不可視の獣(前編)
一人で家にいたら、チャイムが鳴った。誰だろう。
「失礼する」
「……どうも」
髪も服も真っ白な人。足元には同じように真っ白な猫と犬がいて、肩には真っ白なカラスと蛙を乗せている。
「息災か。if/1の娘よ。我らにすらできぬ、神の全容を視ることが可能な目を持つ娘よ」
「はあ……元気です」
大仰な言い方だ。この人たちは天からやってきた神様の使いだ。天上から地上に落ちてきた神様の道具を回収しているらしいので、ときどきかち合ったときは挨拶ぐらいはしている。多分神様は、怒らせると怖いからお行儀よくしていないと。
「不可視の獣が現れた」
「ふかし」
「天から降りてきた獣が、その上何があったのか透明になったのだ。視えぬ獣ということだ。
視えない上に、天の獣だ。もし暴れられると被害は想像もつかん。視えるのは多分お前だけだ。似姿と連絡先を渡すから、もし視えたら何もせずすぐに逃げて俺に連絡して欲しい。お前は視えるだけで戦う力はないのだから」
「はあ……わかりました」
はぁ、と白い人はため息をつく。
「どうせあの心臓頭がやらかしたのだろう。心臓頭。壊れたGMめ。遊びの時の司会進行を司るだけの玩具がよくもやらかしてくれるものだ。あいつがいろいろとばらまくせいでこっちの仕事は増える一方だ。イカれた道具は全て天に持っていかねば」
イカれた道具、と聞いて少し良いことを思い付いた。
「あの……周りの人には視えてなくて、私にしか視えてないような変な道具って持っていって貰えますか?」
「巻き付いている"赤い鎖"だろう。隣の家の男が起点の。あれぞ心臓頭のクソッタレが作った傑作だ。無論回収対象だが」
「が?」
「あれはあの男の血と命に染み付いているものだから回収するには殺して血を全て抜くしかないが、良いか?」
「……良くないです」
「だろうな。あの男が何かしらで死んでから回収するつもりだ。天が授けた命をむざむざ散らせたくないからな。なあに、長くてもたかだか数十年待てばいいのだ」
ずいぶんと気の長い仕事だ。若く見えるがやっぱり何万年も生きてたりするのだろうか。
「わかりました」
「獣の件、忘れるなよ」
ふっ、と白い服の人が消える。足元にいた動物たちもいない。
……獣かあ、貰った絵を見ると猪に見えるがどのくらい大きいんだろう。
翌朝、とある地方で少し騒ぎがあった。
大きさからして猪らしき生き物が、山を囲う網を破って山から降りてきたらしい。
怪我をして興奮している可能性もあるので、絶対に近寄らないようにと近くに住む人たちは警告しあった。
その姿は、まだ誰も見ていない。
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