迫力
迫力っていうのは本当に便利だ。
「じゃーん!」
不動くんが見せたいものがあるというから呼ばれて家に行ってみれば、そこにはピカピカの車と免許を見せびらかす不動くんの姿があった。
「……"わ"ナンバー」
「ふっ、大学生の財力で自分の車ってのは無理があってな……で、どう? ドライブデート、どう?」
「どこに行くの?」
「普段遠くて行けないようなところとかさー。どうよ水族館とか」
水族館。たしかに昔家族と行ったきりだ。久しぶりに行ってみるのもいいかもしれない。
「運転は実家でもちゃんと練習してきたし! さあ行こうぜ行こうぜ~」
そうしてウキウキな不動くんの車に乗って、しばらく経った。
「……ねえ」
「……うん」
「……煽られてない?」
後ろの車がこちらにぴったりと貼り付くように運転している。スピードをあげれば向こうも上げるし、下げると向こうも遅くなる。
「殺してぇ~。急ブレーキしてぇ~」
「ダメだよ」
「今時煽り運転なんてやるなよ。法規制知らねえのか」
当然であるが、昨今の煽り運転への世間の目は厳しい。それでも初心者マークをつけたこの車を煽る無法者の顔を拝んでやろうとしたが、よく見えなかった。
「やめとけ刺激すんな」
「どうする? 路肩に止めて、あっちが通りすぎるのを待つ?」
「それならそれでもいいけどさぁ。……お」
赤信号に引っ掛かってしまった。青から赤に変わったばかりの上に、ここの信号は長い。
「よっしゃ、ちょっと行ってくる」
さっき刺激するなと言っていたのは誰だったか。
「道路の真ん中でケンカしないでよ」
「ならねぇならねぇ」
そう言って不動くんは後ろの車のドアの近くで何かをしている。どんなやりとりをしているかはわからないが、煽ってきた車は少し下がり横道へと入っていった。
「お待たせー」
「なんて言ったの?」
「ん~。危ないから煽るなって。美しいスマイルでな」
「……それだけ?」
そんな普通の言葉で引き下がるなんて、煽り運転なんてやるくせにずいぶんと気が小さい。他人が直接出てくると弱い、内弁慶みたいな人だったんだろうか。
「三島はさぁ、俺のこと見慣れてるからなんとも思わねえだろうけど、俺の見た目けっこー怖い方だからな?」
「……ああ」
身長180越え、褐色肌、見た目でわかるほど鍛えられた体、南国みたいな派手なシャツ。……煽った相手が"これ"でにこやかな笑顔で苦情を申し立ててきたらたしかに素直に引くだろう。実際、殴るのを躊躇わないタイプの人だから大正解だ。
迫力というものは大事だ。時には穏やかに問題を解決してくれる。きっと文句を言ってきたのが女の私だったら向こうも引かなかっただろう。
「お、青になった」
車の後ろが平穏になり、不動くんはアクセルを緩く踏んだ。
駐車場について、空いてるスペースに車を入れる。
「どう?」
「けっこう斜め」
「うえー」
初心者ゆえに何回か駐車をやり直して、きちんと線の中に車をおさめて鍵をかける。
「じゃあ」
「待って。そこで飲み物買ってきて。中だと高いだろうし」
「おお。何がいい?」
「お茶」
不動くんを少し離れた自販機に追いやると、私はしゃがんで"それ"に声をかける。
「……気づいてるよ?」
『…………!』
車の下にへばりついていたお化け。生首の鼻から下が溶けているような見た目だ。途中の赤信号のときに車の下になにかきた気配がしていたのだ。たいしたことはなさそうだが、"イタズラをしてやろう"という意思をバシバシ感じるのだ。車にイタズラなんてたまったものじゃない。
私はお化けを掴む。人間に掴まれると思わなかったのか、お化けは動揺してジタバタと暴れている。
「悪い子。……エンジンの中ね、すごく熱いよ。夏だしね。……入る?」
『………………!』
更にお化けは身を震わせて暴れ、わざと力を緩めるとぴょんと跳ねてどこかへと消えていった。
……ああ、本当に迫力というものは大事だ。この程度の脅し文句で消えるなんて。
「おまたせー」
「ありがとう」
何も知らない不動くんが戻ってくる。今日も、脅かされない一日を過ごすだろう。
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