猫を飼う
天井裏に、何かいる。
何か、といえば確認はしていないがおそらくネズミだろう。ドタドタという走る音がとてもうるさい。柱が一部囓られて削られたりしている。この家も建ててからそこそこの年数は経った。そういうトラブルが起きてもおかしくない頃だ。殺鼠剤や粘着マットなど、一通りのものは試してみたけれど、成果らしいものはない。業者に頼んでみたら静かになったが、しばらくしたらまた騒がしくなってきた。そして業者を呼んだ復讐かのように、家の中の傷はどんどんと増えて、天井裏はますますうるさくなっていく。
「天井裏にいるのはお化けだよ」
娘はそう言う。これが幼稚園児や小学生ではなく、高校生の娘の言うことだから困る。いつもぼんやりとして、お化けだの妖精だ幽霊だのの話をしているいわゆる“不思議ちゃん“だ。
「この猫さんを飼うといいよ」
娘はどこからか黒猫を連れてきた。野良猫のようだ。妻は賛成のようだった。自分も猫は嫌いなわけではないし、ペットを飼うぐらいの収入はある。
猫はアンコと名付けられ我が家の一員になった。元は家猫だったのか、その辺を荒らしたりせず、寝るか散歩をしていて、爪はしっかり爪研ぎで研いでくれる。餌も出したものをきちんと食べて、トイレもすぐ覚えた。飼いやすい、賢い猫だ。
「にゃー」
「おお、アンコ、今日は外か」
休みの日、ランニングのために家を出ようとしたら、アンコが珍しく庭にいた。頭を撫でようとして、アンコの口から何かが出ていることに気付く。
子供の頃、猫を飼っていたからわかる。虫か何かを食べたのだろう。昔の愛猫が蛙を食べていたのを思い出してしまった。
「こら、アンコ……」
そんなもの食べるなと言おうとして、口から垂れ下がっているものがはっきりと見えた。
小さい人間が、無惨にも猫の牙で体に穴を穿たれて絶命している。
それは手のひらより小さいくらいの大きさで、手にはもっと小さなサイズの斧を持っている。そして、顔は目も鼻も口もなく、代わりに穴だらけだった。牙に刺されて出来た穴ではない、蓮の花托のように、いくつもの穴が顔中にあって、それぞれの穴の中心から突起のようなものが出ている。生理的な気持ち悪さを感じて、うっ、と少し呻いて顔を横に背けた。
いや、待て、なんだ今のは。そうだ人形だ。どこからか趣味の悪い人形を拾ってきたに違いない。
「こ、こら、アンコ……」
人形ならばなおさら食べるのを止めなければ。再度アンコに向き合うも、アンコは何も咥えてはいなかった。けれど口は、何かを咀嚼しているような動きをしている。何も、口に咥えていないのに。
「ね?」
「!」
急に声がして、体が一瞬硬直した。振り返ると、いつも通り無表情の娘がいた。
「アンコはお化けを倒してくれる猫さんなんだよ。だから連れてきたの」
「…………」
「図書館に行ってくるね」
「お、おう、いってらっしゃい……」
娘は門の外へと出て行った。アンコもぴょんと塀の上に飛び乗ると、いつもの散歩を開始した。庭に残されたのは自分だけ。
そういえば、天井裏からの騒がしい音は、アンコが来てから聞こえてこない。




