新刊。

『大切に読むわ』

 もう聞こえないだろうけど、私はたしかに小さく呟いた。


 そして、私は何十年も図書室の幽霊を続けた。途中校舎が建て替えになったときはどうしようかと思ったけど、図書室が新しく大きくなったからむしろ喜ばしいことだった。

 私の色はどんどん薄くなっている。もはや幽霊というより色のついた煙のようだ。成仏の時期は近い。

 図書室出迎えた何十回目の春のある日、誰かが夕暮れに図書室に入ってきた。生徒ではなく教師のようだ。彼女はまっすぐに私が定位置としている図書室の片隅の席へと歩みを進めると、一つ尋ねてきた。

「あれ……面白かった?」

『ええ、とっても』

 大人しそうな顔は相変わらず。あの頃と違うのはシャンと背筋を伸ばしていることか。

 私は久しぶりに本を読んでいるとき以外で、笑みを浮かべた。

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[一言] 不意打ちで泣ける話はずるい
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