失恋の弓
恋のキューピッドなんて言葉があるが、その逆の存在もいる。
『はぁ…………………』
そのお化けはいつもため息をついていた。公園にいる小さな女の子のお化け。いつも弓を持っていて、いっつも暗い顔でベンチに座っている。
「どうしたの? いつもそんな顔をして」
『わ、わ……』
お化けは慌てた顔をして一度茂みに隠れたが、おそるおそる顔を出した。
『人間なのに、私が視えるの?』
「うん。私には霊感があるからね。いつも暗い顔をしているから、気になっちゃって」
『暗くもなるわ。ひどい仕事をしなきゃいけないの!』
お化けは弓を天に掲げた。真っ黒の小さい弓は、シンプルなのに妙に禍々しかった。
『この弓は失恋の弓なの! 射った恋を壊すものなの! 恋をだめにしちゃうなんて、ひどいと思わない!?』
「……使わなきゃいいんじゃないかな」
『それが仕事なのー! それしか受からなかったのー! 私はグズだから、みんな嫌がる仕事しか受からなかったのー!』
うわああんと泣き始める。お化けなのか、神様なのか、どんな立場なのかわからないが世知辛いのは人間と同じようだ。
『ノルマで明日まで五つの恋を壊さなきゃいけないの。そうしなきゃクビになっちゃうの! でもそんなひどいことしたくないの!』
「そうなんだ。じゃあいいこと教えてあげる」
女の子を連れて、実家のご近所まで行く。そして、あるアパートの一室を指さした。
「あの部屋に射って」
『だ、だめよそんなこと……いや、仕事でやらなきゃいけないことなのだけれど、だけど私……』
「あの部屋の人ね、妻子ある人と不倫してるの」
『……………………………………』
泣きそうに歪んでいた女の子が、ぴたりと無表情になった。
数日後のことだ。荷物をとりに実家に一旦戻ったとき、お母さんに話を聞いた。
「ほらあの人いたでしょ、あのアパートの……。別れたらしいのよ! どうしたのかしらねえ、長年付き合ってたのに」
「飽きたんじゃない? いいことだよ」
「まあ、女盛りにいつまでも不倫しててもねえ」
あの女の子は、最近では張り切って仕事をしている。真実を知っているのは私だけだ。
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