熊出没注意!
『熊出没注意!』
そう記された看板があった。……住宅街の、ど真ん中に。
「なんだこれ?」
芸術? いたずら? どっちにしたって公共の標識にこんな看板をつけるのはいただけない。
周囲は家に囲まれており、少し歩けば高層のマンションやオフィスビルが立ち並ぶようなエリアだ。当然山はあまりにも遠く、熊が現れるような場所ではないし、そんなニュースは聞いたことがない。
「くだらねーことを。捨てていいのかねこれ」
そう言って看板に触れた瞬間、駆け抜けるのは緑の香り。
「!?」
山。
周囲は一瞬で不規則に木々が立ち並び、枝葉で空の大部分が覆われている。どこかから川の音がして、足で踏みつけている部分からはぬるりとした濡れた土の感触がある。
「え……な……」
『熊出没注意!』
自然の中、人の手によるものと思われるものは、自分が身に付けているものとその看板だけ。
ただし、自分の手にあるものだけではなく、近くの木にぶら下がっているのだが。
『熊出没注意!』
『熊出没注意!』
『熊出没注意!』
気づけばいつの間にか無数の看板が周囲の木々に揺れている。
どこからか、重い足音が聞こえてきた。
*****
人間を確保。記憶を消して元の場所に戻す。いつもの仕事だ。
「増殖するとは……まったく……処分するのも大変だぞ」
『ですなぁ』
真っ二つになった『熊出没注意!』看板九百三十六枚の山を目の前にして、ため息が出る。
「いかんいかん……光栄なる任務であるというのにため息をつくなどと」
『真面目ですなぁ』
世界のどこかの場所、どこかの空間、天から来た白い使いは、今日も地道に任務をこなしていた。




