死の前の願い
とある人は、命を絶つことを決めた。
社会に馴染めず引きこもりになり、生命線である親は、片方は数年前に病で亡くなり、もう片方はつい先日家の中で転倒して死んだ。社会性を捨て去っていたため血を流す死体をどうしていいのかすらわからず、倉庫にある大きな冷凍庫に入れた。
殺したわけではない。ただ、死体を放置したことで何かしらの罪で捕まるかもしれない。
仮にばれなかったとしても、親の貯金がなくなれば自分は終わりだ。もう命を絶ってしまおうと、和室の丈夫な梁にロープを吊るした。
『おっと、待った待った』
すると、どろん、と煙とともに黒いローブに鎌を持ち、鳥のようなくちばしのある白い仮面をつけた生き物が現れた。
「な、な、な……」
『私は死神だ』
「死神」
自分をあの世に連れていこうと? と聞くと『いいや違う』と首を横に振られる。
『お前はもう覚えていないかもしれないが、幼い頃にカラスにつつかれていたのをお前に助けられたことがあったのだ』
思い出した。たしかに子供の頃、変なぬいぐるみみたいな生き物がカラスにつつかれていたのを助けたことがある。夕方だったので、親にばれないようにこっそりと飼おうとして家に連れ帰り、翌朝にはいなくなっていた。子供の頃に見た夢かなにかだと思っていたが……。
『命を助けて貰ったのだ。大人となり立派な死神となった今、恩は返さねばならない。しかし私は死神ゆえに、誰かの命を奪うことしかできない。
端的に言おう。殺したいやつはいるか? 私がやろう』
殺したいやつ。そんなの、全てだ。今まで自分を傷つけてきた社会そのものが憎たらしい。どうせ死ぬつもりなのだ。全て、全て死んでしまえ。
みんなだ、と答えた。
『みんな? ふぅむ。数が多すぎる。具体的に、みんなとは誰のことだ』
誰って、そんな、と言ったところで口が止まった。誰の名前も出てこない。親戚の名前も思い出せない。同級生の名前も思い出せない。昔の友達の名前も思い出せない。昔自分をいじてたやつの名前も思い出せない。
社会と断絶しすぎて、殺したいやつの名前すら、何も思い浮かばない。
いや、違う。一人だけ。一人だけは。
『承知した。謙虚だな』
死神は、鎌を振るう。
数日後、とある地方の家で遺体が二つ発見された。一人は冷凍庫に入った死体。二人目は和室で心不全で死んでいた死体。
そばには遺書が用意されており、親が死んだがどうしていいかわからないし死ぬという内容だった。警察は調査の結果、事故死と病死が相次いだとの結論を出し、家も親族によって更地にされて、そのうち誰もがその家のことを忘れ去った。
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