「人間なんて自分たちが生き物の頂点だと勘違いして平然と命を消費する残酷な(以下略)」
私には霊感がある。ほんの少しだけど私の他にも霊感がある人はいて、ちょっとだけ交流があったりする。
「三島じゃん偶然~!」
目の前にいるクラスメイトの不動くんは霊感がない人。その証拠に、いつも肩に乗って恨み言を呟く幽霊さんのことに全く気付いていない。
そんな不動くんは、今日は大きなゴールデンレトリバーを連れている。片手にはリード、片手にはゴミ袋と小さなシャベルの散歩装備。
「お散歩?」
「おう。リュースケって名前だ。かっけーだろ」
リュースケは吼えたりすることなく大人しくお座りしている。毛並みはよく、目は凛々しい。
「なあ、明日映画行かねえ? ほら今人気のやつ、前売り十枚くらいあってさあ」
「なんでそんなに持ってるの」
「姉貴が週替わり特典につられて大量購入したうえにチケットは俺に押しつけてきてな」
「大変だね」
そんな風に話していると、背後に誰かが来たのに気がついた。ニコニコとした笑顔の二十代くらいの女の人が、立っている。
この人は、“視える“人。
「久しぶりね」
「……お久しぶりです。矢沢さん」
「お友達?」
「クラスの子です」
不動くんは会釈をする。美形なことを自覚していて外面がいいから、この辺りの対応はそつがない。
「ダメよ、こんなのと付き合ってちゃ」
矢沢さんはそう言って、ニコニコとしたままその場を立ち去った。
「え……何、今のひどくねえ!? 俺別に態度悪くなかったよな!?」
「うん。……今の不動くんは悪くないよ」
主人を侮辱されのが分かったのか、リュースケが小さく唸った。
*******
「ああいうの、止めた方がいいと思います」
「そう?」
夕方に、矢沢さんの家に行った。森の中にある、かわいらしい木のお家。
「いいじゃない。人間なんて、悪くて汚いんだもの。どうでも」
「私も人間です。……矢沢さんも人間です」
「“視える“のは別でしょ。だってこの子たちとお話しができるんだもの」
すい、と妖精さんが目の前を通り過ぎた。
銀色に輝く小さな妖精さんが、お菓子の用意をしている。並べたマカロンのようなお菓子にクリームを塗って、マカロンを重ねて、繰り返して山ができたら上からとろりとした蜜をかける。見守っていた妖精さんたちが歓声をあげた。
髪にも服にも花飾りをたくさんつけた、蝶の羽が生えている妖精さんがお茶の用意をしている。茶葉を持ってきて、みんなで順番に並んでティーカップにいれる。
室内にも関わらず可憐な花々が咲き乱れ、庭園のよう。
「あなたも早く、人間なんかと付き合うのを止めればいいのに。自分たちが頂点だと勘違いして、平然と命を消費する残酷な生き物となんか」
矢沢さんは、元々人間嫌いだった上に、事故で死にかけて以来霊感を獲得して、妖精さんたちの世界に魅了された人。なんでも妖精さんが怪我が早く治りますようにとおまじないをかけてくれたらしい。
そして怪我が治って以来、妖精さんに連れてこられた森の中のお家で、妖精さんを招いて同居している。妖精さんが部屋を飾り付けて、お料理も作ってくれて、お風呂も一緒に入って、それはそれは楽しく暮らしているそうだ。
「人間なんかダメ。クズで、欲深くて、自分のことしか考えない。あなたもそんなことにならないうちに、こんな世界に見切りをつけなさい。これは大人としての忠告よ」
「人によると思います」
「若いから、そんな真っ直ぐなことが言えるのね。
でも現実を見て? 傲慢な人間が、どれほど自分たちのエゴで動物を傷つけているか────」
矢沢さんは語る。肉食のためだけに何万もの牛さんや豚さんや鶏さんが殺されて云々。飼育環境も劣悪で虐待や拷問に等しい云々。動物園も、本来自然で自由に生きるべき動物をあんな狭い場所に閉じ込めて見世物に云々。ペットも、人間のエゴで狭い世界に閉じ込めている云々。
「ドラマや映画で犬猫の作品が流行るでしょ? そしたら一時的に飼う人は増えるけど、ブームが去ったら捨てられる。人間のエゴで無用な苦しみが────」
つまり、そういう思想の人なのだ。もちろん私がそれについてどうこう言うつもりはないし私は矢沢さんよりはるかに不勉強だろうが、私にはこの考えが合わないことだけははっきりとわかる。お肉は美味しいしペットはかわいい。
「この子たちを見て? フルーツと花の蜜と朝露を主食として生きてるの。肉は一切食べないんですって! この子たちほど命を奪わない美しい生き物はいないわ!」
「そろそろ帰ります」
「なんで? ああ、もしかして昼間一緒にいた男? あの男がいいの? よしなさい、犬を飼ってたから。しかも顔がいい男なんてロクなやついやしない。今後一切の接触をやめたほうがいいわ。私や妖精さんといっしょにいたほうが、絶対いいから」
「いいえ。苦手な人ですけど、嫌いではないので」
「好きとか嫌いとかじゃなくて、あなたのためなの」
「いいえ。好きとか嫌いとかの問題です」
妖精さんたちが満ちる部屋をあとにする。扉を出て、しばらく歩いて森から出たら、そこは無機質なコンクリートマンションの群れ。ぽつりぽつりと人工の明かりがつくが人が出す音は聞こえない、命の気配が薄い世界。それが今は妙に落ち着いた。
「……ん?」
ふわりふわりと、空中を不規則に動く小さな光。
「こんばんは、銀色の妖精さん。こんなところでどうしたの?」
『あらあら助かった! 遠出をしたら道に迷ってしまったの! 森まで案内していただけないかしら?』
妖精さんは大きなリュックを背負っている。重そうだったので肩に乗せてあげるとたいそう感謝してお礼を言ってくれた。
「妖精さん、矢沢さんのところの妖精さんだよね。矢沢さんのことは好きなの?」
『ええもちろん! 素直で手がかからなくていい子だわ!』
「そうなんだ。矢沢さんも妖精さんのことが大好きみたいだね」
『ええ、これだけ仲良くなれたのは初めてよ!』
「でも毎日お料理するの、大変じゃない? 矢沢さんは妖精さんよりずーーーーーっと大きいもの。お掃除もするんでしょ?」
『ええ、毎日毎日てんてこまい! でもいいのよ、大変だけど、面白いから』
妖精さんは、ニッコリと笑って。
『人間の飼育って、難しいわ。でもだからこそ、やり甲斐を感じるの! 今、私たちの国で大ブームなのよ!』




