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犬の知性

 人間は嫌いだ。わがままで、嘘をつき、保身走る。


 学生時代からそんな人間という種を嫌って、極力関わらないように生きてきた。周りの人間がどうしてそんな精神的に汚らしい生き物と交わりたがるのかよくわからない。同種の生き物と関わりたがらない、生殖的に無意味な存在である自分のほうが生物として異端なのは頭では理解していたが、どうしてもそういう思考は拭えなかった。

 若いうちから計画立てて動いていたおかげで家で一人で出来る仕事に恵まれ、近年のリモートワーク環境を推進する風潮のおかげで先んじてその環境を整えて対応できた私はますます収入が増えた。

 そんな自分は一人ではない。犬とともに暮らしている。保健所から引き取った犬だ。

 犬は良い。人のように愚かではない。よく言うことを聞くし、素直だ。人間で言うと2歳か3歳くらいの知能らしいが、そのあたりでぎゃあぎゃあ泣きわめく人間の子供よりもずっと賢く感じられる。

「ただいま」

 買い物から帰ってくると、愛犬がはっとした顔でこちらを見た。周囲にはティッシュが散らばっており、イタズラをしていたのは火を見るより明らかだ。愛犬はしばらく硬直したあと、ベッドの下に隠れようとする。

「こら」

 ぺしんと尻を叩くとしょげた顔をしている。それがまたかわいいのだが。


 さてそんな日々を過ごしているうちに、一つの欲求が湧いて出てきた。

 愛犬と会話したいのである。素人が犬の体調不良を見極めるのは難しく、加齢のせいかと思ったら病気だったなんてよくある話だ。言葉が話せれば早い段階で病院に連れていける確率があがる。

 そして自分はとあるツテで薬を手に入れた。犬の言語を理解できるようになる薬である。奇っ怪なものだが、少しその手のオカルト系にはそれなりに信じられるアテがあったのだ。

 まずは試用品と書かれた薬を飲む。一日で効果が切れるものらしい。

 薬を飲んだあと、犬に話しかけてみる。

『なあに?』

 これは、とても良いものだ。

 試用品の効能にとても満足したので、本番用の薬を飲む。継続して一週間飲み続ければ、永続的に犬の言葉を解することができるらしい。

 一日、二日、三日、と愛犬と語らいができる幸せな日々が続き、四日目の夜。買い物から帰ると、リビングからシュッ、シュッ、と音が聞こえてきた。

 リビングでは、また愛犬がティッシュでイタズラをしている。

「こら」

 声をかけるとまたびっくりして、ベッドの下に潜り込んだ。

「こら」

 尻を軽く叩くと、声。

『僕じゃないよ』

 残念ながら現行犯だ。しょうもない嘘なんかついて、と呆れていると、はたと気づいた。

 犬も、嘘をつく。何度叱ってもイタズラをして、嘘をついて、保身に走った。

 それは、自分が人間という種を嫌う要因。それを、愛する犬も繰り返している。

『僕じゃないよ……僕じゃないよ』

 嘘をついて、誤魔化そうとして。

「………………………………」

 絶望の音がひたひたと近づいてきた気がして、その日以来、薬の服用は止めた。


 またただの犬と飼い主の関係に戻る。愛犬への愛は変わることはないが、一つわかったことがある。自分は動物が好きなわけではなく、ただ知性が低く言葉でのコミュニケーションがとれないがゆえに動物を愛することができるのだな、と。

 それは間違いなく醜いことで、いやまったく、他人のことを愚かと見下せるような人間ではないな、と苦笑いする。

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